第57話 夜間雷撃

 夜の闇の中、多数の機体がマリアナ東海上を飛び交っていた。

 サイパンとテニアン、それにグアムの基地から発進した銀河ならびに二式大艇の搭乗員たちはささいな変化でさえも見逃さないよう、目を皿のようにしてある者は電探の計器を、別のある者は肉眼で海上を監視していた。

 マリアナを襲撃してきた米第三艦隊の次の一手は容易に予想が出来た。

 同艦隊は昨日早朝からサイパンとテニアンへ多数の空母艦上機を攻撃に送り込んできた。

 だが、これら攻撃隊は帝国陸海軍戦闘機隊の手荒い歓迎を受け、ほとんど戦果を挙げられなかったばかりか、逆に多数の機体とその搭乗員を失う結果となった。

 このため、米第三艦隊はマリアナ海域における制空権の獲得に失敗した。


 だが、その一方で米第三艦隊は多数の水上打撃艦艇を擁していた。

 その中には二隻の戦艦の姿も確認されている。

 二隻の戦艦は細長いその艦型からいずれも「アイオワ」級とみられ、その性能は攻撃力においても速力においても日本の「金剛」型高速戦艦を大きく上回る。

 だから、よほど想像力が欠如している者でなければ次に米艦隊が繰り出してくる手はあっさりと思いつくはずだ。

 実際、帝国海軍も「金剛」と「榛名」を使ってミッドウェー島に対してそれを成功させている。

 その時はミッドウェーの航空隊は何も出来ないままに二隻の高速戦艦に蹂躙された。

 戦艦を使った飛行場に対する艦砲射撃の威力は破格だ。

 今、マリアナの日本軍が最も警戒し、最も避けなければならない事態だった。

 強い決意のもと、銀河ならびに二式大艇の搭乗員たちは困難な仕事成し遂げる。

 敵水上打撃部隊の艦砲射撃を食らう前に彼らを見つけ出すことに成功したのだ。




 「目標を確認。所定の手順に従って攻撃せよ」


 檜貝中佐の落ち着いた声が編隊各機の無線に流れる。

 サイパンやテニアンの基地に待望の敵艦隊発見の報が入ったのは深夜遅くになってからだった。

 サイパンからは夜間攻撃可能な熟練ペアのみで編成された檜貝中佐率いる二四機の銀河が出撃した。

 銀河は八機が照明隊で、残り一六機はすべて魚雷を装備している。

 また、同じ編成の野中少佐の攻撃隊もテニアンの基地から出撃しているはずだった。


 その檜貝中佐は夜間だというのにもかかわらず、極めて正確に自分たちの周囲で爆発を繰り返す高角砲弾に驚愕していた。

 自身が直率する八機の雷装銀河のうち、すでに一機が失われ、さらに発動機に被弾した一機が基地に引き返さざるを得なくなった。

 他の編隊にも炎の尾を引きながら墜ちていくものが見える。

 大出力発動機「木星」を二基搭載する銀河は単発の烈風改や強風改に比べて機体が大きく的としては巨大なものの、その一方で防御力は烈風改や強風改のそれを大きく上回る。

 だがしかし、その強靭なはずの銀河が敵の対空砲火に次々に食われているのだ。

 有り得ない精度、まるで砲弾に目がついているかのようだった

 とても夜間の対空射撃の命中精度とは思えない。

 さらに敵艦に近づくにつれて今度は機関砲弾や機銃弾がこちらに向かって火箭を伸ばし始める。

 また銀河が一機、こんどは敵の機関砲弾の直撃を受けて吹き飛ぶ。


 相次ぐ味方の被害に歯を食いしばりつつ檜貝中佐は耐える。

 今の自分たちは抱えてきた魚雷を投下すること以外に何も出来ることはない。

 じりじりとした感情をこらえつつ超低空飛行を継続、ようやく射点に到達する。


 「撃てっ」


 檜貝中佐のその声はもはや命令ではなく魂の叫びのようでもあった。

 そして、魚雷を投下すれば後は何もすることがない。

 ただ、ひたすら逃げるだけだ。

 敵の追撃の火箭を振り切り、やっとの思いで敵の対空火器の有効射程圏から抜け出す。

 同時に部下から魚雷命中という喜色に満ちた声が耳に飛び込んできた。


 それと、これは後で分かったことなのだが、檜貝中佐の隊は戦艦「アイオワ」、野中少佐の隊は戦艦「ニュージャージー」を攻撃し、それぞれ魚雷一本を命中させていた。

 四万トンを大きく超える防御力の充実した最新鋭戦艦に水上艦艇や潜水艦に比べて威力の小さな航空魚雷がわずかに一本命中した程度ではさほど深刻な被害にはならないはずだった。

 だが、この日銀河が搭載していたのは弾頭を強化した最新型の九一式航空魚雷であり、同魚雷は従来型のそれより重量は三割増し、炸薬にいたっては二倍近くに達しており威力が段違いだった。

 これを食らった二隻の戦艦は水線下に大破孔を穿たれ、さらに長大な亀裂も生じていた。

 両艦ともに被害は深刻だった。

 動かない陸上目標に対する砲撃でさえ現状では困難で、逆に今後の処置を誤れば沈没の危険すら生じかねなかった。


 一方、日本側の被害も深刻だった。

 米戦艦部隊を攻撃した銀河のうち、照明隊の二機と雷撃隊の九機が撃ち落とされたのだ。

 夜間で、しかも敵夜間戦闘機の妨害が無かったのにもかかわらず二割を超える損害を被った。

 そして、そのいずれもがかけがえのない熟練搭乗員が操る機体だった。




 「瑞鶴」の飛行甲板には第一次攻撃隊の烈風改が敷き並べられ、整備員らは最後の点検に余念がない。

 発着機部員らも飛行甲板の上をせわしなく動き回っている。

 少なくない索敵機を失ったものの、その一方でマリアナの基地航空隊は複数の空母を中心とした機動部隊を発見する。

 それらへの接触維持のためにサイパンやテニアンの基地から飛びたった電探装備の銀河から同部隊の位置や進路、それに速度といった情報が次々にもたらされてくる。


 米戦艦部隊が飛行場への艦砲射撃を断念して離脱を開始したちょうどそのころ、第一機動艦隊はマリアナ諸島西方海域に到着していた。

 俺たちは、一機艦は孤軍奮闘する友軍の救援に、米機動部隊との決戦に間に合ったのだ。

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