第18話 戦艦vs戦艦

 互いの距離が二五〇〇〇メートルを切った時点で日米の戦艦同士による砲撃戦が開始された。

 このときの第一艦隊の戦艦群は先頭に「北上」と「大井」の重雷装艦、その後方に第一戦隊の「長門」と「陸奥」、それに第二戦隊の「伊勢」と「日向」ならびに「山城」と「扶桑」が続き、第三戦隊の「比叡」と「霧島」が殿をつとめる単縦陣だったそうだ。

 一方の太平洋艦隊は四〇センチ砲を搭載する「ウエストバージニア」と「メリーランド」を先頭に「テネシー」と「カリフォルニア」、それに「オクラホマ」が続き、その後方には「ペンシルバニア」と「アリゾナ」、それに「ネバダ」の順でこちらもまた第一艦隊と同様に単縦陣を形成していた。

 指揮官である太平洋艦隊司令長官はその時、「ペンシルバニア」に座乗していたという。


 これらの中で真っ先に動いたのは「北上」と「大井」の二隻の重雷装艦だった。

 距離二五〇〇〇メートルという大遠距離にもかかわらず、両艦ともに片舷二〇門にも及ぶ魚雷発射管からすべての魚雷を発射する。

 さらに「北上」と「大井」は増速して後方の戦艦群と距離をとり、反転して今度は反対舷の魚雷をこちらもすべて発射、合わせて八〇本の酸素魚雷が太平洋艦隊へ向けて航走を開始した。

 魚雷を発射し終えた「北上」と「大井」はただちに戦艦群を離れ、駆逐艦同士の戦闘が行われている海域へ急いだ。

 残された武器はわずかに四門の一四センチ砲だけとなったものの、それでも駆逐艦程度であれば十分に戦うことが可能だった。


 その頃には「長門」と「陸奥」は長年にわたってライバル視されてきた「ウエストバージニア」ならびに「メリーランド」という因縁の相手との火ぶたを切っている。

 互いに巨砲を振りかざし、一進一退の攻防を繰り広げたものの最後は「長門」と「陸奥」が撃ち勝った。

 勝負を分けたのは防御力の差あるいは基礎体力の差だった。

 「ウエストバージニア」や「メリーランド」に比べて「長門」と「陸奥」は長年にわたる改装によって竣工時とは比べものにならないくらい防御力が向上しており、その結果、太平洋戦争開始時点ですでに四〇〇〇〇トンに迫るまでの巨艦となっていた。

 一方の「ウエストバージニア」と「メリーランド」もまた、火器管制装置や対空火器の増備など、それなりに性能向上を果たしてはいたものの、だがしかしそれは「長門」や「陸奥」ほどには徹底したものではなかった。


 しかし、撃ち勝ったはずの「長門」と「陸奥」も複数の四〇センチ砲弾によって深手を負っており、「長門」は第三砲塔を旋回不能にされ、「陸奥」のほうは主砲こそ無事だったものの、副砲や高角砲をはじめとした艦上構造物の多くを破壊されていた。


 一方、「テネシー」ならびに「カリフォルニア」を相手取った「伊勢」と「日向」はすでに沈黙を強いられていた。

 互いに三六センチ砲を一二門装備する重武装艦だったが、「テネシー」と「カリフォルニア」の主砲は長砲身高初速のそれで、「伊勢」や「日向」のものより一枚上手をいく破壊力を有していた。

 さらに防御力も「テネシー」や「カリフォルニア」の方が明らかに優れており、「伊勢」と「日向」も両艦にかなりの手傷を負わせはしたものの、最後は艦としての基本性能の差が明暗を分けることになった。


