第51話 海軍病院

 俺が目を覚ましたのは帝都空襲があった翌日の遅い午後だった。

 そこが病院だということは部屋の様子からすぐに分かった。

 我ながらひどい有り様だった。

 頭と左手、それに両足は包帯やギプスでぐるぐる巻きにされてしまっている。

 まるでミイラ男のようだ。


 俺が運び込まれた海軍病院の看護婦さんの説明によると、頭部裂傷に左腕の骨折、さらに両足の骨にもひびが入っているという。

 あの状況で脳と内臓に損傷がなったのは、むしろ奇跡だとも言われた。

 それと、何より俺の大切な相棒は、脳内で一番好みの看護婦さんをとある姿に変換することで至って元気だということがすぐに確認された。


 夜になってからは、急いで仕事を終わらせてきたという同期が見舞いにきてくれた。

 手ぶらで。

 まあ、物資不足のこのご時世、仕方が無いと言えば仕方が無いことではあるのだが。


 同期の話によれば、俺は敵機と交錯した後、満身創痍の機体をあやしながら近くの河川敷に滑り込んだらしい。

 そのときはきっと意識ははっきりしていて、傷だらけの体にムチ打って完璧な不時着をこなしたのだろうということだった。

 そうは言われても、俺は何も覚えていない。

 同期はたいした性への執着だと笑ったが、そのときの俺は「字が違っているぞ」と突っ込む気力も無かった。

 ただ、さすがに同期は如才なく、俺が一番気になっている情報をもたらしてくれた。

 市街地上空で俺とともに戦った太田一飛曹や西沢一飛曹、それに宮崎二飛曹の安否だ。

 そして、同期が語ったところによれば、彼らはそのいずれもが怪我ひとつ無くピンピンしており、しかも少なくない戦果を挙げたのだそうだ。

 俺からすれば、その話はなによりの手土産だったし、同期も同じことを考えていたのだろう。

 しかし、それでも俺は次に来るときは物理的な手土産を持ってこいと念押しした。

 だが、俺が退院するその日まで、同期が手土産を持参することは無かった。




 入院した翌日から、俺のいる病室には数えきれないほどの千羽鶴が飾られていた。

 原因は新聞記事だった。

 帝都空襲では敵の新型戦闘機、つまりはF6Fヘルキャットの銃撃によって民間人に少なくない犠牲が出た。

 だが、そのなかで敵機に敢然と立ち向かい、その身を盾に、その命を賭して大勢の子供たちの命を救った英雄の話が新聞にでかでかと載ったのだ。

 誰あろう、俺の事だった。

 地上から見ていても敵機に突っ込んだ俺の意図は分かったのだろう。

 それに、当時俺が搭乗していた烈風改を調べれば残弾がゼロなのもすぐに分かる。

 ならば、機銃を撃ち尽くした俺が子供たちを守るために敵機に体当たりを敢行したことくらい容易に想像がつくはずだ。

 それはいい。

 間違ってはいない。

 だが、その俺の紹介記事はあまりにもおおげさ過ぎた。


 「某中尉は開戦劈頭のフィリピン進攻からウェーク島沖海戦ならびにマーシャル沖海戦、さらにインド洋海戦に続き二度のハワイ空襲に参加するなど、すべての主要な戦いに馳せ参じた歴戦の猛者であり、その間に多くの敵機を撃墜、そのうえ二度の雷撃を成功させるなど軍功も抜群。

 まさに海軍航空隊が誇る最強搭乗員の一人である。

 そして、その中尉は誰よりも子供好きな人であった」


 俺はその記事を読んで顔が真っ赤になりそうだった。

 まあ、主要な作戦にすべて参加はいい。

 皆勤賞をもらう資格はあると思う。

 だが、「多くの敵機を撃墜」はやめてほしい。

 まだ、九機。

 開戦から二年近くも経つというのにもかかわらず一ケタの体たらくだ。

 ちなみに俺の小隊でいまだ一けたなのは実戦経験の少ない宮崎二飛曹を除けば俺だけだ。

 西沢一飛曹なんて同じ時期に軽く俺の三倍以上のスコアを稼いでいる。

 それと雷撃も二度、やるにはやったがそれは嚮導機についていって魚雷を投下したというだけで、それが命中したのかどうかは俺には分からない。

 何よりやめてほしいのは「最強搭乗員の一人」のくだりだ。

 「最弱搭乗員の一人」なら誰もが納得するだろうが、「最強搭乗員の一人」と書かれた日には周りの連中に冷やかされるだけだ。

 この記事を読んで爆笑しているであろう太田一飛曹や西沢一飛曹、それに宮崎二飛曹の顔が思い浮かぶ。

 それから俺のことを勝手に「子供好き」だなんて書くんじゃねえ!

 俺は子供ははっきり言って苦手だ。

 特に小さいうちはいつ自爆行為を起こすか分かったもんじゃないから知り合いの子供の面倒をみている時などはハラハラしすぎて胃が痛くなったくらいだ。


 それにしても新聞記事の効果はすさまじかった。

 看護婦さんはみなさん優しい。

 看護主任のホウコさんのように、俺に気があるようなそぶりを見せる者さえあった。

 間違いなくモテ期到来だった。

 だが、むしろそれは俺にとっては拷問だった。

 俺のアレはすでにエネルギー充填一〇〇パーセントどころか一二〇パーセントなのに、それを撃ち込む先が無かったのだ。

 こういう状況は度重なる航海によって慣れているはずなのに、陸上では勝手が全然違う。

 だから、ショウコさんやズイコさんのような若い看護婦さんに包帯を取り換えてもらっている時などは心の中で般若心経を唱えなければどうしようもない。

 それゆえに、特に若い看護婦さんにはお願いしたい。

 あまり体を密着させないでください!


 いろいろと、つらいです・・・・・・

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