第63話 潜水艦
マリアナ沖で生起した一連の戦闘は洋上航空戦や水上砲雷撃戦だけではなかった。
潜水艦と水上艦艇による海中の攻防もまたかつてない激しいものだった。
帝国海軍は一昨年、インド洋海戦の際に鹵獲した英駆逐艦が装備していた対潜兵器を研究、必要があればそれを盗用して対潜装備の性能向上あるいは刷新を図っていた。
また、帝国海軍の駆逐艦はそのほとんどがドイツから得た知見や情報をもとに機関に防振対策を施すなどして自家騒音を徹底的に抑え込むとともに、さらにソナーの性能向上もあって従来に比べて潜水艦の探知能力を著しく向上させていた。
それと、第一艦隊や第二艦隊の巡洋艦が搭載している零式水偵についてはこれに対潜装備を施し、同機体にはドイツから提供された水上レーダーや自国で開発された磁探を搭載していた。
これら艦艇と航空機による二重の対潜バリアーを突破して雷撃を成功させた米潜水艦は、この海戦に限って言えば一隻も無かった。
逆に、以前までの対潜戦闘が苦手な日本海軍という先入観を持って不用意に第一機動艦隊に近づいた米潜水艦の多くは撃沈されるかあるいは撃退されている。
そして、一機艦の艦上機と水上艦艇が米第三艦隊を撃滅していたころ、日本の伊号潜水艦による米補給部隊攻撃も佳境を迎えていた。
米補給部隊攻撃に参加している伊号潜水艦は開戦時とはまったくの別物といっていい存在に変貌していた。
なによりもまず静粛性が格段に向上していた。
これは日欧航路が開設された折、日独技術交流の一環で日本にやって来たドイツの潜水艦技師の一人が伊号潜水艦のあまりのやかましさに極めて辛辣な評価をしたことがきっかけだった。
秘匿性、隠密性が最大の武器であるはずの潜水艦が騒音をまき散らしてどうするのか、このようなバカげた潜水艦を造っている海軍など世界中のどこを探してもありはしないと、そう言って。
水上航行における高速性能と必殺の酸素魚雷を備えた伊号潜水艦を褒めてもらえるとばかり思っていた日本の潜水艦関係者らは潜水艦の本場であるドイツ人技術者の言葉に顔面蒼白となった。
それからはドイツ人技術者らのアドバイスをもとに機関に防振対策を施すなどして徹底的に雑音源を排除、この結果以前とは比べ物にならないほどの静粛性を獲得するに至った。
それと、静粛性の向上とともに伊号潜水艦は攻撃力もまた大幅にアップしていた。
それは魚雷をジグザグに駛走させることが出来るFaTシステムを組み込んだ魚雷と、もうひとつは通称ミソサザイと呼ばれる音響追尾魚雷の存在だった。
特に長時間航走できるうえに航跡をほとんど出さない酸素魚雷とFaTの組み合わせは隊列を組んで密集している輸送船団には極めて効果的で、射程こそ長いものの一直線にしか進むことのできなかった従来の魚雷に比べて大幅に命中率が向上していた。
さらに電池式ゆえにあまり速力を出せないミソサザイも低速の護衛艦艇や輸送船には有効で、無誘導の魚雷に比べてこちらも命中率は高かった。
そして、なにより米補給部隊と日本の伊号潜水艦の戦いで決定的だったのは将兵の練度だった。
攻撃に参加している日本の潜水艦はその多くが開戦以来のベテランで占められていたのに対し、米補給部隊は一部の者を除きそのほとんどが経験の浅い若年兵かあるいは新兵だった。
米海軍はウェーク島沖海戦とマーシャル沖海戦で開戦までに入念なトレーニングを積んだ兵士を大量に失っていた。
さらに生き残った将兵も腕の立つ者は英国救援のための主戦場である大西洋で船団護衛の任にあたるか、あるいは第三艦隊といった戦闘部隊に配属され、太平洋における護衛部隊には二線級の人員しか配置できなかった。
そして、そのツケがいままさに現出していた。
伊号潜水艦による新型魚雷の猛攻で米補給部隊の指揮系統は大混乱に陥り、商船はもちろん護衛艦艇でさえもが組織だった行動が不可能となっている。
こうなると伊号潜水艦はバラバラになった輸送船を一隻ずつ平らげていくだけだった。
日本の潜水艦部隊は執拗だった。
最初の攻撃で散り散りになった米補給部隊の残存艦艇や生き残った輸送船を殲滅すべく東へ追撃をかける。
あるいは、二三ノット近い高速が初めて役に立ったのは今回が初めてかもしれない。
本来であれば来寇する太平洋艦隊に対して反復攻撃をかけられるようにと与えられた速度性能だったが、今は敵戦闘艦艇の迎撃ではなく敵輸送船の追撃のためにその力を遺憾なく発揮している。
開戦時には装備していなかった対空電探や水上電探も捜索に大きく役に立った。
対空電探のおかげで安心して水上航行が出来るし、水上電探のおかげで従来の目視以上に敵の捕捉エリアが広がっていた。
それに敵艦や輸送船の目的地はハワイあるいはマーシャルのいずれかのはずだから、彼らの針路を割り出すのは容易だった。
伊号潜水艦はここぞとばかりにすべての魚雷を撃ち尽くすまで暴れまわる。
結局、ハワイあるいはマーシャルに帰りつけた護衛艦艇や輸送船は二〇隻にも満たなかった。
そして、これがマリアナ沖海戦に参加した米軍の生き残りのすべてでもあった。
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