 「山城」は「オクラホマ」との一騎打ちで勝利を得たものの、それはまさに薄氷の勝利だった。

 「オクラホマ」に対して主砲の門数で二割の優勢を誇る「山城」だったが、同艦との撃ち合いそのものは互角といってよかった。

 ただ、「オクラホマ」の砲弾が「山城」の致命部を避けたのとは対照的に、「山城」の砲弾はそのことごとくが「オクラホマ」にとって手痛い個所への痛撃となった。

 「勝負は時の運」を絵にかいたような戦いだった。

 一方、「ペンシルバニア」との一騎打ちを演じた「扶桑」は同艦をあと一歩のところまで追い詰めはしたものの、自艦の防御力の弱さがたたり、逆に「ペンシルバニア」の三六センチ砲弾によって第一砲塔直下を撃ち抜かれ弾火薬庫に引火、日米両戦艦の中で真っ先に沈没することになった。


 「比叡」と「霧島」は「アリゾナ」と「ネバダ」に打ちのめされていた。

 三六センチ砲八門の「比叡」や「霧島」に比べて「アリゾナ」は一二門、「ネバダ」は一〇門と勝っており、攻撃力の差は大きかった。

 さらに防御力も元が巡洋戦艦の「比叡」や「霧島」に比べ、「アリゾナ」と「ネバダ」は最初から戦艦として建造されたうえに低速をしのんで防御力を高めているから、その差は歴然だった。

 軽快なフットワークが身上の格闘家が耐久力に優れたハードパンチャーと脚を止めて殴り合うようなものだった。

 「比叡」と「霧島」の両艦は、帝国海軍は合衆国海軍よりも射撃技量に優れ命中率もはるかに高いという根拠の無い幻想の最大の被害者だともいえた。




 日米の戦艦が第一ラウンドを終えた時点で日本側は「長門」と「陸奥」、それに「山城」の三隻が勝利し、米国は「テネシー」と「カリフォルニア」、それに「ペンシルバニア」ならびに「アリゾナ」と「ネバダ」の五隻が勝ち残った。

 数の上では米側が圧倒的に有利だった。

 だが、ここへ思わぬ伏兵が米戦艦部隊の足元をすくう。

 それは、重雷装艦の「北上」と「大井」が放った酸素魚雷だった。

 「北上」と「大井」が発射した八〇本の酸素魚雷のうち、命中したのは戦艦「テネシー」と「カリフォルニア」にそれぞれ一本の計二本だけだった。

 命中率はわずかに二・五パーセント。

 遠距離雷撃だったとはいえ惨憺たる成績だ。

 だが、この二本の魚雷は日米両艦隊の司令長官の決断に決定的ともいえる影響を与えた。

 「テネシー」と「カリフォルニア」の二戦艦が被雷するまでは、戦況は圧倒的に米側が有利だった。

 太平洋艦隊はこの二隻に加えて「ペンシルバニア」と「アリゾナ」、それに「ネバダ」の計五隻が継戦可能であり、これに対して第一艦隊は「長門」と「陸奥」を除けばあとは「山城」があるだけだ。

 しかし、もっとも損害が軽微だった「テネシー」と「カリフォルニア」が傾斜によって一時的にせよ戦闘力を喪失、このことで日米の継戦可能な戦艦は三対三となった。

 日本の戦艦のうち「長門」と「陸奥」は四一センチ砲搭載戦艦であるのに対し、米側はすべて三六センチ砲搭載戦艦。

 このことで、不利を悟った太平洋艦隊司令長官は撤退を決意する。


 一方の第一艦隊のほうは、だがしかし太平洋艦隊を追撃する余力はなかった。

 複数の四〇センチ砲弾を被弾した「長門」と「陸奥」はともに戦闘力は大幅に低下しているし、「山城」にいたっては満身創痍と言ってもよかった。

 太平洋艦隊は東へ、第一艦隊は西へ舳先を向けた。

 そのことで、この日の戦いはこれで終わった。


 だが、まだすべての戦いが終わったわけではなかった。

 猛将の誉れ高い二航戦司令官がお預けを食らったままでおとなしく引き下がるはずがなかったからだ。

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