第47話 「遠くから見る学校のいま」
砲撃から3日目の朝。
僕らは川を挟んで向こう側に学校が見える場所に来ていた。
「思ったより静かだな」
「うん」
蓮花さんは僕の手を握ったまま頷いた。
「脱出したとか?」
「どうだろ?逃げれたとしても、食うに困るんじゃない?」
紗耶香さんと優佳さんが蓮花さんの隣に立つ。
「籠城はできるけど、中から攻め込まれたらどうしようもない……か」
「中から攻められるなんて誰も考えちゃいねえだろ――っと!」
どこかから銃声が響いた。僕らは近くの建物の陰に移動する。
「中で銃撃戦ってか。あたしもやってみたかったヤツじゃねえか!」
ミナさんがライフルを構えた。
「ん?ああ?」
「どうしたの?」
のぞき込んでいたスコープから顔を離したミナさんが声を出すと、先生が聞いた。
「見りゃわかる」
と、ミナさんが先生に双眼鏡を渡した。先生はその双眼鏡で校舎の方を見た。
「なあ。お前らの学校って巡回型を入れてたか?」
「は?どうして?」
「いいから答えろ」
ミナさんの目が険しくなると、優佳さんと紗耶香さんは顔を見合わせた。
「……いないけど」
少し間をおいて優佳さんが応えた。
「へえ。じゃあ、アイツらどうやって持ち込んだんだ?」
校舎から響く銃声。遅れて聞こえてくる悲鳴。その悲鳴もしばらくすると聞こえなくなった。
「ナオ」
蓮花さんの向こう側に立った優佳さんが僕を呼ぶ。
「確認だけど仮想空間で死んだらコンティニューできる。現実世界は死んだら終わり。だよね」
「うん」
「じゃあ、仮想空間で――」
と、優佳さんは言葉を切った。
「どうした?」
「ううん。いい。忘れて」
優佳さんは校舎に目を向けた。
海の向こうから砲撃の音が響く。僕らがいる場所からはかなり離れた場所が着弾地点だったらしく、爆風だけが流れ込んできた。
「なあ。お前、仮想空間から持ち込まれてんじゃねえか、なんて思ってねえだろうな?」
風に巻き上げられた髪をうっとおしそうに払ったミナさんが聞いた。
「この状況でそれ以外ないでしょ?」
「ハル。あのクズ棺桶にそんな機能あるか?」
「あるわけないでしょ」
先生は呆れたような声で言った。
「使ったらわかると思うけど、撃ったときに起きる衝撃に耐えられる素材なんてそうそうない。仮にあったとしてもそれを成型するモノがあの棺桶に付いてるなんて聞いたことない」
「あったとしたら?」
「あったとしたら?そりゃあ向こう側がロックするでしょ。――あ。」
全然気づかなかったと、先生が頭を抱えた。
「しょうがねえだろ。この状況にならなきゃ連中だって使うことはなかったんだ。向こうだって使わなくていいなら使わないだろうよ」
「にしても――」とミナさんは学校の方へ目を向けた。
「棺桶は文字通り人類にとっての棺桶だったってワケだ。まあ、ぶっ壊して止まるのか?って話はあるだろうが、この状況をどうにかする方法は見えたな」
「あの中に行くの?」
そう聞いたのは蓮花さんだった。
「いや、さすがにあんな鉄火場みたいなとこに突っ込むわけないだろ。やるとしたら外からだ。まあ、今の内は何もできない。しないんじゃない。できない、だ」
ミナさんは構えていたライフルを肩にかけ直すと、建物の中に入っていった。
「巡回型が増えたって話、思ったより闇が深そうだね」
ミナさんの仲間も「よいしょ」と立ち上がって建物の中に入っていく。
「は~あ!こっちの先生ならちょっとラクかなって思ったんだけどなあ~」
先生も立ち上がって伸びをした。
「ま、ウザいヤツらがコレでいなくなるって思えばいいのかな」
「ハルちゃん。言い方」
「笑いながらセクハラしてくるジジイどもに不謹慎なんて言葉はいらないって。地獄に堕ちればいい」
先生は校舎に向かって吐き捨てるようにつぶやくと、中に入った。
