第6話 空母瑞鶴
海軍における飛行機屋の世間がとっても狭いらしいということは肌感覚で分かってはいた。
だが、昨日行われた陸軍との模擬空戦の結果が、俺が所属する「飛龍」戦闘機隊だけでなく、海軍航空隊全体にまですでに知れ渡っていることについては、俺も驚きを禁じ得なかった
「陸軍なで斬り二小隊」
「肥大化した豚の完全勝利!」
「容赦無し! 空気を読めない小隊長」
なんか、いろいろと話に尾ひれがついているぞ。
それに最後のはなに? 空気を読めないってどういうこと?
陸軍との模擬空戦を終え、その後でうまい酒をたらふく飲んだ俺たち四人は基地に戻るやいなや、勝利の報を聞きつけた連中に囲まれ拍手喝さいを浴びた。
ちょっとした有名人というか英雄のような扱いだ。
彼らに言わせれば、俺たちは憎き驕敵、陸軍戦闘機隊をぼっこぼこにした勇士なんだそうだ。
いや、陸軍戦闘機隊は味方だろう。
まあ、その陸軍に烈風のことを「肥大化した豚」とか言われて、お前たちがいろいろと溜め込んでいたのは分かってはいるが。
その後もいたる所で俺たちは件の陸軍との模擬空戦の話をせがまれた。
小隊一の常識人である武藤一飛曹なんかは、俺たちの武勇伝をぜひ聞きたいという戦友たちに常に包囲され、何度も同じ話をさせられていささか辟易しているようだ。
俺もうんざりしている、というか少しばかり憤慨もしている。
「もし戦争が始まれば陸軍とも共闘しなければならん。君も少しは相手に華を持たせることを覚えたまえ」
ふだん口もきかないようなお偉いさんからそういったお小言を頂戴したからだ。
まあ、しかしそんなことは些事だ。
それよりも納得できないのは、どうも俺が陸軍の黒なんとかと言う大尉に勝てたのは烈風の機体性能のおかげだというのが陸海軍航空関係者の共通認識になっているということだ。
まあ、事実だけどあまり気分の良いものではない。
その一方で、武藤一飛曹や岩本一飛曹、それに西沢二飛曹に関してはさすがだとか、彼らなら勝って当然だと受け止められているらしい。
何? この差は?
そう思ってすねていたら、戦闘機隊長ではなく飛行長から呼び出しを受けた。
そこで聞かされたのは、間もなく俺が「飛龍」戦闘機隊第一中隊第二小隊長から「瑞鶴」戦闘機隊第一中隊第二小隊長に転属になるという人事通達であった。
話を聞けば、俺だけでなく武藤一飛曹や岩本一飛曹、それに西沢二飛曹もまとめて「瑞鶴」行きだそうだ。
ねえ、昨日の模擬空戦で陸軍をぼっこぼこにしたこととは関係ないよね? ねっ?
「瑞鶴」に転属して、それから何度か「瑞鶴」に離着艦を繰り返して俺が感じたことは、この「瑞鶴」はいまいちな空母だということだ。
まず、飛行甲板が気に食わない。
全長に比べてとても短く、しかも先細りだ。
これは戦闘機の発艦や収容作業にとてもよろしくない。
艦橋はと言えば、かなり飛行甲板に食い込んでおり、こちらもまた発艦の際に目障りだ。
なんか、ここまでくると造艦屋どもによる搭乗員や発着機部員に対する嫌がらせに思えてくる。
それに「飛龍」を大きく上回る巨艦であるにもかかわらず、ちょっと海が荒れただけで「瑞鶴」は盛大に揺れてくれる。
ほんと、大きい割に搭乗員にとってはやりにくい艦だ。
俺は士官なのにもかかわらず、つい岩本一飛曹にぼやいてしまった。
「おそらく飛行甲板が全長よりもずいぶんと短かかったり、あるいは飛行甲板が先細りになっているのはトップヘビーや横風圧面積の増大を嫌った造艦屋どもによる事なかれ主義と責任逃れによるものでしょう。この有様では、おそらく飛行甲板も離着艦に最低限必要な強度しかなく、一発でも爆弾を食らえば強度不足のそれはいっぺんで吹き飛ぶか波打つかして使い物にならなくなるはずです。
それと荒天時におおいに揺れるのは完全に船体設計を失敗している証拠ですね。はっきり言ってこの空母は駄作です。一航艦司令部が最新鋭の『翔鶴』や『瑞鶴』を旗艦にせず、古い『赤城』に据え置いたのはこれが理由でしょう。まあ、私としてはその判断は正しいと思います」
いつもながら彼はすごく辛辣、じゃなくて正直だ。
でも、やっぱりダメな娘なのね、「瑞鶴」は。
誰だ?
この艦を艦隊型空母の理想型なんて言っていたやつは?
ほんと、エラい空母に来てしまった。
だが、問題なのは空母だけではなかった。
そこに搭載される艦上機にも問題があった。
まあ、艦上機というよりも搭乗員のほうか。
「瑞鶴」に配属されたのは俺たちのように艦上機隊の基幹要員となるべく一航戦や二航戦から抽出された者以外に、小型空母の「龍驤」や「瑞鳳」、それに「春日丸」に乗り組んでいた搭乗員が結構多い。
さらに内地勤務のベテラン搭乗員や、この間まで練習航空隊の教官を務めていた連中も何人かいる。
それと練習航空隊でかなり優秀な成績を収めて巣立ったばかりの雛たち。
いってみれば寄せ集めだ。
確かに個々人の技量はそれなりに優秀な連中が多いが、その一方でまとまりがない。
それは、これからの訓練で練り上げていくのだろうが、問題はそこではない。
「瑞鶴」艦上機隊というわずか六〇機あまりの飛行隊でさえ、日本中の母艦航空隊や基地航空隊、そのうえ練習航空隊の教官まで総ざらえしなければその数を確保できないという搭乗員の層の薄さこそが問題だった。
もし、仮に戦争が始まればどうなるか。
たぶん先陣を切り、そして真っ先に損耗するのは俺たち搭乗員だ。
別に自分たちを消耗品扱いするつもりはないが、それでも予備の搭乗員という一種のバッファは帝国海軍にはまったくと言っていいほどに存在しないはずだ。
需要が高まる搭乗員の大量養成のほうは、だがしかしまだ端緒に着いたばかりだという。
「今はまだ、米国との戦争をすべきではない」
俺は切実にそう思った。
だが、えてしてそういう思いは裏切られるのが常だ。
実際にそうなった。
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