第19話 追撃戦

 昨日の第一艦隊、それに太平洋艦隊の戦艦部隊との砲雷撃戦は双方ともにダメージが大きく、日本側の判定負けという結果に終わった。

 第一艦隊は第二戦隊の「伊勢」と「日向」それに「扶桑」、第三戦隊の「比叡」ならびに「霧島」を失い、「長門」と「陸奥」それに「山城」が大きく傷ついた。

 一方の太平洋艦隊は戦艦「ウエストバージニア」と「メリーランド」、それに「オクラホマ」を撃沈され、生き残った五隻の戦艦はそのいずれもが中破以上の損害を被っている。

 双方ともに巡洋艦や駆逐艦の損害も大きく、第一艦隊は第六戦隊の重巡「青葉」と「古鷹」それに「加古」、さらに駆逐艦四隻が沈められる一方で太平洋艦隊のほうは一〇隻近い駆逐艦を失っていた。


 また、その前に第一航空艦隊と米空母部隊との間で生起した洋上航空戦において一航艦は「赤城」と「加賀」の二隻を失い「翔鶴」が中破に相当する損害を被った。

 米空母部隊のほうは「エンタープライズ」と思しき「ヨークタウン」級空母とさらに「レキシントン」ならびに「サラトガ」の三隻が、いずれも多数の魚雷を浴びてすでに海の底にその姿を沈めている。

 さらにすべての巡洋艦が複数の六番を食らって深刻なダメージを被っていた。

 これら満身創痍の日米両艦隊の中にあって、いまだに戦闘力を残していたのが「蒼龍」と「飛龍」、それに「瑞鶴」の三隻の空母だった。


 航空戦の指揮を執る二航戦司令官にこの状況で攻撃を躊躇する理由はなかった。

 二航戦司令官は母艦航空隊の残存戦力をすべて投入して戦場からの離脱を図る太平洋艦隊に追撃をかける。

 この時点で空母「蒼龍」と「飛龍」にはそれぞれ一五本、「瑞鶴」には三三本の航空魚雷が残っていた。

 二航戦司令官はこの魚雷を無駄なくそのすべてを使い切るまで戦い続けるつもりだった。




 夜明けと同時に「蒼龍」と「飛龍」からそれぞれ雷装強風六機に爆装烈風一六機、「瑞鶴」からは雷装強風八機に雷装烈風八機、それに爆装烈風一二機から成るこの日最初の攻撃隊が飛行甲板を蹴って飛び立った。

 さらに一時間後には「蒼龍」と「飛龍」からそれぞれ雷装強風九機に爆装烈風一二機、「瑞鶴」からは雷装強風九機に雷装烈風八機、それに爆装烈風一二機の第二次攻撃隊が発進する。


 それら攻撃隊に俺の小隊はその全員が参加した。

 俺と武藤一飛曹は第一次攻撃隊に編入された。

 いつもとは違い、俺は二番機、武藤一飛曹は四番機の位置で四機編隊を組んでいる。

 この編隊に岩本一飛曹と西沢二飛曹の姿は無い。

 彼らは別の編隊でそれぞれ二番機と四番機を務めているはずだった。

 俺の右斜め前方には烈風ではなく強風の姿があった。

 一番機と三番機が強風、それに俺と武藤一飛曹の烈風がそれぞれ二番機と四番機の位置で腹に魚雷を抱えながらその強風に付き従っている。


 今日の攻撃開始時点で「瑞鶴」は三三本の航空魚雷を保有していたが、それに比べて使用可能な強風の数があまりにも少なかった。

 昨日の米空母部隊攻撃の際に被弾機が続出したからだ。

 そこで強風と同様に魚雷装備が可能な烈風を活用し、その中で特に熟練者を選抜して貴重な魚雷を装備させ、これを敵艦隊の追撃戦に投入したのだった。

 ちなみに、なぜか俺も熟練者にカウントされてしまっているらしい。


 ただ、やはり単座戦闘機の烈風では命中がおぼつかないと上層部も考えたのだろう、そこで嚮導機に強風をあてることでこの問題の解消を図った。

 だから、今の俺は一番機の強風の動きに追随するだけだった。

 一番機が高度を下げれば俺も高度を下げ、一番機が魚雷を投下すれば俺も同時に投下する。

 ただ、それだけの仕事だ。

 戦闘機乗りの一人として本音を言うことが許されるのであれば、それはあまりやりたくはない任務であった。


 目標選択の自由も無く俺はただ一番機の強風に追随する。

 しばらく飛行するうちに前方に太平洋艦隊の姿が見えてきた。

 遠目からでも手ひどくやられているのが一目で分かる。

 艦の数こそそれなりに多いものの、その姿は敗残兵を思い起こさせた。

 昨日俺をひどくびびらせた濃密な対空砲火はなかった。

 これまでの航空攻撃と水上艦同士の砲雷撃戦で対空火器も相当にやられてしまったのだろう。

 火箭の密度は思いのほか薄い。


 航空無線から「左斜め前方の戦艦を狙う」という一番機の端的な指示が流れてくる。

 その一番機が高度を下げはじめた。

 俺もそれに続くがその高度がめっちゃ低い。

 海面ぎりぎりの高さだ。

 ひとつ操縦を間違えれば海にドボン、マジでこわい。

 さっさと胴体下の逸物を投下して楽になりたい。

 そんな俺の気持ちが天に通じたのか、ほどなくして「撃てッ」の声が耳に響く。

 俺は夢中で投下索を引いた。




 俺の目から見て、「蒼龍」と「飛龍」、それに「瑞鶴」から発進した艦上機による攻撃は満身創痍の太平洋艦隊にとって災厄そのものだったと思う。

 六三機の雷装強風と雷装烈風、それに八〇機の爆装烈風の攻撃によって太平洋艦隊は五隻の戦艦をすべて撃沈された。

 後で聞いた話だが、太平洋艦隊司令長官はその際に旗艦「ペンシルバニア」と運命をともにしたという。

 また、戦艦以外にも巡洋艦一隻と駆逐艦三隻を撃沈、多数を撃破している。

 だが、その代償も決して小さくはなく、この攻撃で一航艦の母艦航空隊は烈風九機と強風四機を失っている。

 俺の小隊は全員無事だったものの、一方でその誰もが大なり小なり機体に被弾痕を刻まれていた。

 この攻撃を最後にウェーク島沖海戦はその幕を閉じる。

 そして、この海戦の結果、日本は多数の艦艇を失うとともに、短期決戦早期和平というカードもまた永久に失うことになった。

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