第13話 烈風vsF4F
本来であれば、めでたい正月三が日の最終日である昭和一七年一月三日。
帝国海軍少尉の俺は今、ウェーク島近海にいる。
当然のことながら、正月気分は全然といっていいほどに無い。
この日、第一航空艦隊は夜明け三〇分前に「赤城」と「加賀」からそれぞれ四機、「翔鶴」ならびに「瑞鶴」からそれぞれ二機の強風を索敵に発進させた。
さらに夜明けと同時に同じ数の強風からなる第二次索敵隊も出し、つまりは二段索敵による太平洋艦隊の早期発見を目指していた。
その太平洋艦隊に対し、一航艦は二波による航空攻撃を企図している。
第一次攻撃隊は六隻の空母から烈風と強風がそれぞれ一個中隊の合わせて一四四機で、強風のうち「赤城」隊と「蒼龍」隊、それに「翔鶴」隊が航空魚雷、「加賀」隊と「飛龍」隊、それに「瑞鶴」隊がそれぞれ一〇発の六番を装備していた。
第二次攻撃隊のほうは「加賀」と「翔鶴」、それに「瑞鶴」からそれぞれ烈風一個中隊の三六機と、すべての空母から強風一個中隊七二機の合わせて一〇八機で、第一次攻撃隊とは逆に「赤城」隊と「蒼龍」隊、それに「翔鶴」隊が爆装、「加賀」隊と「飛龍」隊、それに「瑞鶴」隊が雷装だった。
夜が明けてから一時間あまりが経った頃だろうか、俺たち第一次攻撃隊に参加する搭乗員に整列の号令がかかった。
それから艦長や飛行長から訓示があったが、そのとき彼らが何を言っていたのか、正直あまりよく覚えていない。
ただ、誰が言ったのか「皇国の興廃この一戦にあり」という言葉だけはなぜか妙に耳に残っている。
それと、マストに翻るZ旗もまた鮮明な記憶として俺のたいしてよろしくないメモリーに刻まれている。
訓示によると、発見された太平洋艦隊の布陣は戦艦八隻を基幹とするグループが一つ、それに空母を中核とした一〇隻ほどのグループが三つとのことだった。
俺たちは僚艦である「翔鶴」隊とともに三つある空母部隊の一つを攻撃する。
発進準備にとりかかれの号令を受けてからはいつもの手順だった。
整備員の激励を受けながらベルトを締めて計器をチェック。
エンジン音に耳を澄ませ異音がしないかを確認。
舵の効きも確かめる。
機銃の試射は、っと、ここでやったら怒られる。
いや、怒られるだけじゃ済まないだろう。
馬鹿なことを妄想して緊張をほぐしているうちに俺の発艦の順番が来た。
そのときの俺は妙に落ち着いていた。
フィリピンでの実戦経験がそうさせてくれたのだろう。
この時の俺にはまだ、確かに余裕というものがあった。
どうやって探知したものか、俺たちは敵艦隊の艦影をまだ見ないうちから敵戦闘機の迎撃を受けた。
一〇機あまりの編隊が三つ。
烈風中隊は第一小隊を残し、残りは敵編隊へと立ち向かっていく。
最も腕が立ち、最も命令に忠実ないい子ちゃんで固めた第一小隊を直掩隊とし、第二小隊と第三小隊は敵機を積極排除する制空任務を帯びている。
確かに、編隊空戦を旨とする海軍戦闘機隊において当たり前のようにそのお約束事を破り、平気で単機で敵機に向かっていくようなどこかの三番機や四番機のような連中に大切な直掩任務は任せられない気持ちはよく分かる。
そう思っていたら案の定、岩本一飛曹はぐんぐん高度を上げ、西沢二飛曹は三番機の援護って何? といった感じで岩本一飛曹を追っかけもせず、一人で敵機に猛進していく。
岩本一飛曹は垂直降下かあるいはそれに近い急角度からの一撃離脱戦法、西沢二飛曹は暴れる機体をねじ伏せて常人にはとうてい及びもつかない機動で敵機を次から次へと屠る。
お互い無理に相手に合わせる必要はない。
まあ、彼らだからこそ許されていることではあるのだが、俺の部下掌握能力の低さも一因ではある。
だって、あいつら俺の言う事全然聞かないんだからしょうがないじゃん。
だが、部下への不満をぶちまけることよりも今は敵機を墜とすのが先だ。
ゴマ粒だった敵機の輪郭がはっきりしてくる。
烈風と同じずんぐりむっくりした機体だが、サイズは一回り小さい。
F4Fだ。
烈風が「肥大化した豚」ならこちらは「ウリ坊」といった感じか。
ただ、機首は烈風よりも絞られている。
あのサイズだと一〇〇〇馬力級、あってもせいぜい一二〇〇馬力といったところか。
俺はフィリピンの戦いのときと同じように敵の長射程機銃の軸線を外すと同時に急旋回をかけて敵機の後ろに回り込む。
あとは烈風の大トルクを生かした急加速で敵機のケツに肉薄。
F4Fも加速して逃げようとするが、馬力が違いすぎる。
そのまま間合いを詰め必殺の二〇ミリ機銃を一連射。
フィリピンの時のような全弾発射などという無様は繰り返さない。
俺に狙われたF4Fはエンジンから猛煙をあげて真っ逆さまに墜ちていった。
非力な発動機で大馬力の烈風に挑んだF4Fの悲劇だった。
敵機の撃墜を確認すると同時に今度は武藤一飛曹に戦果を挙げさせるべく、俺は二番機の位置に下がる。
このことに喜び勇んだ武藤一飛曹ではあったが、だがしかしこの時にはすでに敵機はいなくなっていた。
すべて撃墜されるか遁走したのだ。
制空隊の四八機の烈風に対して敵機は三〇機あまりだったから、数的にこちらが圧倒的に有利だったし、俺がさきほど手合わせしたF4Fははっきり言って烈風の敵ではなかった。
敵戦闘機を駆逐した俺たち制空隊は、急いで攻撃隊本隊への合流を急いだ。
そして、俺たちがその本隊に追いついたちょうどその時、強風隊が敵艦隊に対して雷爆撃を仕掛けるべく、編隊を解きはじめた。
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