第11話 留守番小隊長

 開戦初日に続き、その翌日もまたフィリピンの米航空軍に対しての空襲は継続された。

 俺たち「瑞鶴」第一中隊は前日と同様、イバ飛行場攻撃がその任務だった。

 第一中隊一二機のうち、被弾損傷による三機と発動機不調による一機が参加を見合わせ、残り八機による出撃となった。

 そして、あろうことか、その発動機不調による一機こそが俺の機体だった。

 俺の機付担当の整備員によると、空戦の際にかなり無理なスロットル操作をしたのが原因ではないかということだった。


 「そんなことはない。整備ミスではないのか」


 思わずそういった言葉が口から出そうになったが、整備員らが必死で俺の機体の面倒をみてくれていたのは承知しているから、やはり自分のミスなのだろう。

 それにしても、小隊長ともあろう者が恥ずかしい。

 整備員はそれでも俺を非難するような視線を向けることなく淡々と発動機を整備してくれている。

 よかった、一機墜としておいて。

 なによりの言い訳だ。

 あとで、酒保で何か買って詫びとともに彼らのご機嫌をとっておこう。


 ところで、俺は部下と同様、整備員らとの人間関係も大切にしている。

 なんせ、俺が命を預ける機体の整備を任せているんだからな。

 搭乗員によっては整備員を自分らよりも一段下の人間だと見下すような振る舞いをする者も少なからずいるが、幸い俺の小隊にそんなアホな奴はいない。

 そして、今では発動機を傷めてしまったアホな小隊長に代わって第二小隊は武藤一飛曹が指揮をとってくれているはずだ。

 階級を気にしなければ中隊長でさえ余裕で務まるような奴だから、俺は何の心配もしていない。

 だが、小隊長ともあろう者が、部下が出撃しているのにもかかわらず元気いっぱいで「瑞鶴」に残っているというのは、やはり居心地が悪い。

 みんな早く帰ってきてくれないかな。




 二日目の出撃について、「瑞鶴」第一中隊は一機も欠かさず全機が無事に帰還した。

 第一中隊は昨日の制空任務とは逆に今日は直掩任務だった。

 だが、この日は迎撃してきた敵戦闘機がことのほか少なく、そのすべてを制空隊が平らげてしまったのだそうだ。

 その結果、第一中隊はどの機体も一発の銃弾さえ撃つ機会がなかったのだという。

 そのような中で、欲求不満の表情を隠そうともしない武藤一飛曹や岩本一飛曹、それに西沢二飛曹らに、俺は「ざまあ!」という内心を包み隠しつつ、優しくご苦労さんと労いの声をかける。

 そして、「さぼった詫びだ」と言って事前に確保していた甘味を彼らに配る。

 内面はさておき、表面上のやさしさや親切に日本人はことのほか弱い。

 上官からの配慮もまた例外ではない。

 これで、列機どもの俺に対する評価もさほど落ちることはないだろう。

 しかし、武藤らの顔、まるでお預けを食らった犬のようだった。

 俺は再度心のなかで叫ぶ。

 ざまあ!

 そんな部下の顔を見たことで、俺もまた、出撃が出来なかった憤懣を少しばかり解消することができた。


 三日目は発動機の修理が完了した俺も参加してイバ飛行場に襲撃をかけた。

 しかし、すでに在比米航空軍は反撃の力を喪失していたのか、迎撃機の姿がまったく見えず、俺は一発の銃弾を撃つこともなく、ただ強風隊がイバ飛行場に爆弾をばら撒くのを眺めているしかなかった。


 翌日も同じ結果だった。

 だが、その日遅く、欲求不満が募る「瑞鶴」搭乗員らに驚きと興奮をもたらす一報が入ってきた。

 サイゴンに展開する海軍基地航空隊の九六陸攻が英国の誇る最新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウエールズ」と巡洋戦艦「レパルス」をしかも二隻同時に撃沈したというのだ。


 後で聞いた話だが、この当時サイゴンには九六陸攻の他に烈風と強風が配備されていたという。

 しかし、脚の短い烈風や強風では英国の二戦艦が発見された海域を往復することは出来ず、五九機からなる九六陸攻のみによる攻撃となったらしい。

 そのわずか五九機に対しても、全機に雷装を施すことはかなわず、そのうち八機は爆弾を搭載して対艦攻撃には不向きとされる水平爆撃を行わざるをえなかった。

 帝国海軍の弾薬備蓄の貧弱さがモロに現出した格好だ。

 それでも、九六陸攻隊は果敢に二隻の英戦艦に戦いを挑み、両艦に魚雷多数を命中させてこれらを海の底に叩き込んだのだという。

 この知らせに搭乗員らはわき立った。

 そして、いつまでも飛行場を爆撃しているのではなく、自分たちも太平洋艦隊と雌雄を決するべきだという声がそこかしこから聞こえてきた。


 俺は不安になった。

 フィリピンで米航空軍を撃破し、マレー沖で英戦艦を沈めたことは喜ばしい。

 だが、そのことで海軍将兵に驕りや油断が生じてはいないか?

 まだ、戦争は始まったばかりだぞ?

 それとも、単に俺が心配性なだけなのだろうか。




 五日目は無かった。

 「瑞鶴」をはじめ第一航空艦隊は舳先を北東へと向けている。

 今後、在比米航空軍への攻撃は海軍の基地航空隊と陸軍航空隊が中心になってこれを行うという。

 それにしても、何か慌ただしい。

 本土が米軍の攻撃でも受けたのか?

 そうしたら、その日の午後、艦長から艦内放送で乗組員に通達があった。

 それによると、太平洋艦隊の根拠地であるハワイに向けてその周辺海域やあるいは遠く米本土から戦闘艦艇が続々と集結しつつあるらしい。

 一航艦は直ちに本土に帰還、失われた機体と搭乗員の補充、それに物資の補給と併せ可能であれば簡単な整備を施して太平洋艦隊を迎え撃つのだという。


 艦長の言葉に「瑞鶴」艦内はわきたった。

 驕れる米軍に目にもの見せてやると将兵たちの鼻息は荒い。

 一航艦が、「瑞鶴」飛行隊がお前たちを必ずやっつけると。

 だが、その時の俺たちは機動部隊同士の戦い、つまりは洋上航空戦における過酷な現実というやつをまだ知らずにいた。

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