第55話 米第三艦隊

 乗組員の練度にこそいささかの不満があったものの、それでも米第三艦隊司令長官は事態を楽観していた。

 「エセックス」級や「インデペンデンス」級といった大小一六隻にも及ぶ最新鋭空母と、そして多数の艦上機を擁する米第三艦隊にかなう相手など、この地球上に存在しない。

 空母を守る護衛艦艇も新しい「クリーブランド」級軽巡や「アトランタ」級軽巡、それに「フレッチャー」級駆逐艦といった新鋭艦で固めている。

 それら巡洋艦や駆逐艦は多数の高角砲や両用砲を搭載し、最新の射撃管制システムとVT信管をもって空母の上空に鉄壁の傘を差しかけるはずだった。

 だが、一方で「サウスダコタ」級戦艦をはじめ、本来ならこの作戦に投入できたはずだった多くの有力艦艇が乗組員不足によって不参加となっている。

 マーシャル沖海戦やウェーク島沖海戦であまりにも多くの将兵を失った後遺症だった。

 それでも米第三艦隊司令長官は自身が率いる艦隊こそが世界最強だという自負を持っているし、その自信は微塵も揺らぎはしない。

 「アイオワ」級戦艦がわずかに二隻しかない貧弱な水上打撃部隊も、そこは一〇〇〇機を超える艦上機で容易にカバーできるはずだった。


 一方、日本の海軍もまた一〇隻を超える空母を保有しているらしいが、それらはさほど脅威ではないと米第三艦隊司令長官は考えている。

 自分たちの空母に比べて日本の空母は一隻あたりの搭載機数が少なく、最大の「翔鶴」型空母でさえその数は七〇機を割り込んでいると聞き及んでいる。

 それに、まともな正規空母も「翔鶴」と「瑞鶴」、それに「飛龍」に加えて最近就役したと言われる新型空母を数に入れてもわずかに四隻にしか過ぎない。

 あとは小型空母か改造空母といった戦力の小さな小物ばかりだ。

 戦争序盤で「赤城」や「加賀」、それに「蒼龍」といった正規空母を失った日本艦隊もまたこちらのそれと同様、これまでに受けた傷は浅くはないのだ。


 それと、空母の肝あるいは要となる艦上機についても米第三艦隊司令長官に懸念といったものはない。

 F6Fヘルキャット戦闘機はその性能が烈風に優越することが分かっているし、急降下爆撃機も開戦以来主力とされてきたSBDドーントレス急降下爆撃機からそのすべてが新しいSB2Cヘルダイバーへと切り替わっている。

 ただ、敵の新型戦闘機の烈風改にはさすがのF6Fも分が悪いらしい。

 武装や防御力はF6Fのほうが勝っているが、一方で速力や旋回格闘性能といった機動力は烈風改のほうが一枚も二枚も上手をいくのだそうだ。

 それでも、飛行機の戦いでなによりものをいうのはその数だ。

 多少の性能差は米第三艦隊が持つ数の優位で十分に補えるはずだった。


 連合艦隊との決戦に自信を持つ米第三艦隊司令長官と参謀たちではあったが、一方で同司令部をイラつかせる存在があった。

 それは海の忍者、潜水艦。

 マーシャルから出撃した後、米第三艦隊は複数回にわたって日本の潜水艦からのものと思われる不審電波をキャッチした。

 鬱陶しい覗き魔であり、時に剣呑な通り魔ともなる潜水艦を排除しようと米第三艦隊司令長官はそれらに対して駆逐艦や艦上機を差し向けたものの、日本の潜水艦を捉えることはほとんど出来なかった。

 昨年半ば以降から日本の潜水艦の静粛性が劇的に向上したのが大きな要因だった。

 この件について、日本の潜水艦はドイツからの技術支援によって船体や機関に対して何らかの静音対策が施されたのだろうと米第三艦隊司令部は考えている。

 それでも、積極的に襲撃をかけてくるのであれば手の打ちようもあるのだが、日本の潜水艦は魚雷攻撃を仕掛けるそぶりすら見せなかった。

 彼らは完全に物見、情報取りに徹しており、決してその姿を現そうとはしなかった。




 六月一一日、米第三艦隊はマリアナ諸島東沖合の作戦発起点に到達した。

 まずはサイパンにある日本軍の航空戦力を撃滅すべく、夜明けと同時に一六隻の空母からF6F一九二機にSB2C一四四機、それにTBFアベンジャー雷撃機一六八機の合わせて五〇四機を出撃させた。

 さらに二時間後には第二次攻撃隊としてF6F九六機にSB2C七二機、それにTBF九六機の計二六四機が発進、こちらはテニアンの飛行場を叩く手はずとなっている。

 参謀の中には第一次攻撃隊と第二次攻撃隊の両方をサイパン攻撃に振り向けるべきだと進言する者もいた。

 しかし、米第三艦隊司令長官はサイパン島とテニアン島は指呼の距離であり、別々の島ではなく一つの島と見なすべきだと考えおり、その具申を却下していた。

 なにより、第一次攻撃と第二次攻撃で合わせて八〇〇機近くを投入するのだから、計画通りサイパンとテニアンの両島を同時攻撃することについては何の問題もないはずだった。

 両島を叩く任務を帯びた攻撃隊が無事に西へ向かって進撃していったのを見届けた米第三艦隊司令長官は勝利を確信した。

 七六八機もの艦上機の攻撃を阻止し得る戦力などこの世にありはしない。

 そして、それらに攻撃されて無事で済むような軍事施設は世界中のどこを探しても存在しないはずだった。


 だが、米第三艦隊司令長官はまだ知らなかった。

 サイパンには笹井大尉らが率いる帝国海軍最強の戦闘機隊が配備されていることを。

 そして、マリアナの各島では坂井飛曹長や奥村上飛曹、それに小町上飛曹をはじめとした伝説級の名人や達人の戦闘機乗りたちが手ぐすねを引いて待ち構えていることを。

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