第15話 傷だらけの帰投

 味方の惨状を知った瞬間、F4Fワイルドキャット戦闘機との戦いに勝利した喜びも、あるいは強風隊が敵空母を撃破したという高揚も忘却の彼方へと吹き飛んでしまっていた。

 第一次攻撃に参加した「瑞鶴」隊は一見したところにおいては堂々とした編隊を組んでの凱旋の途にあるように見える。

 だが、小隊としての四機編隊をいまだに維持できているのは俺の小隊以外には烈風第一小隊があるのみだった。


 第一次攻撃隊に参加した「瑞鶴」烈風隊は第三小隊の四番機を失っていた。

 敵の手練れとぶつかってしまったのか、それとも運悪く流れ弾に当たってしまったのかその理由は分からないが、いずれにせよ米戦闘機に対してあれだけ優勢に戦いを進めていたのにもかかわらず犠牲が出てしまったのだ。


 さらに深刻なのは艦艇攻撃を担当した強風隊だった。

 熾烈な対空砲火をかいくぐって三隻の巡洋艦を撃破する大戦果を挙げはしたものの、一方でこちらの被害も大きく、たった一度の攻撃で三機を失っていた。

 生き残った強風も胴体や翼のそこかしこに生々しい被弾痕を残している。

 中には風防を赤く染めている機体さえあった。


 このことで、第一次攻撃隊に参加した三六人の搭乗員のうちの少なくとも七人、ほぼ五人に一人が二度と本土の土を踏むことなく太平洋の空で散華した。

 その現実を「瑞鶴」隊のその誰もが思い知らされていた。

 戦死した連中は、その誰もが顔見知りだったはずだ。

 米艦隊の撃滅を誓い合ったかけがえのない戦友。

 つらい、寂しいといった思いが心の奥底から突き上げてくる。

 この時、搭乗員のその誰もが過酷で残酷な洋上航空戦の実相を思い知らされていた。


 「瑞鶴」隊の搭乗員は重苦しい気持ちを抱えたまま飛行を続けた。

 そして、母艦まであともう少しだというところで、一航艦から無線が飛んでくる。

 敵との戦闘中に無線交信など不用心の極みでは無いかと俺は眉を顰めたが、その内容を聞いて青くなった。


 「『赤城』隊は『飛龍』へ、『加賀』隊は『蒼龍』へ、『翔鶴』隊は『瑞鶴』へ着艦せよ」


 考えるまでもない。

 「赤城」と「加賀」、それに「翔鶴」の三隻の空母が、少なくとも離発着が不能になるほどの大きな損害を被ったのだ。

 やがて、水平線の向こうにうっすらと煙が、それも複数立ち上っているのが見えてきた。




 俺が後から聞かされた話はこうだった。

 第二次攻撃隊を発進させてからしばらく後、米艦上機群が断続的に一航艦上空に現れ、それらが味方の空母に襲いかかってきたという。

 最初にやって来た五〇機あまりの雷撃機とそれらを守る三〇機近い戦闘機との戦いで艦隊上空を守っていた七二機の烈風は、そのいずれもが低空に舞い降りて雷撃機といわず戦闘機といわず、とにかく目につく米機をひたすらに食いまくっていたらしい。

 直掩隊の烈風が見せたその力は圧倒的で、TBDデバステーターと思しき雷撃機などは一機残らず撃ち落とされたのだそうだ。

 だが、その時、高空から敵の急降下爆撃機、おそらくはSBDドーントレス急降下爆撃機が迫っていた。

 当時、一航艦の将兵はその誰もが敵戦闘機や敵雷撃機を墜としまくる烈風の活躍に注意がいってしまい、高空に対する警戒が疎かになってしまっていた。


 そこを敵の急降下爆撃機に突かれた。

 いち早く異変に気づいた烈風が母艦を守るべく急上昇をかける。

 だが、とうてい間に合わず、真っ先に三〇機近い急降下爆撃機の集中攻撃を受けた「加賀」が爆弾六発を被弾、同艦はあっという間に炎上した。

 同じく三〇機ほどの急降下爆撃機から攻撃を受けた「赤城」は五発を被弾、悪いことにそのうちの一発が艦橋を直撃し、当時そこに詰めていた一航艦司令長官以下司令部スタッフは誰一人として助からなかったという。


 わずかに遅れてやってきた「サラトガ」隊に狙われたのは「翔鶴」だった。

 だが、こちらはいち早く上昇をかけた烈風隊の迎撃が間に合い、多くの敵機を投弾前に撃墜破することに成功した。

 だが、撃ち漏らした一〇機近くの急降下爆撃機からの攻撃を受けた「翔鶴」は二発を被弾、沈没の危険こそなかったものの、一方で彼女は離発着能力を完全に喪失していた。




 「瑞鶴」への着艦は強風それに搭乗員が負傷している烈風が優先された。

 特に強風はどの機体も被弾痕が生々しく、中には搭乗員が負傷したのかあるいは操縦系統に何らかの障害を抱えているのか、危険なくらいにふらついている機体もある。

 強風の機体そのものが米艦隊の対空砲火のすさまじさを物語る生き証人であるかのようだ。

 その強風が着艦したそばから次々に海に投棄されていく。

 おそらく損傷が激しく再使用が不可能か、あるいは修理可能ではあっても手間と時間がかかりすぎる機体のいずれかだろう。


 「瑞鶴」は第一次攻撃から帰投してきた四〇機ほどの「翔鶴」ならびに「瑞鶴」所属の機体の他に上空直援任務の烈風、それに偵察小隊の強風を収容しなければならない。

 これだけで格納庫はいっぱいになるはずだ。

 さらに、これに加えて第二次攻撃隊の機体も収容しなければならないから修理が可能な機体でも投棄せざるをえないのだろう。

 上空から見ていて気が滅入ってくる光景だった。

 強風隊の収容が終わり、烈風もそのほとんどが着艦を終えたところで俺たちの順番が回ってきた。

 俺はいつもより慎重に着艦アプローチを開始した。

 俺の機体はほぼ無傷だ。

 だからこそ絶対に着艦を決めなければならなかった。

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