第20話 再編
その時の帝国海軍上層部の様子を一言で表せば、恐慌状態という言葉が一番しっくりきたのだそうだ。
ウェーク島沖海戦における第一艦隊ならびに第一航空艦隊の損害が事前に想定した見積もりを大きく超えてしまっていたからだ。
確かに連合艦隊はウェーク島沖海戦で来寇してきた太平洋艦隊の撃退に成功した。
空母「エンタープライズ」と「サラトガ」、それに「レキシントン」を撃沈し、さらに八隻の旧式戦艦もまた同様に葬り、ほかにも巡洋艦や駆逐艦といった補助艦艇を多数撃沈破している。
戦果だけで言えば、かつての日本海海戦に匹敵するかあるいはそれを上回る。
だがしかし、その一方でこちらの被害もまた甚大だった。
洋上航空戦において帝国海軍最強空母の双璧と言われた「赤城」と「加賀」を失い、続く砲雷撃戦で戦艦「伊勢」ならびに「日向」と「扶桑」、それに高速戦艦の「比叡」と「霧島」の五隻を一挙に喪失した。
さらに、重巡「青葉」や「古鷹」、それに「加古」が撃沈されるなど、巡洋艦や駆逐艦も大きな損害を被った。
また、沈められこそしなかったものの、空母「翔鶴」や戦艦「長門」をはじめ手傷を負った艦は多数にのぼる。
その中でも戦艦「山城」はあまりにもその傷が深く、必死の思いで本土までたどり着きはしたものの、修理よりも新造した方が早いということで結局廃艦となることが決まった。
悲劇はそれだけではなかった。
本土を目前にしながら戦艦「陸奥」が米潜水艦「アルバコア」の雷撃によって撃沈されてしまったのだ。
「長門」とともに帝国海軍の象徴であった「陸奥」の沈没は同海軍に潜水艦アレルギーのようなものを植え付けた。
この一件で帝国海軍はこれまでとは打って変わって対潜戦術や対潜装備の充実に邁進することになる。
互いに深手を負った日米両海軍ではあったが、立ち直りは地力に勝る米国の方が早かった。
ウェーク島沖海戦があった同じ月の下旬には空母「ヨークタウン」が、翌月初旬には空母「ホーネット」が、さらに中旬には空母「ワスプ」、下旬には空母「レンジャー」がパナマ運河を越えて太平洋入りしたことが確認された。
水上打撃艦艇のほうも「ニューメキシコ」級や「ニューヨーク」級をはじめとした有力艦艇が続々と西海岸の米海軍基地や真珠湾に集結しつつあることも分かっている。
それでも米国はドイツ戦艦「ティルピッツ」への備えとして新鋭戦艦「ワシントン」と「ノースカロライナ」が大西洋でにらみを利かせているし、合衆国本土には予備戦力として戦艦「アーカンソー」が控えていた。
さらに四〇センチ砲搭載戦艦の「コロラド」もオーバーホールから間もなく戦列に復帰する。
そのうえ悪いことに、近日中には「ノースカロライナ」級をもしのぐ「サウスダコタ」が就役するはずだった。
戦力の厚みが日本とは段違いだった。
その米軍の狙いは明らかだ。
日本の勢力下でいまだに抗戦を継続中のフィリピンの同胞たちの救出。
一方、その最大の障害となる連合艦隊の主力は先のウェーク島沖海戦で太平洋艦隊と刺し違えたはずだった。
新編の太平洋艦隊の前に敵はいないと合衆国海軍上層部が判断していたとしてもおかしくはなかった。
その強大な国力を背景に、着実に戦力の充実を図っている太平洋艦隊に対し、連合艦隊もまた必死になってその回復に励んでいた。
飛行甲板を破壊された空母「翔鶴」の修理は最優先とされ、昼夜をわかたず二四時間態勢の突貫工事が続いている。
さらに新鋭戦艦「大和」の慣熟訓練も急ピッチで進められていた。
それと、連合艦隊司令部はその司令部機能を「大和」から陸に移している。
「大和」を連合艦隊旗艦の任から外しフリーハンドを与えるための措置だった。
そして、壊滅した第一艦隊と大損害を被った第一航空艦隊をひとまず解隊し、新たに第一艦隊を編成している。
これに大幅に陣容を変えた第二艦隊を加え、新たに第一機動艦隊が誕生した。
第一機動艦隊
第一艦隊
甲部隊
空母「翔鶴」「瑞鶴」「龍驤」
重巡「利根」
軽巡「川内」
駆逐艦「雪風」「初風」「天津風」「時津風」「黒潮」「親潮」「早潮」「夏潮」
乙部隊
空母「飛龍」「蒼龍」「瑞鳳」「祥鳳」
重巡「筑摩」
軽巡「神通」
駆逐艦「野分」「嵐」「萩風」「舞風」「浦風」「磯風」「浜風」「谷風」
第二艦隊
戦艦「大和」「金剛」「榛名」
重巡「妙高」「羽黒」「足柄」「那智」
軽巡「那珂」「北上」「大井」
駆逐艦「陽炎」「不知火」「霞」「霰」「朝雲」「山雲」「夏雲」「峯雲」「朝潮」「大潮」「満潮」「荒潮」
空母七隻、戦艦三隻、重巡六隻、軽巡五隻、それに駆逐艦二八隻からなる堂々たる艦隊だった。
駆逐艦はすべて新鋭の「朝潮」型か「陽炎」型で編成されている。
連合艦隊にはまだ他に「高雄」型重巡や「最上」型重巡といった有力艦艇があったが、これらはいまだに南方資源地帯で跳梁する米英蘭豪のアジア艦隊に対する備えとして同地に拘置せざるを得なかった。
七隻の空母には母艦を失った「赤城」と「加賀」の搭乗員が補充要員として配属された結果、母艦航空隊としての練度は開戦時とほぼ同等のレベルを維持している。
そして、猛訓練による個人ならびに部隊としての練度向上と、さらに「翔鶴」の復帰にタイミングを合わせてくれるかのように新生太平洋艦隊が真珠湾から出撃したとの一報が同海域を哨戒中の伊号潜水艦からもたらされた。
一九四二年三月下旬のことだった。
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