第14話 強風隊強襲

 「翔鶴」それに「瑞鶴」の合わせて二四機からなる強風隊が敵艦隊上空に到達しようとしたその時、空が急速に黒くなっていくのが俺の瞳に映る。

 それは決して大げさな表現ではなく、敵艦隊の上空に歪な形をした小さな黒雲が次から次へとわき上がり、それらが瞬く間に強風を包み込んでいく。

 敵の空母や巡洋艦、それに駆逐艦から吐き出される高角砲弾が強風の周辺で立て続けに炸裂しているのだ。


 「大丈夫か」


 俺はこれから敵艦隊に攻撃を仕掛ける強風隊を案じた。

 もちろん、強風にせよ烈風にせよ、それなりの防弾装備は施してある。

 操縦席前面は防弾ガラスだし、操縦席の後方には防弾鋼板を仕込んである。

 さらに、燃料タンクは防漏構造のうえに自動消火装置もまた装備してあったはずだ。

 烈風と強風が九六艦戦をはじめとしたこれまでの日本の戦闘機とは一線を画す防御力を兼ね備えていることは間違いない。

 その代償として機体は三トンに迫るヘビー級となり、航続性能もたいしたことはない。

 しかし、それは搭乗員の保護を優先させたためだからであり、その方針が間違っていなかったことはこれまでの戦いからも証明されている。


 だが、帝国海軍の戦闘機としては破格の防御力を誇る烈風に乗っている俺が不安になるほどに、米艦隊から撃ち上げられる高角砲弾の量は凄まじい。

 明らかに米艦隊のこの対空砲火の投射量は異常だ。

 たかだか空母一隻と三隻の巡洋艦、それに数隻の駆逐艦だけであたり一面の空を黒く染め上げることなど、帝国海軍の常識からは考えられない。

 あるいは、米駆逐艦の主砲は対空射撃も可能な両用砲なのかもしれない。


 俺たち烈風隊が見守る中、だがしかし強風隊のほうは激しい対空砲火なのにもかかわらずたいして臆した様子も見せずに米艦隊に向けて突っ込んでいく。

 最初に攻撃を仕掛けたのは爆装の「瑞鶴」第一中隊だった。

 小隊ごとに散開したそれらは、「翔鶴」雷撃隊の血路を開くべく、対空火力の大きい敵の大型巡洋艦に向けて降下を開始する。


 ことのときの爆装強風の攻撃手段は緩降下爆撃だった。

 すでに帝国海軍の空母には九九艦爆といった急降下爆撃が可能な機体は搭載されていない。

 そもそも急降下爆撃は、その名前からくるイメージから高速で一気に降下して爆弾を叩きつけるものだと思われているが実際は違う。

 低空で機体を引き起こさないといけないから、目いっぱいダイブブレーキを利かせつつ速度を抑えて降下するのだ。

 「急」なのは降下する角度だけで、実際のそれは急角度低速降下爆撃だった。

 そのうえ敵艦上空数百メートルまで肉薄するものだから、高角砲だけでなく機関砲や機銃の射撃にさらされる時間も長くなり、被弾する確率が極めて高かった。

 急降下爆撃はある意味で、自身の命をチップに高い命中率を期待する、相手と刺し違える戦術でもあった。


 一方、急降下爆撃とは違い、機体の引起しが緩くて済む緩降下爆撃はその分高速で投弾でき、爆弾に速度が乗っているからそのぶん威力も大きかった。

 それと、高速で航過できるということは、それだけ敵の射撃にさらされる時間が短く敵の照準も困難になるので被害の軽減も期待できた。

 もちろん、降下角度が浅い分だけ命中率は落ちることになるが、強風はそれを一〇発の六番という数で補う。

 敵艦を点で狙うのではなく、面で攻撃するのだ。

 そしてその戦術は、機体と搭乗員の損耗が抑えられるメリットが大きいはずだった。


 だが・・・・・・


 俺は息を飲んだ。


 一番手前の巡洋艦を攻撃しようとした小隊のうちの一機が敵の対空砲火の直撃を受けて爆散したのだ。

 これまでの帝国海軍の戦闘機とは比較にならないほどに充実した防弾装備を施された強風がひとたまりもなく墜とされた。

 恐怖する俺とは対照的に残った三機の強風は仲間の死に臆することなく敵巡洋艦に肉薄、抱えてきたすべての爆弾を一気に投下した。

 三機合わせて三〇発の六番が敵巡洋艦に殺到する。

 その直後、多数の小さな水柱とともに、敵巡洋艦の艦上に五つのささやかな爆炎が上がるのが分かった。


 命中率は二割にすら届かない。

 従来の急降下爆撃に比べれば目を覆いたくなるような低い成績だ。

 だが、大型軽巡の六インチ砲弾と同等の重量を持つ六番は装甲の薄い巡洋艦や防御力皆無の駆逐艦に対しては、当たり所によっては深刻なダメージを与えることが可能だ。

 被弾した敵の巡洋艦もまた明らかに対空砲火が弱まっているし、速度もわずかばかり衰えたようだ。


 その「瑞鶴」爆撃隊によって穿たれた敵の輪形陣のほころびを抜けて今度は「翔鶴」雷撃隊が敵の空母に肉薄する。

 標的となった空母は、その独特の巨大な煙突から遠目でも「レキシントン」級空母だというのが俺には分かった。

 「翔鶴」雷撃隊もまた、敵の対空砲火の洗礼を浴びながらも「レキシントン」級空母に迫っているのだろう。

 俺の目には雷撃隊の細かい動きは見えなかったが、それでも「レキシントン」級空母に二本の水柱が立ち上るのだけは分かった。

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