第62話 第二艦隊

 米空母部隊を追撃する第二艦隊の前に立ちはだかったのは戦艦「アイオワ」ならびに「ニュージャージー」を基幹とする水上打撃部隊だった。

 第二艦隊司令長官は自身が直率する第一遊撃部隊でこれを相手取ると決め、第二遊撃部隊には引き続き米空母撃滅のために追撃を継続するよう命じた。



 第二艦隊


 第一遊撃部隊

 戦艦「大和」「武蔵」

 重巡「摩耶」「鳥海」「妙高」「羽黒」「足柄」「那智」

 軽巡「矢矧」

 駆逐艦「野分」「嵐」「萩風」「舞風」「浦風」「磯風」「浜風」「谷風」「初風」「雪風」「天津風」「時津風」


 第二遊撃部隊

 戦艦「金剛」「榛名」

 重巡「愛宕」「高雄」「熊野」「鈴谷」「最上」「三隈」

 軽巡「能代」「阿賀野」

 駆逐艦「夕雲」「秋雲」「巻雲」「風雲」「長波」「巻波」「高波」「大波」「清波」「玉波」「涼波」「藤波」「早波」「浜波」「沖波」「岸波」



 「アイオワ」と「ニュージャージー」は本来、戦艦としては破格の三三ノットを発揮できる世界最速の戦艦だった。

 しかし、昨夜の銀河の夜間雷撃によって両艦ともにそれぞれ一本の魚雷を食らい、そしてその魚雷が航空魚雷としては規格外の破壊力を有していたことから水線下に大破孔を穿たれ海水をがぶ飲みしていた。

 その結果、隔壁の応急補強を施した今でも「アイオワ」と「ニュージャージー」はその強度の限界から両艦ともに一五ノット以上の速力を出すことができなかった。


 その傷ついた二隻の戦艦、それに四隻の軽巡と八隻の駆逐艦の部隊で日本の水上打撃部隊を撃破できるとは米水上打撃部隊司令官も思ってはいない。

 自分たちに出来ることは被雷し、傷ついた味方の空母が逃げ切るまでの時間を稼ぐこと。

 そう考え、友軍空母部隊へ肉薄する日本艦隊の進路を塞ぎつつ、可能な限り距離を置いて戦うつもりだった。


 だが、二つある日本の水上打撃部隊のうちの一群は、そんな米水上打撃部隊司令官の思惑を知ってか知らずか、米空母追撃への進路を変更し、真っすぐこちらに向かってきた。

 米水上打撃部隊司令官は知らなかった。

 第二艦隊司令長官が相手が何であれ、突撃が好きで好きでたまらない御仁であることを。


 その第二艦隊司令長官の角田中将は「大和」に敵戦艦一番艦、「武蔵」に二番艦を目標とするように指示し、さらに巡洋艦戦隊は敵巡洋艦、水雷戦隊は敵の駆逐艦部隊を撃滅するよう命じた。

 米戦艦部隊はすでにこちらに対してT字を描いていた。

 突撃好きだとはいえ、いくらなんでもこのままの状態で戦うようなことはさすがの角田長官もやるつもりはない。

 角田長官は同航戦に入るよう面舵を指示し、さらに距離を縮めるよう命じる。


 砲撃をはじめたのは日米両戦艦ともにほぼ同時だった。

 あるいはどちらか一方が相手が撃つまではこちらも撃たないと決めていたのかもしれない。

 砲撃精度は「大和」と「武蔵」のそれが「アイオワ」ならびに「ニュージャージー」を上回っていた。

 ドイツからもたらされた射撃レーダーは距離の測定が正確で、あとは苗頭の精度を出すだけだった。


 「大和」にはマーシャル沖海戦での苦い経験が生きていた。

 あの時は訓練も十分ではなかったことから遠距離での砲撃はまったく敵艦に命中せず、逆に旧式戦艦に先手をとられて思いがけない苦戦を強いられたのだ。

 結局、距離を縮めることで命中率を上げ、最終的に米戦艦に打ち勝つことが出来たものの、それは防御力頼みの無謀な賭けに勝ったというだけであり、その戦技の拙劣さは関係者らから厳しい評価を受けた。

