第9話 初撃墜

 一二月八日、俺の「瑞鶴」第一中隊第二小隊はフィリピンのイバ飛行場とそこに展開する米陸軍航空軍を殲滅すべく母艦を発進した。

 俺たちが参加するイバ飛行場攻撃隊の編成は以前に岩本一飛曹が予想していた通り、各母艦からそれぞれ烈風一個中隊、それに爆装の強風一個中隊の合わせて一四四機だった。

 烈風は「加賀」隊と「飛龍」隊、それに「瑞鶴」隊が制空、「赤城」隊と「蒼龍」隊、それに「翔鶴」隊が直掩の任務を帯びている。

 一方、クラーク飛行場撃滅の任を負った同じく一四四機の攻撃隊のうち、烈風隊のほうは制空と直掩の任務が各母艦ごとにこちらとは逆になっている。


 イバ飛行場攻撃に向かう俺たちは制空隊だ。

 武藤一飛曹、それに岩本一飛曹と西沢二飛曹のいずれもがこの配置にご機嫌だった。

 制空隊は敵戦闘機の積極排除、一方の直掩隊は強風の絶対防衛。

 どちらも大切な任務に違いは無いが、それでも搭乗員のモチベーションは決定的に違う。

 制空隊と直掩隊とではその自由度があまりにも違い過ぎるのだ。


 進撃中、万一に備え俺が我流航法で自機の位置をプロットしていたときにレシーバーから「瑞鶴」戦闘機隊長兼第一中隊長兼第一小隊長の声が流れてくる。


 「前方同高度に敵機」


 端的な指示だった。

 それだけで全員が何をすべきかを理解する。

 それにしても、一小隊の連中は目が良い。

 俺は今になってようやくゴマ粒のような敵機が見え始めたところだ。

 敵機の存在を視認した「瑞鶴」烈風隊がぐんぐん高度を上げ始める。

 敵機より上に遷移し、その位置エネルギーを運動エネルギーに変換して戦闘に活用するのは古今東西変わりはない。

 まあ、古今というほどには飛行機の歴史はそれほど長いものではないのだが。


 敵は十数機の編隊が四つ。

 こちらは「瑞鶴」隊とそれにあとは「加賀」隊と「飛龍」隊だ。

 制空隊総指揮官の「加賀」戦闘機隊長は敵のうち一個編隊は無視することに決めたようだ。

 十数機程度なら制空隊の防衛網を突破されても直掩隊で十分に対処が可能だから、わざわざこちらが戦力分散の愚をおかすこともないだろうという判断なのだろう。




 「瑞鶴」第一中隊が十数機の敵戦闘機に突っかかっていく。

 俺の小隊が相手どった敵戦闘機は三機編隊が二個の合わせて六機。

 数で言えば敵の方が五割多いが、俺は慌てることはなかった。

 俺には頼れる部下たちがいる。

 その俺と武藤一飛曹の一、二番機と岩本一飛曹と西沢二飛曹の三、四番機が二手に分かれる。

 俺は同高度を正面から挑みかかってくる三機を見据える。

 もう一方の三機は岩本一飛曹と西沢二飛曹に任せておいて大丈夫だろう。


 まだ、こちらが撃つには早いと思っていたら、敵機の翼が光ったように見えた。

 敵の射弾を避けなければと思ったときには先に手と足が動いていた。

 操縦桿を傾け、フットバーを蹴り込むと同時に烈風が反応よく機体を滑らせる。

 その直後、烈風がいたはずの空間を明らかに七・七ミリ機銃より太い火箭が通り過ぎていった。

 一瞬でも反応が遅れていたら、間違いなく今の一撃でやられていたはずだ。


 俺は戦慄した。

 敵の搭乗員の正確な射撃技量もそうだが、それよりも敵機が持つ機銃に恐怖したのだ。

 烈風が装備する二〇ミリ機銃は威力こそあるものの弾道が低伸せず、俗に言うションベン弾で命中率が悪い。

 一方、七・七ミリ機銃は弾道特性に文句はないが、いかんせん威力が無さ過ぎる。

 だが、米戦闘機が放った機銃弾は弾道特性も良好で、その威力も大きいはずだった。

 機銃はバネをはじめとして、その製造には高度な冶金技術と工作精度が求められる。

 米国の科学技術の、工業レベルの高さがこの一撃から容易にみてとれた。

 そんな連中を相手に俺たちは戦争をおっぱじめたのだ。


 だが、恐怖は一瞬。

 俺は敵機の射弾を回避すると同時にすでにその後ろに回り込むための機動に移行していた。

 烈風もそれによくこたえ、敵機とすれ違ったすぐ後にはすでに反転を終えてその背後を取っている。

 そして、烈風の大排気量発動機火星がもたらす大馬力によって加速、一気に敵機との間合いを詰めた。


 この一瞬のやりとりで俺はすでに敵機の正体を見抜いている。

 鼻先の尖った液冷エンジン、P40だ。

 異様なフォルムだった。

 例えば、ドイツのBf109なら獰猛な鷲や鷹、英国のスピットファイアなら流麗な燕といったふうに航空機と同様に空に関する生き物のイメージが想起されるのだが、このP40から受けるそれは海に生きるサメだった。

 なぜそう思ったのかは分からないが、俺にはP40が空飛ぶサメに見えて仕方がなかった。


 だが、そんなどうでもいいことを考えていたのはわずかな時間だった。

 敵機のケツが見る見る大きくなってくる。

 俺は改めてすばやく全周を見回し他の敵機が存在しないことを確認する。

 敵機を撃つその瞬間が最も危険だということは、武藤一飛曹や岩本一飛曹からくどいくらいに聞かされていた。

 周囲に敵機がいないことで俺は目の前の敵機との距離を一気につめる。

 眼前の敵機は俺からの追撃をかわそうと右や左に機体を振るが、ふだんから武藤一飛曹や岩本一飛曹、それに西沢二飛曹のケツを追いかけている俺にはその機動はどうにも緩慢に見えて仕方が無い。

 照準器すら不要と思われる至近距離に達したところで俺は二〇ミリ機銃と七・七ミリ機銃の合わせて四丁をまとめてぶっ放した。

 弾道特性の悪い二〇ミリ機銃弾もこの距離では敵機にどんどん吸い込まれていくのが分かる。

 多数の二〇ミリ弾と七・七ミリ弾を食らった敵機はひとたまりもなくバラバラになって墜ちていった。


 記念すべき俺の初撃墜の瞬間だった。

 だが、その喜びもつかの間、俺は自分がとんでも無い失策を犯していたことに気づいた。

 俺は初陣ということで少しのぼせあがっていたのだろう。

 迂闊にも今の一撃で二〇ミリ弾をすべて使い切ってしまったのだ。

 そりゃ、頑丈な米戦闘機もバラバラになるわけだ。

 経験の浅い若年搭乗員がやりがちな失敗をよりにもよって小隊長である俺がやらかしてしまった。

 恥ずかしい。

 烈風の二〇ミリ機銃は威力こそあるものの、その弾の大きなことから各銃ともにその装弾数はわずかに六〇発にしかすぎない。

 長めの一連射を加えただけであっという間に弾を使い切ってしまうのだ。

 やばい。

 戦いはまだ始まったばかりだというのに。

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