第4話 烈風vs一式戦

 模擬空戦の相手である陸軍の連中の機嫌はかなり悪かった。

 海軍の鼻を明かしてやろうと意気込んで乗り込んでは来たものの、それを迎えたのは士官で最も下っ端の少尉と、そんな俺に率いられた三人の下士官だったのだから。

 要するに海軍としては陸軍なんかと遊んでいる暇はねえんだよと喧嘩を売ったようなものだ。

 こんな対応をされれば、陸軍としては考えることは一つしかない。

 模擬空戦で烈風を完膚なきまでに叩きのめすことだ。


 「肥大化した豚を焼き豚にしてやる」


 たぶん、そのようなことを考えている陸軍搭乗員らの敵意や憎悪に満ちた視線が次々に俺に突き刺さってくる。

 しかも俺をにらんでくるのは激戦をくぐり抜けたエース搭乗員たちだ。

 一般人とはそのオーラが違う。

 はっきり言って恐い。

 だが、一応言っとくぞ。

 隊長以外はお前らより俺の方が階級が上だからね。

 陸と海の違いはあっても上官には敬意を持って接してあげてね。


 一方で、俺は部下たちがこの雰囲気に気圧されていないか心配になったので彼らをちらりと振り返る。

 そうしたらナニ?

 武藤一飛曹も岩本一飛曹も、それに実戦経験すらない西沢二飛曹までによによ笑っている。

 えっ、お前らアレを見てびびらないの?

 どんな神経しているの?

 心強いのを通り越して少し不安になってくるぞ。

 まあ、そんなこんなで気まずい雰囲気の中、挨拶や自己紹介もそこそこに早速模擬空戦の第一ラウンドが始まった。




 最初は単機空戦。

 こちらは武藤一飛曹が先鋒をつとめる。

 そんな彼に無茶だけはするなと声をかけ、俺は少し遠くにある相手の一式戦とか言う戦闘機を私物の双眼鏡越しに観察する。

 全体に細身でコンパクトにまとめられたそれは、被弾面積が小さく上昇力もよさそうだ。

 それに発動機も烈風に比べれば一回りどころか二回りも小さく、それゆえに前方視界も良好だろう。

 火力の方は不明だが、それでもすごくバランスのとれた機体だということが分かる。

 なんか烈風よりもよほど艦上機向けの機体のような気がする。

 それに、戦闘機にとって大切な旋回格闘性能は一目見ただけで烈風のそれよりも上だとはっきりわかる。

 なんにせよ、あのスマートな機体を見た後ならば、なるほど連中が烈風のことを「肥大化した豚」と言うのも理解できる。


 だが、一方で俺は一式戦の隣にある機体が気になって仕方がなかった。

 そいつは発動機は烈風と同じ大型のもので、頭でっかちなのは一緒だが機体に比べてやたらと翼が小さいのだ。

 つまりは、かなり速い機体なのだろう。

 しかし、運動性能はすごく悪そうだ。

 それに離着陸も難しそう。

 もし、この機体で空母に着艦したら一万円やると言われても俺は辞退するだろう。

 一式戦とその隣にある機体の観察に夢中になっていたら、岩本一飛曹が「始まりますよ」と声をかけてくれた。


 その声で、俺は視線を上に向ける。

 そして、そこで展開された光景は俺の事前予想とはまったく違うものだった。

 俺は最初、烈風が一式戦の旋回格闘性能に翻弄されるのではないかと危惧していた。

 しかし、俺が見たものは烈風が一式戦を追い回す姿だった。


 「どうなっているんだ」


 「加速性能の差が如実に表れていますね。そもそも、たかが九五〇馬力の一式戦が一五〇〇馬力の烈風と一対一の戦いを挑む方が無謀なのですよ」


 俺のつぶやきに岩本一飛曹が律儀に答える。

 そうか、あの一式戦は九五〇馬力なのか。

 物知りだなあ、岩本一飛曹は。

 というか、こいつ普段はもの静かなくせに戦闘機のことになるとよくしゃべるよな。

 ついでだ、いろいろと聞いてみよう。


 「一飛曹の所見を聞かせてもらえるか」


 「武藤一飛曹は最初から一撃離脱に徹していますね。これに対して一式戦の搭乗員はなんとか得意の旋回格闘戦に持ち込もうとしていますが、これは相手にその気がなければどうにもなりません。武藤一飛曹は火星発動機の大馬力にものを言わせて有利なときには一気に肉薄し、不利な時にはその大トルクを生かした加速でさっさと逃げてしまいます。このため一式戦はその優秀な旋回性能を逃げることにしか使えていません」


