第10話 列機

 「武藤、行け!」


 俺が無線機に叫ぶのと同時に後方で律儀に長機のカバーに回ってくれていた二番機、その武藤一飛曹が駆る烈風が解き放たれた猟犬のごとく一目散に敵機に向かって突っ込んでいく。

 烈風に航空無線が導入されたのは開戦よりも少し前のことだった。

 耳障りな雑音が交じるものの、それでも声は明瞭に聞きとることが出来る。

 そして、編隊空戦を行うにあたっては、その航空無線の威力は絶大なものがあった。

 手信号なんかより、はるかに早くしかも容易に意思の伝達ができる。

 小隊とはいえ一個戦闘単位を指揮する俺にとっては、航空無線は便利を超えてもはや無くてはならないものとなっていた。


 俺は武藤機の後方にポジションを変え、武藤一飛曹のカバーに回る。

 これによって俺は弾の節約ができるし、また部下に手柄を挙げさせようとする心優しい上官として好感度を上げることもできる。

 まさに一石二鳥だ。


 武藤一飛曹の機動は水際立っていた。

 俺たちに襲いかかってきた三機のうちの生き残った二機のP40に対し、決して旋回格闘戦を得意とはしない烈風をその剛腕でもってねじ伏せる。

 それこそ、あっという間に敵機の後ろをとったかと思ったら、そのうちの一機を一連射で仕留めてしまったのだ。

 あれだと、たぶん二〇ミリ弾は二〇発も使っていないのではないか。

 武藤一飛曹の名人芸に感動するとともにこの男が部下で、なにより味方でほんとうに良かったと俺は思った。

 武藤一飛曹と敵味方に分かれて戦場で出会っていたとしたら、俺は間違いなく墜とされている。


 最後の一機となったP40は遁走をはかったが俺たちは追撃をかけなかった。

 乱戦の中での深追いはご法度だ。

 前後左右に上と下、どこから横やりが入ってくるかわかったもんじゃないからな。




 終わってみれば、空戦は体感的にはまさに一瞬の出来事だった。

 そして、すでにこの空域には味方機しかいない。

 敵機はすべて撃墜されるかあるいは遁走していたからだ。

 無事に戦いを終えたのだろう、岩本一飛曹と西沢二飛曹の烈風が俺たちに近づいてきた。

 岩本一飛曹が指を二本立て、西沢二飛曹の顔もまたほころんでいる。

 ああ、こいつら敵の一個小隊をすべて平らげてしまったのか。

 武藤一飛曹と同じで、心底恐ろしい連中だ。


 部下の技量にブルっている俺の瞳に少し先の大地から複数の煙が立ち上っているのが映り込んでくる。

 イバ飛行場だろう。

 俺たちが敵機と戦っている間に強風隊が同飛行場を爆撃し、そのことで地上の燃料タンクなり弾薬庫なりが爆発炎上しているのではないか。

 そう思って前方を見据えていたら、整然とした編隊を組んだ友軍機の大編隊がこちらに向かってくる。

 敵飛行場の爆撃を終えた強風隊だ。

 その彼らが攻撃後も編隊を組めるということは、さほど大きな被害は受けていないということなのだろう。


 俺たちも友軍編隊に合流、母艦への帰還に同道させてもらうことにする。

 送り狼から強風隊を守るのも仕事だし、多数の目があればその分発見も早くなる。

 それになにより迷子になる不安から解き放たれる。

 航法支援装置の貧弱なこの時代、母艦に戻ることもまた命がけだったのだ。




 母艦に戻ってからも俺は情報収集に余念がなかった。

 午後にもう一度出撃があるのかないのかで今後の身の振り方が大きく変わってくるからだ。

 そして、他の連中の話を総合すると、今日の出撃は一度だけで終わるようだ。

 第一航空艦隊の上層部はイバ飛行場ならびにクラーク飛行場に対して、それぞれ爆撃によって大きな損害を与えたと判断しているとのことだった。

 そのことを武藤や岩本、それに西沢に告げると皆一様にほっとした表情をしていた。

 化け物のような連中でも長時間緊張を強いられる出撃はことのほかこたえるものだったのだろう。

 平気な顔をしているようでその実、かなり疲労しているはずだ。


 その俺たち「瑞鶴」飛行隊はイバ飛行場とクラーク飛行場攻撃の任で烈風と強風それぞれ二四機ずつの計四八機が出撃していた。

 その一連の戦いの中で、烈風第二中隊第三小隊の四番機が空戦で敵機に食われ、強風第一中隊第二小隊の三番機が対空砲火によって失われたという。

 さらに、艦隊上空直掩任務にあたっていた第三中隊の烈風のうち、一機が着艦の失敗によって失われたのだそうだ。

 こちらのほうは、搭乗員は軽いけがで済んだという。

 それと、帰還した機体にも被弾損傷したものが思いのほか多く、整備員たちは大車輪でその修理にあたっている。

 ご苦労様です。


 一方、搭乗員らは悲喜こもごもだった。

 敵機の撃墜数を自慢しあう意気軒高な搭乗員がほとんどだったが、その傍らで四番機を失った烈風第二中隊第三小隊長は苦り切った表情を隠しきれない。

 同小隊の列機の搭乗員もどことなく沈んだ表情をしている。

 いくら敵機を墜とそうと、身内がやられてしまっていては喜ぶものも喜べないのだろう。


 そのことで俺は少し考えてしまった。

 俺の列機は化け物ぞろいで、武藤一飛曹にせよ、岩本一飛曹や西沢二飛曹にせよ、連中が敵機に食われるということなんてとてもイメージができない。

 だが、彼らも人間だ。

 いつかは敵にやられる時が来るのかもしれない。

 どうしても、そんなことを想像してしまう。

 戦争一日目、俺は初撃墜を果たしはしたもののそれを素直に喜べず、むしろ心の中になにか重い鉛のようなものを飲み込まされたような気分だった。

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