第31話 空母龍驤

 空母「龍驤」の乗り心地は意外に悪くなかった。

 艦上構造物が巨大でトップヘビーを絵に描いたような艦型だが、一方で度重なる改装によって安定性はそれなりに確保されているらしい。

 エレベーターは後部のものが狭隘で、九七艦攻ほどには大きく翼を折り畳むことが出来ない烈風や強風には使えない。

 だから、エレベーターについては前部にある大ぶりの一基のみでの運用となる。

 これについては、整備員や発着機部員らはその不便にすいぶんと泣かされているという。

 その「龍驤」は小型空母だが、それでも上部格納庫も下部格納庫もそのいずれもが一〇〇メートルを超える長さがあるから、格納庫の後部に機体を収容する際は結構な距離を人力で押し運ばなければならない。

 同じ小型空母でも新しい「瑞鳳」や「龍鳳」はそこら辺りは配慮されており、二基のエレベーターはいずれも烈風や強風の運用が可能だから、「龍驤」のように機体の収容に不便が生じることはないという。


 だが、その一方で「龍驤」の居住性はよかった。

 九六艦攻や九六艦爆といった三座あるいは複座の旧式機材を運用していたときには一〇〇人近い搭乗員を抱え込んでいたこともあったのだそうだが、今ではその数は予備の搭乗員を含めても四〇人あまりにしかすぎない。

 最大三六機だった常用機も機体の大型化で今では二八機に減り、しかもそのほとんどが単座の烈風だ。

 だから、搭乗員にはかなり広めの居住スペースが用意されていた。

 だが、一方でこのことは死傷率が異様に高い搭乗員に対するせめてもの海軍の思いやりとも言われていた。

 それについては俺は真偽を確かめるつもりはなかったし、また知りたくもなかった。


 そして、昭和一七年六月、新しく配属された搭乗員の離発艦訓練を含む慣熟作業を終えた「龍驤」は第一機動艦隊の他の艦艇とともに柱島泊地を発った。



 第一機動艦隊


 第一艦隊

 甲部隊

 空母「翔鶴」「瑞鶴」「飛龍」「瑞鳳」

 重巡「利根」

 軽巡「川内」

 駆逐艦「雪風」「初風」「天津風」「時津風」「黒潮」「親潮」「早潮」「夏潮」


 乙部隊

 空母「隼鷹」「飛鷹※」「龍驤」「龍鳳※」

 重巡「筑摩」

 軽巡「神通」

 駆逐艦「野分」「嵐」「萩風」「舞風」「浦風」「磯風」「浜風」「谷風」

 (※「飛鷹」と「龍鳳」は建造中または慣熟訓練中のため不参加)


 各空母の搭載機

 「翔鶴」 烈風三六機(三個中隊) 強風二八機(二個中隊、偵察一個小隊)

 「瑞鶴」 烈風三六機(三個中隊) 強風二八機(二個中隊、偵察一個小隊)

 「飛龍」 烈風二四機(二個中隊) 強風二四機(二個中隊)

 「瑞鳳」 烈風二四機(二個中隊)

 「隼鷹」 烈風二四機(二個中隊) 強風一六機(一個中隊、偵察一個小隊)

 「龍驤」 烈風二四機(二個中隊) 強風 四機(偵察一個小隊)


 第二艦隊

 第一遊撃部隊

 重巡「愛宕」「高雄」「熊野」「鈴谷」「最上」「三隈」

 軽巡「那珂」

 駆逐艦「夕雲」「秋雲」「巻雲」「風雲」「陽炎」「不知火」「霞」「霰」


 第二遊撃部隊

 重巡「摩耶」「鳥海」「妙高」「羽黒」「足柄」「那智」

 重巡「衣笠」

 駆逐艦「朝雲」「山雲」「夏雲」「峯雲」「朝潮」「大潮」「満潮」「荒潮」



 五八隻にものぼる一大艦隊にもかかわらず、そこに戦艦の姿は無かった。


 先のマーシャル沖海戦で米戦艦の巨弾を浴びた「大和」と「金剛」、それに「榛名」は短期間でその傷がいえるはずもなく、またウェーク島沖海戦で傷ついた「長門」も修理と併せた機関換装のためにいまだ入渠中だという。

 そして、残る「武蔵」は慣熟訓練の真っ最中だ。

 それと今回の作戦で帝国海軍は一機艦以外に他の艦隊も出撃させて万全を期しているらしかったが、その目的については俺たちにはまだ知らされていなかった。

 だから、目的地について搭乗員らは自身の推理を開陳しつつ、その場所についてあれやこれや語り合っている。


 「米豪連絡線の要であるエスピリトゥサント島を叩くのではないか」

 「いや、思い切って通商破壊戦の策源地であるブリスベンの潜水艦基地を攻撃するということも考えられるぞ」


 さすがに「ハワイ撃滅だ」とか「合衆国本土へ殴り込みだ」などと言う常識外れのことを言い出すバカはいなかった。

 まあ、「真珠湾攻撃」とか「合衆国本土空襲」なんてしょせんは小説の中だけの話だ。

 そう考えていたら航海初日の夜、艦長から艦内放送でその目的地が全乗組員に通達された。


 「目的地はインド洋。第一機動艦隊の目標は東洋艦隊の撃滅ならびにインド洋の制海権奪取」


 艦長の訓示を聞いた搭乗員たちの反応は様々だった。

 「東洋艦隊討つべし!」と気勢をあげる者もいれば、一方で太平洋艦隊との戦いで洋上航空戦の過酷な現実を知る連中は緊張の表情を隠しきれない。

 俺は士官なのでむやみにはしゃいだりあるいはこわがったりはできないが、実際のところはびくびくしていた。

 太平洋艦隊との二度の戦いで大きく戦力を損なった我が艦隊が、米国に抜かれるまで長い間世界最強の座に君臨し続けてきた英海軍に勝てるのか。

 東洋艦隊の戦力は分からない。

 こんなとき、事情通の岩本一飛曹がいればいろいろと情報が聞き出せるのだが、と一瞬思ったがすぐに頭からその考えを振り払う。

 今の俺は太田二飛曹と西沢二飛曹、それに宮崎三飛曹とペアを組んでいるのだ。

 かつての部下を思い出し、しかもそれにすがるような真似は厳に慎まねばならなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る