第34話 インド洋の海賊
第一機動艦隊が東洋艦隊を撃滅した後、間を置かずに第一艦隊はコロンボとトリンコマリーを空襲、同地の英軍施設に大打撃を与えるとともに英航空戦力の無力化にも成功した。
一方、時を同じくしてインド洋に流れ込んできた艦艇群があった。
軽巡や駆逐艦、それに特設水上機母艦や特設巡洋艦といったそれらは、現時点で帝国海軍が投入可能な、実に一〇〇隻近くに迫る一大戦力だった。
これに第二艦隊が加わりインド洋全域で大規模な商船狩りを展開した。
これら艦艇は英国船籍の船であれば新旧や大小問わずにその矛先を向け、停船命令に従わないものに対してはこれを容赦なく撃沈していった。
積み荷のほうもまた一切の例外なくむしり取っていく。
その徹底したやり方は、戦時略奪行為を超えてもはや海賊行為と言ってよかった。
戦時でさえ、いや戦時だからこそか、インドと英国を結ぶ航路は商船であふれかえっていた。
俗な言い方をすれば絶好の狩場だった。
さらに飛行機を使った広範囲の索敵は実に効果的であり、次から次へと獲物が見つかる。
あとは巡洋艦や駆逐艦といった高速艦艇を差し向けていっちょ上がりといったところだ。
インド洋海戦が終わってからわずかひと月の間に撃沈あるいは拿捕された英商船は一説によれば数百隻にものぼるという。
その数の真偽はさておき、英国とインドを結ぶ航路はその機能を完全に喪失したことは紛れもない事実だった。
いずれにせよ、この一連の作戦によって貴重な物資と優秀な英商船を多数取り込むことが出来たことは、長期戦で逼迫するであろう船腹の確保に悩む政府関係者や軍関係者を大いに喜ばせたという。
一方、ドイツの総統もまた、一機艦と東洋艦隊の一連の戦いの結果に大喜びした一人だった。
ドイツの総統は日本に慶賀の祝電を送る一方で、ドゥーチェの尻を叩いた。
日本の海軍は開戦からわずか半年余りの間に英米の空母や戦艦をすでに三〇隻も撃沈しているが、その日本の海軍が頑張っている一方で、イタリア海軍は何をしているのかと。
欧州の地では大勢のドイツの若者が血を流している。
太平洋やインド洋の海では日本の若者がその命を散らしている。
それに比べて引きこもってばかりのイタリア軍は何もしていないではないか。
そう言ってドイツ総統にしては珍しくドゥーチェを非難あるいは詰問したとのことだ。
自分さえ安全なら後の事は割といい加減なドゥーチェはドイツ総統の求めに応じてイタリア艦隊にマルタ島攻略を命じた。
ふだんから無茶ばかり言っている割には一方で意外に義理堅いドイツ総統もまた東部戦線と本国から航空戦力を抽出してそれらを同島攻略の支援にあたらせた。
ドイツならびにイタリアの航空戦力に加えて、来るはずがないと思っていたイタリア艦隊の猛撃をほぼ奇襲同然にくらったマルタ島はあえなく陥落する。
このことでインド洋と地中海の二大補給線を失った英エジプト軍は急速にその戦力を減衰させていった。
それと、帝国海軍のインド洋進出は意外なところにも影響を与えていた。
ドイツとソ連がせめぎ合っている東部戦線だった。
実はソ連にとってペルシャ回廊は米国からの車輛や航空機を得るための欠くことのできない重要な補給路のひとつだったのだが、それらが帝国海軍がインド洋を封鎖したことによって一切入ってこなくなったのだ。
ソ連軍弱体化の兆しを敏感に察知したドイツ軍はその窮状につけ込み各地でソ連軍を撃破、さらにイタリア軍と協同して同様に弱体化の著しい英エジプト軍にも攻勢を強めた。
俺が日本に帰ってきた時には暦はすでに六月から七月へと変わっていた。
インド洋海戦からひと月の間に世界情勢は大きく変化していた。
地中海ではマルタ島が陥ち、ドイツ軍とイタリア軍は英エジプト軍を追いつめスエズ運河の奪取はもはや時間の問題らしい。
東部戦線ではドイツ軍の快進撃が続いている。
物資不足、特にトラックをはじめとした輸送車両の不足によって効率的な補給や戦力の展開が困難になったソ連軍はこのことで敗走を続けているという。
また、日本の軽巡と潜水艦が長躯マダガスカル島に進出し、アフリカ東沿岸航路封鎖作戦に従事しているとも聞く。
そしてなによりびっくりしたのは、豪州が日本に講和を持ちかけているという噂だった。
太平洋艦隊ならびに東洋艦隊という東西の守り神を失った豪州にとって現状は不安でたまらないことだろう。
もし、日本軍が総力を挙げて南下してくれば、豪州にそれを防ぐ力は無い。
まあ、冷静に考えれば日本軍に豪州全土を占領する力は無いのだが、それでもアジア人が白人の艦隊を、それも三度も立て続けに撃滅すれば畏怖や恐怖といった感情に支配されて冷静な判断が働かなくなるのも仕方が無い。
それに攻略は出来ないとは言っても沿岸の諸都市を破壊する程度の事はできる。
頭上を空母の戦闘機に守らせて戦艦で艦砲射撃を行えば大都市の一つや二つは容易に灰燼に帰すことができるだろう。
もし、仮にそれがブリスベンやシドニー、それにメルボルンのような大都市だったら目も当てられない。
そうなったら豪州はおしまいだ。
それに豪国民はすでに米戦艦を、しかも一度に三隻も葬り去った日本の巨大戦艦のことを知っているはずだ。
だから、講和の噂は案外ほんとうの事ではないかと俺は思っている。
まあ、俺のような下級士官の耳に入ってくるのはどれもこれも雲をつかむような話ばかりだ。
なので、その真偽を確かめるために俺は例によって同期を酒に誘うつもりだった。
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