第41話 昭和一八年

 昭和一八年一月一日現在、世界は混沌の中にあった。

 昨秋のオアフ島攻撃以降、日本軍は目立った進撃を控えていた。

 控えていたというよりも出来なかったという方が正しいかもしれない。

 日本はすでに国力の限界に達しつつあったからだ。


 それでも、昨年の暮れに豪州との講和が成立したのは僥倖だった。

 豪州をはじめとした南方に戦力を割かれたくない帝国陸軍と、それに豪州が戦争から離脱するのであれば講和交渉において多少の譲歩は構わないという軍令部の思惑が一致していたことも講和成立への大きな助けとなった。

 そのことで日本はラバウルから撤収、併せてマーシャルからも撤退し、トラック島を最前線とした絶対国防圏を設定して長期持久態勢の構築に邁進していた。


 もちろん、日本の委任統治領であるマーシャル撤退に関しては反対する声も少なからずあった。

 それでも開戦から一年と経たずに四隻の空母とそれに七隻もの戦艦を失った帝国海軍に広大な海域を守る力はすでに無く、つまりない袖は振れないことで反対派もその維持をあきらめざるを得なかった。

 西に目を向ければ南方資源地帯はもちろんのこと、インド洋すらもすでに帝国海軍の制海権内、あるいは枢軸の海と化していた。

 マルタ島を陥落させたイタリア軍はドイツとともにスエズ打通作戦に従事、これを見事に成功させ、今ではアフリカ東沿岸にまでその勢力圏を広げている。

 また、イタリア海軍は英国の地中海艦隊とH部隊の本国撤退によって地中海の制海権を奪取している。

 このようなこともあって現在ではインド洋の東半分は日本が、それ以西はイタリア海軍が守備を分担することで話がつき、イタリア海軍はマダガスカルにそこそこ速力の出せる旧式戦艦を派遣してその守りを固めていた。


 一方、開戦以来一年あまりの間に多数の艦艇を失った帝国海軍は、その戦力の回復に努めていた。

 水上機母艦だった「千歳」と「千代田」は昨秋に空母への改造工事が終わり、慣熟訓練も終えてすでに戦力化されている。

 また、機関の換装に手間取っていた同じく水上機母艦の「日進」と「瑞穂」も間もなく空母への改造工事を終える予定だ。


 戦艦のほうは「大和」と「武蔵」、それに「金剛」と「榛名」に加え、ウェーク島沖海戦で受けた損傷の修理とともに主機の換装を施した「長門」が高速戦艦として復活した。

 いずれの艦も改装によって電探を装備、さらに副砲を撤去して高角砲や機銃を増備している。

 特に「大和」は四基あった一五・五センチ三連装砲塔を撤去した跡に一二・七センチ連装高角砲を多数備え付け、その数は従来のものと合わせ一六基にも及んだ。

 「武蔵」もまた、「大和」と同様の改装を受けており、竣工直後より大幅に対空能力を向上させている。




 ここのところ大規模な海戦こそ生起していないが、それでも開戦以来日米の間で激闘がおさまる日はなかった。

 現時点において最も苛烈なのは、日本の海上交通線の破壊を試みる米潜水艦と、それらから自国商船を守る日本の護衛艦艇との戦いだった。

 マリアナやトラックといった太平洋の要衝や南方資源地帯を結ぶ航路、さらには千島列島や本土近海といった制海権ならびに制空権を手中にしているはずの海域でさえ米潜水艦の脅威はおよんでいた。

 逆に水上艦艇が壊滅状態の米海軍にとって対日戦略で取りうる手段は現在のところは潜水艦を用いた通商破壊戦以外にめぼしいものがなかったから、どうしてもそこに力点を置いた戦い方になってしまう。

 それと、多くの空母や戦艦を沈めた、つまりは高性能な兵器を持つ帝国海軍も、対潜兵器に関して言えばその性能は劣弱というかお粗末だった。

 資源を海外からの輸入に頼る島国でありながら、一方で艦隊決戦第一主義に凝り固まり、海上交通線の保護を軽んじてきた弊害とも言えた。

 だから、米潜水艦部隊はさほど苦労もなく日本の商船を襲撃することが出来た。


 このことで、昭和一七年以降、魚雷攻撃を受けた商船の数はうなぎ登りだった。

 ただ、それらのうちで沈められた商船はわずかにしか過ぎなかった。

 命中した魚雷のその多くが不発だったからだ。

 それら不発魚雷を調べた帝国海軍はその信管のことで驚愕した。

 磁気信管についてはどこが悪くて不発なのかどんなに調べてもさっぱり分からなかった。

 一方、触発信管の方は科学力と工業生産力に優れた米国のものとは思えないくらい見事なまでに衝撃に耐えられずに壊れていた。

 このことで、今でこそ不発魚雷が多くて助かっているものの、将来もそのままだと考えることは出来なかった。

 いずれ米軍はその不具合を見つけ出し、さらに改善と改良を加えてくる。

 もし、そうなれば商船の被害が激増することは間違いない。


 帝国海軍の貧弱極まりない潜水艦探知技術ならびに対潜兵器の改良は、ドイツからの技術支援やインド洋海戦の際に鹵獲した英駆逐艦の装備の解析を受けてようやっと端緒についたばかりだ。

 現在、帝国海軍に出来る最善の策はその潜水艦の策源地を叩くことだ。

 すでに豪州とは講和がなされている。

 だから、米潜水艦がブリスベンやフリーマントルから出撃してくることはあり得なかった。

 出撃拠点があるとすれば、それは昨年末に破壊し尽くしたはずのハワイしか考えられない。

 そして、おそらく米軍はハワイの完全復旧こそ果たしてはいないものの、それでも潜水艦の整備や補給であればそれが可能な程度には持ち直しているのだろう。

 日本の生命線を守るため、帝国海軍上層部は二度目のハワイ攻撃が必要だと判断した。

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