第49話 帝都奇襲

 米大統領はあせっていた。

 翌年に大統領選挙を控えているのにもかかわらず、国民に対して訴求力のある材料、つまりは自身が誇れるような手柄がまったくと言っていいほどに無かったからだ。

 逆に悪いネタならいくらでもあった。

 欧州では英国に対する支援が奏功し、同国は絶体絶命の窮地から脱しつつあったものの、その裏で失われた米国の商船や護衛艦艇は膨大な数にのぼった。

 当然のことながら、ドイツに対する反攻のとっかかりはいまだにつかめていない。


 本来であれば英国に大量の爆撃機を運び込んで欧州に展開するドイツ軍の重要拠点やあるいは敵中奥深くにある工業都市などを爆撃したいところだ。

 だが、現実にはドイツ軍機から英国の空を守るための戦闘機を送り込むことが優先されていた。

 やっとの思いでわずかに送り込んだ重爆隊もあったが、それらはその数の少なさが災いして、ほとんど効果をあげていない。

 むしろ、ドイツ軍戦闘機隊の猛烈な反撃を受けて護衛の戦闘機ともども大損害を被ることが多かった。

 欧州の主戦場はいまだに大西洋における海上交通線の攻防、つまりは英国の存亡をかけた戦いに終始していると言ってもよかった。


 一方の太平洋戦線も米大統領を喜ばせるような話題はなにひとつ転がっていない。

 艦隊決戦はことごとく敗れ、豪州は脱落してすでに久しい。

 オアフ島に対する二度目の空襲こそ撃退したものの、一度目の空襲と艦砲射撃によって被った甚大な被害を帳消しにできるほどのインパクトはない。

 なにより誤算だったのは簡単にひねることができると思っていた日本がことのほか強かったことだ。

 フィリピンの失陥こそ想定の範囲内ではあったものの、その後のウェーク島沖海戦とマーシャル沖海戦の惨敗、さらにハワイまでもが覆滅された。

 日本海軍の精強さは米国の事前予想の遥か上をいっていたのだ。

 このことで、西海岸の一部住民の間ではパニックが起こっている。

 豪州を屈服させハワイを覆滅した日本軍がこんどは西海岸にまでやってくるのではないかと。

 幸い、日本軍が二度目のオアフ島攻撃に失敗したことによって現在は沈静化しつつある。

 それでも、まだ安心することはできなかった。


 だが、なにより心配なのはドイツや日本といった枢軸国との戦いが膠着し、そのことで戦争が長引いてしまうことだ。

 そうなれば間違いなく米国民の間で厭戦気分が広がる。

 だからこそ、米大統領は決定的な戦果が欲しかった。

 それも国民を勇気づけ、士気を鼓舞させるような何かが。


 そのような米大統領の意向を利用しようとする者、あるいはこれを好機とみて彼にすり寄ろうとする人間は海軍高官の中にも少なからず存在した。

 そして、そのような者の多くは野心家だった。

 そんな連中は自身のためであれば周りの者や部下を危険にさらすことに何のためらいもない。

 そのうちの一人が、大統領の人気取りのための作戦を立案した。

 その案に何ともいえない魅力を感じた米大統領は同案の実行を命じた。


 「帝都奇襲攻撃」


 危険なギャンブルのチップは米海軍将兵の命そのものだった。




 その日の前日から黒潮部隊に所属する特設監視艇のうちの何隻かが連絡を断っていた。

 広範囲に電波障害が起こるような天候ではなかった。

 不審に思った帝国海軍が二式大艇を飛ばしたのは監視艇の連絡が途絶えてから丸一日経ってからのことだった。

 このようなところに潜水艦以外の米軍がいるはずがないという思い込みと、そして戦いにおいて最も禁忌とされる油断がそこにはあった。

 だから、投入された二式大艇もわずかに一機だけであり、それゆえに捜索海域も極めて限られたものだった。

 帝国海軍がとった一連の対応はあまりにも緩慢、そして杜撰だった。


 一方、優秀なレーダーによって日本近海を行きかう船に対してことごとく先制奇襲攻撃を成功させた米機動部隊は予定海域に達した時点で四隻の「エセックス」級空母から一九二機のF6Fヘルキャット戦闘機を発進させた。

 これらF6Fはそのすべてが航続距離を伸ばすために長距離飛行用の予備タンクを使用、さらに胴体下の大型増槽に加え両翼にも小型の増槽を搭載できるようにした特別仕様の機体だった。

 また、六丁ある機銃のうちの二丁を降ろして軽量化も図っている。


 F6Fの中で爆弾を搭載している機体はなかった。

 ペイロードはすべて燃料増載にあてていたからだ。

 攻撃目標は首都近郊において彼らの目についたもの。

 端的に言えばパイロットの自由裁量だ。

 銃撃しかできないから、強固な建築物や軍事施設は狙わない。

 逆に木と紙で出来た民家の銃撃は推奨されていた。

 機銃弾でもよく燃えるし、特に家屋が密集している住宅街は効果が大きいと認められたからだ。


 戦時法は気にしない。

 日本もすでに大陸で都市部への爆撃を行っているし、欧州戦線ではごく当たり前のことだからだ。

 目的は日本に打撃を与えることではなく日本の首都を攻撃したという実績だった。

 すべては米大統領のエゴから来るもの。

 一九二機のF6Fは日本のレーダー波を避けるべく、それぞれ一六の中隊に分かれて低空飛行で進撃を続ける。

 そのうち一四個中隊一六八機が帝都、残り二個中隊二四機が横浜を攻撃目標としていた。


 房総半島をかすめ、東京湾上空に達しても日本軍に目立った動きはなかった。

 視野の中で東京湾奥の陸地の形状が、建造物がはっきりしてきた時点でF6Fの搭乗員らは高度を上げるとともに奇襲成功を確信する。

 攻撃目標は帝都そのもの。

 目についたものを手当たりしだい攻撃して構わないという歓迎すべき命令。

 そして獲物は眼前に無限に広がっている。


 その時だった。

 十数機の鼻先のとがった戦闘機が正面から向かってきた。

 メッサーシュミットによく似た機体だった。

 さらにその後方にも機影が見える。

 遠すぎて機種の識別は確認出来ないが間違いなく戦闘機だろう。

 だが、これだけはF6Fの搭乗員にも分かった。

 その迎撃はあまりにも遅きに失したのだと。

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