第3話 模擬空戦
「なんで俺たちなんですか? こんなの横空の実験部の仕事じゃないですか!」
上官あるいは上司の言う事はたいてい二つ返事でOKする俺にしては珍しく反問する。
一方、上司である空母「飛龍」戦闘機隊長兼第一中隊長兼第一小隊長の大尉もその表情に困惑の色を浮かべている。
士官搭乗員なのにもかかわらず大尉は俺と違ってめっぽう腕利きで、しかも温厚な性格だから搭乗員たちからの信望も厚い。
だから、少尉にしかすぎない俺も安心して文句が言える。
俺は相手を見て態度を変える。
要するに一般的な常識をわきまえた人間だということだ。
しかし、一方でここは軍隊だ。
階級がものをいう封建社会だ。
だからふつうなら、ただの小隊長にすぎない一介の少尉が戦闘機隊長の大尉にこんな口をきこうものならぶん殴られても文句は言えない。
だが、大尉は丁寧に俺に説明をしてくれる。
計算通りだ。
「貴官も士官だ。このままでは近い将来、米国との戦争が始まるかもしれないということくらいは理解しているだろう」
俺は黙ってうなずく。
そう、日本と米国との関係は日増しに深刻になっていく。
険悪と言ってもいい。
そのうえ馬鹿な政治家やマスコミが「米英討つべし」と吠えてその流れを加速させている。
やめてくれと言いたい。
その矢面に立たされるのは俺たち軍人なんだ。
だが、その軍人の中でさえ米英との一戦やむなしという声が無視できないくらいに大きいのも、残念ながら事実だ。
そのような連中の中には、国を憂いてというよりもむしろ戦争で手柄を挙げて己の立身出世につなげようという邪な考えを持つ人間もことのほか多い。
このような中で戦争回避を期待するほどには俺も楽観主義ではない。
「横空ではきたるべき米国との戦争に備えて実験部も嚮導隊も多忙すぎて人手がまったく足りんのだ。そのような中で陸軍との他流試合に、しかも貴重な搭乗員を割ける余裕などまったくないということらしい」
大尉が言う他流試合と言うのは陸軍が申し入れてきた最新鋭戦闘機同士による模擬空戦のことだった。
「一式戦」とか言われているその戦闘機は陸軍にとってはそれなりの自信作らしく、どうしても腕試しをしたくて仕方がないらしい。
「それに、貴官も知っているだろう。我々の『烈風』が陸軍からどう言われているのかを」
大尉は露悪的な笑みを浮かべる。
俺をあおっているのだ。
「烈風」のことは陸と海の違いがあるとはいえ同じ国の軍隊なのだから当然陸軍のほうでも承知している。
そして、「烈風」を見た陸軍関係者の感想はと言えば、連中の言葉を借りればそれは「肥大化した豚」だった。
他にも「資源の無駄遣い」「大飯ぐらいのウドの大木」 etc・・・・・・
まあ、このことで陸軍に対して腹に一物抱えている「烈風」搭乗員はことのほか多いとは聞く。
温厚な俺だっていい気はしない。
それでも、俺は陸軍との他流試合にはあまり乗り気はしない。
だって、あいつら絶対にエースをそろえてくるもん。
大陸で敵機をばたばた落とした手練れというか化け物がやってくるよ。
それでも武藤一飛曹や岩本一飛曹なら問題ないだろうし、将来エース間違いなしの西沢二飛曹も対抗可能かもしれない。
だが、俺は無理だ。
絶対無理だ。
そう思って、それならば「飛龍」最強の第一中隊第一小隊が相手をするべきではないかと大尉に面倒事の詰まったボールを投げ返す。
俺の第二小隊と大尉の第一小隊で言えば、二番機と三番機、それに四番機の腕は互角だ。
だが、肝心の隊長の腕が違いすぎる。
俺は大尉の足元にも及ばない。
「安心しろ。戦うのは三機だけだ。最初は単機同士、次に二機編隊で、そして最後が三対三だ。貴官は部下の戦いぶりを見ているだけでいい」
俺の浅薄な魂胆をあっさり見て取った大尉は少し笑いながら話を続ける。
「こんなことに戦闘機隊長の俺がわざわざ出張っていっては海軍組織の鼎の軽重が問われかねん。このご時世に『飛龍』戦闘機隊は暇なのかと嫌味のひとつも言われそうだ」
大尉の言葉を聞いて俺は安心する。
俺が恥をかかないで済むのであれば何も問題は無い。
ならここは大尉に貸しをつくっておく方が利口だ。
「ご命令とあらば仕方ありません。二小隊は全力を尽くします」
俺の手のひら返しの態度を見た大尉は今度は苦笑いしながら、一方で俺にものすごくありがたいプレッシャーをかけてくださる。
「まあ、気楽にいけ。『烈風』なら絶対に負けっこない」
そう言いつつ俺に封筒を手渡してくる。
中身を確認したら結構な額の現ナマだ。
これは? と大尉に尋ねたら祝勝会の足しにしろということだった。
俺はこれだから「飛龍」戦闘機隊長は人望があるのだなあと納得する。
ただ、面倒ごとを押し付けてくるだけではない。
ムチをふるえば、それに応じた飴もまた用意しているのだ。
俺も大尉にまで出世して俸給が上がったら、そのときは見習うことにしよう。
だが、後で思い返せば、その時の俺はうかつだった。
大尉はそんなに甘い人間では無かったのだ。
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