第37話 オアフ島灰燼
在オアフ島の米航空戦力はなにも守り一辺倒というわけではなかった。
一五〇機あまりのB17やB25、それにB26といった爆撃機群が第一機動艦隊に襲いかかってきたのだ。
この戦いで一機艦は初めて電探と無線を活用した航空管制を実施した。
その効果は、当初考えていた以上に大きかった。
これまでは母艦ごとにバラバラに防空戦闘にあたっていたために迎撃機の運用が必ずしも効率的とはいえなかったのだが、それを航空管制は劇的に変えたのだ。
その結果、一〇〇機近い烈風ならびに五〇機ほどの強風で構成された防衛網は完璧に機能した。
わずかな数の敵に過剰な戦力を振り向けることもなく、また敵を発見できずに遊兵と化してしまうような無様をさらす部隊も無かった。
逆に迎撃を受けた側の米爆撃機隊はこのことで大打撃を被る。
どの機体も二〇ミリ弾をしたたかに浴び、最終的にわずかな数のB17が空母部隊前衛の第二艦隊を攻撃し、そこで戦艦「大和」に至近弾を与えるのが精いっぱいだった。
二日目。
オアフ島の航空戦力の弱体化を見て取った一機艦司令長官は、第一艦隊の空母部隊から使用可能な機体のほとんどを投入して同島の軍事施設の殲滅を図った。
強風だけでなく烈風も爆装し、その烈風は主に飛行場を攻撃、滑走路や付帯設備といった動けない目標を散々に叩いた。
強風隊は俗にハワイ要塞と呼ばれる砲陣地に襲いかかり、上空からの攻撃にほぼ無防備なそれらを丹念に一つずつ潰して回った。
大胆なのは第二艦隊の水上打撃部隊だった。
オアフ島の基地航空隊、それに砲陣地群が壊滅したのをいいことに、真っ昼間から艦砲射撃を仕掛けたのだ。
「大和」や「武蔵」、それに「金剛」や「榛名」といった長距離砲撃が可能な戦艦だけでなく、巡洋艦やときには駆逐艦までが陸上に接近して与えられた目標に向けてその砲門を開く。
艦砲射撃の効果は絶大だった。
一トン半にも及ぶ「大和」や「武蔵」の四六センチ砲弾、それに七〇〇キロ近い「金剛」や「榛名」の三六センチ砲弾は直撃せずとも至近弾だけで目標に甚大な損害を与えた。
また、海軍では中小口径とされる重巡の二〇センチ砲弾や駆逐艦の一二・七センチ砲弾も、陸軍基準で考えれば大口径砲の類であり、その破壊力は決して侮ることは出来ない。
このことで、海岸線近くの飛行場をはじめとした軍事施設は原型をとどめないほどに耕され、重油火災を惹起した真珠湾の軍港施設は灰燼に帰した。
一説によれば、このときに使用されたのは四六センチ砲弾と三六センチ砲弾がそれぞれ一〇〇〇発、二〇センチ砲弾に至っては五〇〇〇発にも及んだという。
さらに、発電所や水道施設、さらに通信設備や道路網などといったインフラの破壊も徹底的に行われた。
その結果、オアフ島の基地施設はもとより、島全体が完全にマヒ状態に陥った。
完全勝利と言ってよかった。
味方の艦艇で撃沈されたものは一隻も無く、被害といえば「大和」がかすり傷を負った程度だ。
航空隊のほうも空中戦と対空砲火で烈風と強風を合わせて七九機を失ったのみ。
もちろん、一〇〇人近い熟練の搭乗員を失ったことは大きな痛手だ。
しかし、オアフ島の航空戦力を撃滅し、さらに真珠湾軍港に対しても短期間ではとうてい回復出来ないほどのダメージを与えたのだ。
作戦の規模と戦果の大きさを考えればその被害は海軍上層部からみれば十分に許容できるものであった。
日本軍が目論んだ通り、この一連の戦闘の結果は軍事よりもむしろ政治や外交の世界に大きな影響を与えていた。
まず、豪州が日本との講和を正式に受諾した。
もし仮に、オアフ島と同じように豪州のブリスベンが日本の艦隊に攻撃されたらどうなるか。
ブリスベンよりも遥かに強大な戦力を誇るオアフ島があっけなく殲滅されたのだ。
その日本艦隊からブリスベン市民を守る力が今の豪政府や軍にあるはずもない。
オアフ島の惨禍を見れば、この判断は当然のことといえた。
一方、米国では西海岸が大騒ぎになっていた。
ハワイが壊滅した今、次に日本が攻めてくるのは西海岸ではないのか。
そういった深刻な不安が西海岸住民の間であっという間に蔓延していったのだ。
その騒乱につけ込むかのように日本の潜水艦は西海岸の各地を跳梁、魚雷戦や機雷戦、時には搭載している小型水上機を使って爆撃をするようなことまで行っていた。
それと、ウェーク島沖海戦やマーシャル沖海戦、それにフィリピンの失陥やオアフ島壊滅という度重なる敗北によって米大統領は政治的な窮地に立たされている。
そのうえ、あろうことか米大統領はこれら一連の失態の責任を海軍に押し付けようとしたらしい。
このことで、これまで良好な関係だった海軍との間にすき間風のようなものが吹き始めているという。
欧州に目を向ければ、英首相も今回の豪州脱落については厳しい世論の批判にさらされている。
ただでさえ、インド洋海戦の敗北とそれに伴うインド洋の制海権の喪失、さらには英エジプト軍の敗北に加えてスエズ運河の失陥などこちらも失態続きなのだ。
むしろ米大統領よりも英首相の方が格段にまずい状況といえる。
一方、この米英首脳の危機に乗じてあと一歩でも二歩でも追撃をかけたい日本だったが、こちらも限界に近づきつつあった。
インド洋やハワイなど、度重なる遠征によって油の備蓄は危険なまでに減っており、弾薬もまた底を尽きかけている。
オアフ島航空戦で大量に失われた搭乗員の補充もまた容易ではないだろう。
優勢に戦っているように見える日本も実のところはいっぱいいっぱいだったのだ。
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