第16話 戦艦

 これは後にウェーク島沖海戦と呼ばれることになる、同島沖で生起した一連の戦いが終わった後で俺が聞いた話だ。


 世界海戦史上、初の機動部隊同士の激突となったウェーク島沖海戦で、第一航空艦隊が放った第一次攻撃隊は「エンタープライズ」と「サラトガ」、それに「レキシントン」を撃破し、続く第二次攻撃隊がそれら三隻の空母にとどめを刺した。

 一方、一航艦のほうもまた無事では済まず、SBDドーントレスの急降下爆撃によって空母「赤城」と「加賀」、それに「翔鶴」が被弾、しかも運の悪いことに「赤城」に命中したうちの一弾が同艦の艦橋を直撃し、このことで第一航空艦隊司令部が壊滅する。

 また、敵の爆弾、おそらくは五〇〇キロクラスと思しきそれを五発乃至六発食らった「赤城」と「加賀」は初期消火に失敗して炎上、二発の被弾で済んだ「翔鶴」のほうはすぐに火災を消し止めはしたものの飛行甲板を破壊されて艦上機の離発着能力を失った。


 この状況を見て取った二航戦司令官はただちに航空戦の指揮を引き継ぐと宣言。

 猛将の呼び声高い二航戦司令官は第一次攻撃隊と第二次攻撃隊から帰還してきた機体のうち「赤城」隊は「飛龍」に、「加賀」隊は「蒼龍」に、「翔鶴」隊は「瑞鶴」に着艦するよう指示する。

 そして、収容した機体の中から即時使用可能なもの、さらに偵察小隊の強風などで第三次攻撃隊の編成を命じる。

 二航戦司令官は爆弾や魚雷の装備が完了次第、第三次攻撃隊を直ちに発進させるつもりでいたらしい。

 だが、そこへ第一艦隊の戦艦「長門」に座乗する連合艦隊司令長官から待ったがかかる。

 連合艦隊司令長官によれば、太平洋艦隊の戦艦部隊の撃滅は第一艦隊の手によってこれを行うというのだ。


 これにはさまざまな要因が複雑に絡み合っていたという。

 まず、米空母部隊を攻撃した一航艦の艦上機隊が無視しえないほどの損害を被ったことを連合艦隊司令長官がすでに把握していたこと。

 それと、少数機による攻撃は効果が小さいだけでなく、逆に味方の被害が甚大になることを航空主兵主義者でもある連合艦隊司令長官が知悉していたというのがそのひとつの理由だったらしい。


 さらに、もうひとつの理由は戦艦部隊の士気の問題だった。

 この戦争が始まってからというもの一航艦の母艦航空隊はフィリピンで米航空軍を壊滅に追いやり、サイゴンに展開する基地航空隊は英国が誇る最新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」ならびに巡洋戦艦「レパルス」の二隻の主力艦を撃沈する大殊勲を挙げた。

 南方資源地帯で活動する巡洋艦や駆逐艦部隊も小競り合い程度の戦いとはいえ、それなりの数の連合国艦艇を撃沈破している。

 潜水艦部隊も直接の戦果こそ少なかったものの、一方で米英をはじめとした連合国艦隊の動向などといった貴重な情報を次々にもたらし、味方の勝利に貢献している。


 その中で、唯一何の役にも立っていないのが本土で後詰という留守番役を任されていた第一艦隊の戦艦群だった。

 海軍主流を標榜し、なにより人一倍プライドが高い鉄砲屋のエリートにとって現状のそれは決して看過できるものではなかった。

 それと、鉄砲屋の中には妙な言説が流布していた。

 帝国海軍の射撃技量は米海軍のそれを遥かに上回るというのだ。

 そのような中には帝国海軍の遠距離砲戦における命中率は米国の三倍にも上るなどといった冗談のようなものまで含まれていたのだという。

 それらが一見、説得力のあるデータや数式で提示されていたから、信じたいものを信じたがる思い込みの激しい国民性を持つ日本人の、その国の海軍軍人にはいつしか真実として受け止められるようになっていた。


 制空権を獲得したこともあって太平洋艦隊の戦艦部隊の構成はすでに把握していた。

 戦艦が八隻に重巡あるいは「ブルックリン」級軽巡と思われる大型巡洋艦が四隻、それに駆逐艦が一六隻。

 こちらは戦艦が八隻に重巡が四隻、それに軽巡が二隻に駆逐艦が一二隻だ。

 戦力はほぼ互角、ならば後は技量がものを言う。

 そして、帝国海軍の命中率は米軍のそれをはるかに上回るから負ける心配は無い。


 そうなると、怖いのはこちらの艦上機の波状攻撃によって太平洋艦隊が戦艦同士による決戦を忌避してしまうことだ。

 もし仮に、このまま一航艦が艦上機による攻撃を継続すれば、航空優勢の確保に失敗した太平洋艦隊は第一艦隊との戦いを避ける公算が大きかった。

 それは、第一艦隊の鉄砲屋連中にとっては甚だ不本意なことであったし、何より連合艦隊司令長官にとっても不都合なことであった。

 日本と米国との国力差を知悉している連合艦隊司令長官は、この戦いはこちらがどれほどの損害を被ろうとも太平洋艦隊を一隻残らず沈める覚悟で臨んでいた。

 もし、太平洋艦隊が全滅するようなことがあれば、それに恐怖した合衆国首脳らが日本との講和のテーブルにつくのではないかという希望的観測を持っていたからだ。


 そもそも連合艦隊司令長官にとって米国との戦争は短期決戦早期和平以外にとりうる選択肢はなかった。

 だからこそ、太平洋艦隊の主力、つまりは戦艦群との決戦を断じて行い、雌雄を決さなければならない。

 この点で鉄砲屋連中と航空主兵主義者の連合艦隊司令長官の思惑は奇妙な一致をみていた。

 そして、これもまた後になって分かったことだが、空母を全滅させられた太平洋艦隊司令長官もまた、その失点を帳消しにしようと戦艦同士の戦いを希求していたという。


 日米の戦艦部隊が戦うことは、あるいはこの時点ですでに宿命づけられていたのかもしれない。

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