 それ以降、「大和」は猛訓練の日々だった。

 そして、その努力と苦労が今報われようとしていた。


 一方、「アイオワ」と「ニュージャージー」は、本来であれば彼女ら自身が持つ射撃レーダーを含めた火器管制システムの優越によって相手が「大和」型であっても撃ち負けることはないはずだった。

 長砲身から繰り出される四〇センチの大重量砲弾は距離によっては「大和」のそれを上回る貫徹力を持つことさえあるし、発射速度も優れている。

 だが、前夜の銀河による夜間雷撃で受けた魚雷による浸水は艦のバランスを微妙に狂わしていた。

 そして、そのわずかなズレは、主砲の命中率に決定的な悪影響を及ぼしていた。

 それと制空権を日本側に奪われて観測機を出すことが出来なかったのも痛かった。

 同じコンディションであれば対等以上の戦いが望めたはずの相手に、だがしかし「アイオワ」と「ニュージャージー」は一方的に打ちのめされつつあった。


 戦艦同士がその巨砲弾で殴りあっている間、第四戦隊の「摩耶」と「鳥海」、それに第五戦隊の「妙高」と「羽黒」ならびに「足柄」と「那智」の六隻の重巡は四隻の米軽巡を圧倒していた。

 日本の六〇門の二〇センチ砲に対して米軍は四八門の一五・二センチ砲だから勝って当たり前のようにも思えるが、発射速度は逆に米軍の一五・二センチ砲が圧倒的に上回っている。

 だから、重巡部隊は真っ先に酸素魚雷を発射して被弾時における誘爆の危険の種を排除するとともに一気に肉薄して勝負を決めにかかった。

 かつてマーシャル沖海戦では「妙高」型重巡四隻からなる第五戦隊が遠距離での腰の引けた戦いを演じ、こちらの被害こそ少なかったものの、一方で敵に大きな打撃を与えることもなく、ただ砲弾を大量消費しただけに終わった。

 このことで敢闘精神の欠如を指摘された当時の第五戦隊司令官は左遷され、第二艦隊司令長官の意向もあって今では海兵一期後輩の猛将と呼ばれるにふさわしい人物が同戦隊の指揮を執っている。

 そして、日本の重巡部隊が勝勢に乗って戦意旺盛だったのに対し、米軽巡部隊は撤退戦でしかも殿、さらに空母部隊を守らなければならないなど悪条件が重なりすぎていた。

 数と勢いの差がモロに表出したそれは、重巡部隊を圧勝へと導いた。


 一方、軽巡「矢矧」に率いられた一二隻の「陽炎」型駆逐艦は八隻の米駆逐艦を次々になぎ倒していった。

 対空火器としてはからっきしの一二・七センチ砲も、水上艦相手にはその本領を遺憾なく発揮する。

 これまで数的劣勢の中でも常に勝利をもぎとってきた日本の駆逐艦にとって、数で五割も勝り、さらに「矢矧」までが助太刀してくれる今回の戦いで負ける要素など皆無と言ってよかった。


 第一遊撃部隊が米水上打撃部隊を撃滅したころ、米空母部隊を捕捉した第二遊撃部隊も戦闘を開始した。

 真っ先に狙われたのは一番南に位置していた空母第四群だった。

 大小空母が四隻に巡洋艦が二隻、さらに駆逐艦が七隻の満身創痍の部隊に戦艦二隻に重巡六隻、それに軽巡二隻に駆逐艦一六隻からなる第二遊撃部隊は容赦の無い戦いを展開、第四群の艦艇を一隻残らず沈めてしまう。

 さらに第二遊撃部隊は北上を続け第三群、第二群を立て続けに屠っていった。




 米水上打撃部隊を撃破した第一遊撃部隊が進撃を再開し、そして米空母第一群を捕捉したのと同じ頃、第二遊撃部隊から米空母第二群を撃滅したとの報告が角田長官のもとに飛び込んできた。

 危ないところだった。

 あと少しばかり米水上打撃部隊の撃破に手間取っていたら、あるいは第二遊撃部隊においしいところをすべて持っていかれたかもしれない。


 そう考える角田長官の耳に、観測機から「敵との距離四〇〇〇〇メートル」という報告が入ってくる。

 あと少しで水平線の向こうに敵艦のマストが見えてくるはずだ。

 角田長官はこっそりと発声の準備をする。


「全艦突撃せよ」


 この言葉を発するのはこれが最後になるはずだった。

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