第47話 新型機

 烈風改の即席講習ならびに試乗を終えた俺の中隊の部下たちはただの一人の例外もなくその誰もが満足そうな表情をしていた。

 加速や上昇力、それに降下速度といったあらゆる速度性能がこれまでの烈風より一枚も二枚も上手をいっている。

 また、旋回性能も非常に優秀で、自動空戦フラップの効果の大きさをすぐに実感できた。

 ただ、残念なことに今回は試射のほうは出来なかった。

 その理由というのが二〇ミリ弾の不足だという。

 二〇ミリ弾の供給については実戦部隊に優先され、訓練部隊や開発部隊には十分な割り当てが成されていないのだとか。

 帝国海軍が貧乏海軍だということは誰もが承知していることだが、それにしても情けないことおびただしい。


 それと、発動機についてだが、武藤飛曹長が言うには烈風改の「木星」はまだ実績の無い新型であるのにもかかわらず、烈風の「火星」に比べて信頼性が大幅に向上しているらしい。

 ドイツから入ってきた高性能プラグやケーブルといった高品質なパーツのおかげでこれまで日本が苦手としていた電装系のクオリティが従来よりも格段によくなっているからなのだとか。

 戦闘機は性能もそうだが、なにより信頼性や整備性が高くなければ戦力の維持はできない。

 整備能力に限界のある空母での運用を強いられる艦上戦闘機であればなおさらのことだ。

 だから、烈風改の高品質化はなによりの性能アップ、戦力向上だと言えた。


 で、横須賀航空隊には俺たちが試乗した烈風改以外にも同じく「木星」発動機を搭載した機体が二つあった。

 ひとつはかつての烈風の複座版とも言うべき強風の後継機である「強風改」だ。

 こちらは小型軽量化された烈風改とは違い、逆に少しばかり大型化されていた。

 全長ならびに翼幅はともに〇・五メートル増えてそれぞれ一一メートルと一四メートルになり、その分重量も増えて三・二トンとなった。

 これまで、烈風と強風は武装に違いはなかったが、強風改は二〇ミリ機銃が二丁となり烈風改の半分しかない。

 その一方で馬力アップと機体の大型化によって爆弾搭載量が強風時代の九〇〇キロから一二〇〇キロへと大幅に増大している。

 このことから、強風改は烈風改に比べて攻撃機としての性格をより強めており、もはや以前のような兄弟機ではなく、烈風改とはまったく別の機体になったと言ってよかった。

 また、強風改には電探装備の機体も用意され、夜間戦闘機として、そしてなにより艦隊の目として大いに期待されていた。


 それと、もう一つの機体が木星発動機を二基搭載した陸上攻撃機の「銀河」だった。

 本来なら急降下爆撃も可能な陸上爆撃機として完成するはずだったらしいのだが、艦艇の射撃指揮装置の発達や機関砲ならびに機銃の大量装備によってすでに目標上空に肉薄することが許される時代ではなくなったことから急降下爆撃の性能付与は見送られた。

 ただ、一方で急降下爆撃をあきらめたかわりに銀河は大幅な重量軽減が可能となり、さらに大出力の木星発動機を二基積むことでその最高速度は烈風改をも超える六二〇キロを叩きだす。

 そして、大型の落下式増槽を搭載することで烈風改や強風改を大きく上回る航続性能を持つに至っている。

 これはかつて、マレー沖で英国の最新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウエールズ」ならびに巡洋戦艦「レパルス」を発見した際に、脚の短い烈風や強風では航続距離が足りず、旧式の九六陸攻のみで攻撃せざるを得なかった苦い経験と反省を生かしたものだった。

 さらに、銀河は長大な爆弾倉を持ち、一般的な爆弾や魚雷ならば胴体内に格納することで空気抵抗増大による速力の大幅な低下を避けることが出来るという。

 それと、銀河には強風改と同様に電探装備の機体も用意され、長大な航続力を生かした索敵や哨戒、さらには戦術指揮機としても運用されるとのことだ。



 各機の諸元


 烈風改一一型

 全長一〇メートル、全幅一二メートル

 重量二・八トン

 木星一○型(二〇〇〇馬力)

 最高速度六一五キロ

 二〇ミリ機銃×四

 爆弾搭載量 最大九〇〇キロ

 乗員一名


 強風改一一型

 全長一一メートル、全幅一四メートル

 重量三・二トン

 木星一○型(二〇〇〇馬力)

 最高速度五七〇キロ

 二〇ミリ機銃×二

 爆弾搭載量 最大一二〇〇キロ

 乗員二名


 銀河一一型

 全長一五メートル、全幅二〇メートル

 重量六・八トン

 木星一○型(二〇〇〇馬力)×二

 最高速度六二〇キロ

 二〇ミリ機銃×二

 爆弾搭載量 最大一二〇〇キロ

 乗員三名



 帝国海軍が木星発動機を搭載した新型機を獲得したのと時を同じくして帝国陸軍もまた新しい力を得ようとしていた。

 栄発動機の一八気筒版、三六リットルという烈風改が搭載する木星よりもかなり少ない排気量ながら、それでいて同じ二〇〇〇馬力を発揮するそれを戴いた新しい戦闘機。

 烈風に比べて大幅にシェイプアップした烈風改よりもさらにコンパクトにまとめられたそれは、これまで帝国陸軍最強だった出力強化型の三式戦をあらゆる面で凌駕している。

 その最高速度は高度によって六二四キロから六四〇キロと、こちらは明らかに烈風改を上回っている。

 武装も烈風改と同様に強力で、帝国陸軍で新たに開発された二〇ミリ機銃を装備するとのことだ。

 帝国陸軍がその新型戦闘機にかける期待は非常に大きく、制式採用前からすでに「大東亜決戦機」という二つ名を持つに至っているという。

 後に「風」の文字が含まれる名を戴く帝国陸軍の切り札、その機体は戦争終盤において烈風改ならびに強風改とともに日本の「風の戦闘機隊」の一翼を担うことになる。

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