第33話 東洋艦隊

 第一次攻撃隊が目標としたのは空母二隻とそれに戦艦一隻を基幹とする一〇隻あまりの艦隊だった。

 四八機の強風のうち、爆装の「飛龍」隊と「隼鷹」隊の二四機が真っ先に攻撃を仕掛ける。

 一〇隻にも満たない、つまりは密度の低い輪形陣の外郭にある巡洋艦や駆逐艦といった護衛艦艇に次々に多数の六番を浴びせていく。


 意外だったのは、この攻撃で墜とされた強風が一機も無かったことだ。

 ウェーク島沖海戦やマーシャル沖海戦での太平洋艦隊との死闘の経験から、相当に激しい対空砲火を覚悟していた強風爆撃隊の搭乗員らは狐につままれた気分だっただろう。

 東洋艦隊の対空砲火は太平洋艦隊のそれに比べて密度も精度も明らかに劣っていた。

 これは東洋艦隊に新鋭艦が少なかったこと、それと駆逐艦の主砲が米駆逐艦のそれと違って対空射撃をさほど得意としていなかったこと、なにより機関砲や機銃の装備数そのものが米艦に比べて明らかに少なかったことが大きな要因だった。

 こんなことならもっと低空まで降りてから爆弾を投下すればよかったと後悔した強風搭乗員もいたが、それは事前に分かることではなかったし、何より生きているからこそそう思えるのだ。


 一方、低調な東洋艦隊の対空砲火に意を強くした「翔鶴」隊ならびに「瑞鶴」雷撃隊はそれぞれ「インドミタブル」と「フォーミダブル」を攻撃、両艦に魚雷をそれぞれ二本命中させた。

 強靱な装甲飛行甲板を持つ「インドミタブル」「フォーミダブル」といえども水線下に関しては一般的な空母とさほど防御力は変わらない。

 両艦は大量の海水をがぶ飲み、このことで速力を大きく落とした。


 第一次攻撃隊にわずかに遅れて戦場に到達した第二次攻撃隊は空母一隻、戦艦四隻を主力とする水上打撃部隊を攻撃した。

 爆装の「翔鶴」隊ならびに「瑞鶴」隊がこじ開けた血路を「飛龍」雷撃隊が突っ込んでいく。

 狙われたのは小型空母「ハーミーズ」だった。

 第一機動艦隊の空母の中で最高練度を誇る「飛龍」雷撃隊に狙われた低速の「ハーミーズ」にその魔手から逃れるすべはなかった。

 「ハーミーズ」は四本もの魚雷を浴び、この海戦での沈没一号となった。


 一方、劣勢な英空母航空隊ではあったが、それでも防戦一方というわけではなく、手元にあった五七機の雷撃機のうちの二〇機を索敵に出して日本艦隊の発見に努めた。

 そして同艦隊を発見した時点ですぐさま三六機の雷撃機を攻撃に差し向けた。

 しかし、戦闘機の護衛も無く、しかも二倍の数の烈風が守る中へ突撃していった雷撃隊は魚雷投下ポイントに達するまでにその全機が叩き落されてしまった。


 この海戦が始まるまでに「翔鶴」と「瑞鶴」、それに「飛龍」と「隼鷹」の四隻の空母には合わせて一四四本の航空魚雷が積み込まれていた。

 第一次攻撃と第二次攻撃で消費された魚雷は三六本にしか過ぎなかったものの、それでも「インドミタブル」と「フォーミダブル」を撃破し、さらに「ハーミーズ」を撃沈している。

 また、それ以外にも爆弾を装備した強風が多数の巡洋艦や駆逐艦に六番を命中させ、少なくないダメージを与えている。

 そのような中、一機艦司令長官は敵にも味方にも容赦が無かった。

 一機艦の洋上防空は「瑞鳳」と「龍驤」の烈風隊に任せ、「翔鶴」と「瑞鶴」、それに「飛龍」と「隼鷹」の飛行隊には魚雷が無くなるまで反復攻撃を継続させた。

 一機艦の空母のすべての航空魚雷が消費された時点で東洋艦隊はすべての空母を失い、戦艦も「ウォースパイト」を除いて他はすべて撃沈されている。

 また、唯一生き残った「ウォースパイト」も魚雷二本を被雷して一二ノット以上の速力が出せなくなっていた。

 戦艦に次ぐ戦力の重巡「コーンウォール」ならびに「ドーセットシャー」もまた多数の魚雷を浴びてすでに沈没しており、東洋艦隊で生き残っているのは戦艦一隻に軽巡三隻、それに駆逐艦が八隻のわずか一二隻のみ。

 これらのなかで、無傷なものは一隻もなかった。




 第二艦隊の第一遊撃部隊と第二遊撃部隊が東洋艦隊の残存艦隊に追いついたのは夜が明けて間もなくのことだった。

 傷ついた戦艦を守るようにして巡洋艦が前後に位置し、さらにその左右を駆逐艦が守っている。

 艦隊速力は一〇ノットをわずかに超える程度だ。

 第一遊撃部隊と第二遊撃部隊が東洋艦隊の左右それぞれ一五〇〇〇メートルにまで近づいても東洋艦隊からの発砲は無かった。

 反撃能力を喪失しているのか、あるいは日本艦隊に余計な刺激を与えて不用意に戦端が開かれるのを警戒しているのかは分からなかった。

 しかし、そのようなことはどうでもよかった。

 この距離から第一遊撃部隊と第二遊撃部隊は九三式酸素魚雷を放つ。

 両部隊からそれぞれ一〇八本の合わせて二一六本が東洋艦隊を包み込むように馳走する。

 さらに一六隻の駆逐艦は次発装填装置を使い、一〇分後に全艦合わせて一二八本の魚雷を発射した。

 合計三四四本が発射された酸素魚雷はこれまでの戦訓を生かし、信管を過敏に調整するようなことはなされていない。

 それでも早爆する魚雷はあったが、しかしその数は極めて少なかった。


 やがて時間となり、東洋艦隊を上空から観測している水偵から命中報告が上がる。

 命中したのはわずかに一七本。

 低速でただ直進するだけの敵艦に向けて発射されたのにもかかわらず、五パーセントに満たない低い命中率だった。

 しかし、一二隻しかない東洋艦隊相手に一七本の酸素魚雷が命中したということは、それは東洋艦隊の壊滅を意味した。

 この一連の魚雷攻撃で生き残ったのは駆逐艦がわずかに二隻だけ。

 その二隻の駆逐艦は白旗を掲げ停船、ここに東洋艦隊と一機艦の戦いは幕を閉じた。

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