第17話 偵察重巡vs砲戦軽巡

 俺が後から聞いた話によれば、ウェーク島沖海戦における日米水上打撃艦艇同士の戦いは以下のような推移をたどったという。


 連合艦隊司令長官が直率する第一艦隊と、同じく太平洋艦隊司令長官が率いる戦艦部隊との戦い、その先陣を切ったのは巡洋艦や駆逐艦といった快速艦艇だった。

 「青葉」と「衣笠」、それに「古鷹」と「加古」の四隻の重巡からなる第六戦隊は真っ向から同じ数の「ブルックリン」級軽巡に戦いを挑んだ。

 第六戦隊の四隻の重巡の二〇センチ砲弾は約一二〇キロ。

 六〇キロ程度でしかない一五・二センチ砲弾に対して二倍の重量を持つ。

 排水量の制限から中途半端な防御力しか持たない条約型巡洋艦にとって軽巡の砲弾は皮や肉を切り裂く砲弾、重巡のそれは骨をも砕く砲弾といってもいい。

 また、当然のことながら射程距離も二〇センチ砲のほうが勝る。

 だからこそ、発射速度や門数の低下を忍んででも軽巡だった「最上」型はその主砲を多額の予算と多くの手間をかけて二〇センチ砲に換装したのだ。


 それでも、二四門の二〇センチ砲では、発射速度の高い一五・二センチ砲六〇門に対して不利なことは明白だった。

 そのことを、第六戦隊司令官は頭では理解していたはずだった。

 しかし、彼は日本の技量が米国のそれを上回っているという風聞に幻惑され、さらに敵には無い必殺の酸素魚雷を活用することで互角に戦えると思い込んでいた節があった。


 だが、正面からぶつかり合った結果は無残だった。

 もともと「古鷹」型は偵察巡洋艦として造られ、それに二〇センチ砲を載せたものにすぎない。

 艦型も「ブルックリン」級よりも小さいし、その分だけ防御力も弱い。

 一方の「ブルックリン」級は軽巡とはいえその攻撃力も防御力も一般的な一万トン級重巡に対して遜色なく、なによりそれらに撃ち勝てる砲戦巡洋艦として建造されていた。


 その偵察巡洋艦と砲戦巡洋艦がまともに撃ち合ったのだ。

 しかも「古鷹」型は大正期に設計された古い艦だ。

 よほど技量に差が無ければ砲撃戦で「古鷹」型に勝ち目は無い。

 そして、その技量を頼みとした第六戦隊の思惑は完全に外れてしまう。

 別に第六戦隊の乗組員の技量が稚拙だったわけではない。

 第六戦隊の将兵らの技量は格上の第四戦隊や第五戦隊、それに第七戦隊や第八戦隊といった他の重巡戦隊のそれと同等かむしろ上回っている。


 計算外だったのは「ブルックリン」級軽巡の砲撃の精度が予想外に高かったことだ。

 逆に言えば、第六戦隊司令官は米側の砲撃技量を少しばかり侮っていたとも言える。

 この場にいる日米巡洋艦の将兵の技量は互角といってよかった。

 そうなれば、あとは艦の性能あるいは基礎体力による勝負となる。

 そして、古くて小さい「古鷹」型の四隻は新しくて大きい「ブルックリン」級に撃ち負けた。


 まず、先頭をいく「青葉」が多数の一五・二センチ砲弾を浴びて炎上する。

 さらに三番艦の「古鷹」が不運にも魚雷発射管に直撃弾を食らう。

 同時に同艦が搭載していた九三式酸素魚雷が誘爆、艦の中央から後部にかけて大火災が発生し「古鷹」は行き脚を止める。

 不運なのは「古鷹」だけではなかった。

 「古鷹」の姉妹艦である「加古」は、よりにもよって次発装填装置に直撃を受け格納していた予備魚雷だけでなく、隣にあった発射管の魚雷にも火が入ってしまう。

 酸素魚雷の誘爆の威力は凄まじく、同艦は最期は艦体を真っ二つに折って波間に没していった。

 結局、離脱に成功したのは「衣笠」一隻のみだった。


 ただ、第六戦隊も一方的にやられてしまったわけではなかった。

 すべての「ブルックリン」級に複数の命中弾を与え、四隻ともに中破と判定される損害を与えている。


 一方、一二対一六の劣勢ながらも日本の駆逐艦部隊は健闘していた。

 第一艦隊に所属する「初春」型や「白露」型は条約の足かせによって決して満足できる性能ではなく、「曙」をはじめとした四隻の「吹雪」型駆逐艦に至ってはこれよりもさらに古い艦で、最新鋭の「朝潮」型や「陽炎」型は一隻もない。

 だが、陰湿ないじめが横行する帝国海軍にあって珍しく自由闊達な空気を有する艦が多い駆逐艦部隊は逆に勇敢な者が多く、艦の性能が多少劣ろうが旧式だろうが気にしない。

 敵との距離をつめ、対空射撃はからっきしなものの、一方で水上艦艇相手にはそれなりに優秀な一二・七センチ砲を振りかざして米駆逐艦に戦いを挑む。


 さらに「初春」型や「白露」型といった次発装填装置を有する駆逐艦は米駆逐艦相手に惜しげもなく酸素魚雷をぶっ放していた。

 駆逐艦のような小物相手に酸素魚雷はいささかもったいない気もするが、戦艦を攻撃する前に敵の駆逐艦にやられてしまっては元も子もない。

 それに、戦艦相手に二度も肉薄攻撃が仕掛けられると思うほど日本の駆逐艦乗りは脳天気ではなかった。

 ならば、ここで酸素魚雷を使うことを躊躇すべきではない。

 かなり遠めから放たれたことで米駆逐艦に命中したものはわずかに一本でしかなかった。

 だが、この攻撃を日本の潜水艦による無航跡電池魚雷のそれだと勘違いした米駆逐艦は隊列を乱した。

 この時代の常識では、無航跡で長射程の酸素魚雷など想像の埒外だった。

 隊列を乱した米駆逐艦部隊に向かって第一艦隊の駆逐艦は突撃を開始した。

 乱戦や混戦は帝国海軍駆逐艦の望むところであった。

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