先生たちを追いかけると、ひしゃげたシャッターの向こうに割れたガラスが散らばっていた。本来なら警報が鳴るはずだけど、どうやらさっきの砲撃で送電システムが壊れたらしい。中に入ると、徐々に暗くなって、奥にたどり着いたときには指先も見えないくらい真っ暗になっていた。
ミナさんがライターに火を点ける。点けられた火は揺らめきながらミナさんの口に咥えられた棒状のモノに当てられる。ジジ……とわずかに音を立てると、ライターの火は消えた。
「ふ~」
と息を抜く声というか、音が漏れること3回。小さい点のようなオレンジの光が尾を引いて移動していくのを目で追ってると、上から足音が聞こえた。
「上も大丈夫そう!」
「わかった」
先に状況確認してた仲間の一人の声が響くと、オレンジの小さな点は握りつぶされたように消えた。
「完全な暗闇でも対応できるんですか?」
ヒューマノイドは暗闇への対策があまりできていない、なんて話を昔聞いたことがあったけど、ミナさんたちはスイスイ進んで行くのが気になった僕はつい聞いてしまった。
「逆に聞くけど、お前は目が見えないからって立ち止まるのかよ?」
「え?」
「おんなじことだよ。人間もヒューマノイドもな。違うのは人間が一人ひとり時間をかけてやってることを全員が同じ経験として共有してるってことだけだ。それも人間がやってきただろ?変わんねえよ。なにもな」
ガチャとドアを開ける音が廊下に響く。重たいドアが軋みながら動くと、わずかに空気の動きを感じる。
「ああ、そういやもう一つあったな」
ガチャンとドアが閉まると、ミナさんは振り返った。
真っ暗な場所から急に明るい場所に出てきたせいで目がくらんでる僕らの頭を押さえた。
「アイツらはもう人間の手を離れてる」
「どういうこと?」
優佳さんが眉をひそめた。
「共有の仕方だよ。ヒューマノイドは仮想空間で管理してるって話、聞いてるだろ?」
「聞いてるも何も常識でしょ?なに?違うとか言わないよね?」
その言葉は優佳さんではなく、紗耶香さんが言った。
「ハル。いつまでアイツらに従ってんだよ。常識なんて誰かの一言一発で吹き飛ぶってちゃんと言っとけって言っただろ」
「言わなかったわけないじゃん。私はちゃんと言った。誰も耳を貸さなかっただけ。その結果がコレなだけまだマシじゃない?」
校舎の方から悲鳴が聞こえてきた。建物の中のはずなのに、川を挟んだここまで聞こえてくるのは、幻聴だろうか。
ただ、その声が聞こえた後、ほんのわずかの間、街は静かになった。ミナさんはこの瞬間を見逃さなかった。すぐにライフルをスナイパーライフルに持ち替えて声がした方に構えた。
カチとセーフティを外して、つぶやいた。
「――」
やや上に向けられたライフルのトリガーを引く。時代を経ても変わらなかったライフルから弾丸が飛び出す。着弾は飛び散った赤いモノで見て取れた。
ゲームで何度も見た光景。制限をかけて色を変えたとしても身体から出てくるその色は間違いなくその人を生かしていた液体。それが窓を、壁を、床を汚した。
「チッ!ヒューマノイドか。移動するぞ」
「移動?もう?」
「移動だ。この場所に爆撃が来ないうちにな」
腰をかがめながら戻ってきたミナさんは直ぐにドアを開けて暗闇の中に消えた。僕らもそれに続く。
「お前らの常識は古い。それが通用してたのは50年前までだ。今は違う。アイツらは仮想空間を経由せずに独自のネットワークを立ち上げてる。ヒューマノイドとしてカタチができる前にな」
声がする方に僕らは必死についていく。
「50年前!?なんでそんなに昔なのに直さないの!?」
優佳さんがミナさんの隣に並んだ。
「決まってんだろ。50年前の人間がまだそこにいて人類がヒューマノイドを生み出した。だから人類の方が上だつってんだから」
「え……?」
優佳さんは足を止めた。
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