 それと、と言って岩本一飛曹は話を続ける。


 「例の一式戦は海軍で言うところの栄発動機を搭載していると聞きます。これは排気量が二八リットルしかなく、火星発動機の三分の二にしか過ぎません。これでは絶対的なトルクがまったく足りず、加速性能もたいしたことは無いはずです。おそらく一式戦はその発動機の非力さを軽量化によって補っているのでしょう。

 それと、致命的なのはその火力の貧弱さです。先ほど確認しましたが、一式戦の翼には機銃が装備されていません。機首にある二丁の機銃だけが唯一の頼みです。そんな非力貧弱な戦闘機で烈風と戦おうなんてことが思い上がりなんですよ。烈風が『肥大化した豚』なら、一式戦は『やせ衰えた非力な犬』といったところですね。低速域におけるドッグファイト以外に取り柄の無い、近代戦にはまったくと言っていいほどに不向きな機体です」


 岩本一飛曹の一式戦への評価はすごく辛辣だった。

 それにしてもこんな短時間で相手の運動特性だけでなく武装まで見抜くなんて、さすがに大陸帰りは違うなあ、と感心しつつ俺は質問を続ける。


 「烈風が一式戦が望む格闘戦の誘いに乗ったらどうなる」


 「搭乗員の腕が互角なら烈風に勝ち目はありませんね。旋回性能は明らかに一式戦のほうが上ですから」


 「逆に言えば、勝敗は度外視するとして優速な方は好きな戦い方が決められるということか」


 「そうです。速い方が一撃離脱であろうが格闘戦であろうが、自身が望む戦い方を選択できます。それに追撃も避退も思いのままです。一方、劣速な方は運動性能が相手よりも優れていなければ逃げることができません。言うまでもなく逃げる相手を捕捉することもできません」


 「戦機も戦法も速い方が好き勝手できるということか」


 「まあ、空の戦いはそれほど単純でもありませんが、おおむねその理解でかまわないと思います」


 そう言った岩本一飛曹はそろそろ準備して参りますと言って俺の元を離れていった。

 ああ、そう言えば俺は分からないことがあれば誰に対しても気軽にものを尋ねることが出来る。

 一方で、兵学校を出たことで妙なプライドを持ったせいか、下士官や兵にものを尋ねたり、逆に何か言われたりすることを極端に嫌うやつもいる。

 だが、俺は断言する。

 下士官には何でも聞け、と。

 彼らは普段は愛想がないが、それでも下手に出て教えを乞う態度を持つ士官に対してはすごく親切だ。

 まあ、これもふだん下士官に偉そうにする士官がいてくれるおかげもあるんだろうが。


 なにより、彼らは物事をよく知っている。

 陸軍海軍、それに地方人を問わず横のつながりがすごく広いのだ。

 俺は知らなかったぞ、一式戦が九五〇馬力だなんて。

 それから俺は戻ってきた武藤一飛曹にご苦労さんと声をかけ、空戦で得た生の所感を貪るように聞いた。

 彼の言葉はひとつひとつが金言そのものだった。


 一騎打ちの次は二機対二機の模擬空戦だった。

 その二機同士の戦いにのぞんだ岩本一飛曹と西沢二飛曹の二人は武藤一飛曹以上に容赦のない戦いを展開し、一式戦をこてんぱんにやっつけてしまった。

 とどめは三対三の戦いだった。

 武藤一飛曹と岩本一飛曹、それに西沢二飛曹は事前に打ち合わせをしていたのだろう。

 それぞれが自身の獲物を定めて一式戦を追い回し始めたのだ。

 これは、もはや模擬空戦でも編隊空戦でもなく公開リンチ以外の何物でもなかった。


 「ここまでやるか!」


 感情も露に俺をにらみつけてくる陸軍関係者のみなさんの視線がものすごく痛い。

 その視線に散々に焦がされた俺の前に、一戦を終えてすごくすっきりした表情の三人が戻ってきた。


 「おい、お前ら! 加減というものをしらんのか!」


 そう言ってビンタの一発でもかましてやりたいところだが、本分を尽くした彼らにまったく非は無い。

 なるほど、大尉はこうなることが分かっていたんだ。

 それで俺にこの話を振ってきたんだ。

 祝勝会の足しにしろと言って俺に寄越した現ナマは実は俺に対する慰謝料でもあったわけだ。


 汚ねえよ、海軍士官って生き物は!

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