第32話 「生き抜いたモノが気付いたこと」

「いやだからさ。大変ってなに?って聞いてんだけど。アンタらが言ってる大変だったって全然大変に聞こえないんだよ」


優佳さんがうんざりした声で足を止めた女子に言った。


「は?なんで?みんな言ってるじゃん。なんでわかってくんないの?」

「や、だってさ。撃ちました~撃たれました~死にました~戻りました~すぐやられました~じゃわかんないって。そんなの今までだってそうだったじゃん。なにが違うの?」


責めるわけでもない、怒ってるわけでもない、ただ純粋なギモンを女子に投げかけただけ。なのに女子は何かが詰まったように声が出なくなった。


「わかってくんないんじゃない。アタシだってわかろうと聞いてんじゃん。それなのにそんなイメージもできないへっぽこな話で何を感じろって言うの?クラフターなら素材を集めるのが大変とかなんかあるでしょ。作るのにアンタじゃないと倒せないのとかあるでしょ。その辺なんもナシで何を知れって言うの?」


仮想空間なら履歴にどんなゲームをやったのかプレイデータとして残っているため、そこから動画として見ることもできた。けど、IDが使えなくなった今、自分のことを知ってもらうには自分の言葉ですべてを説明しないとなにも伝わらなくなってしまった。


説明しようと口を動かそうとしているけど、肝心の言葉が出てこない。


記録された動画を見せるだけで楽しさを説明できてしまっていた彼女には、自分のことを説明できる言葉を持ち合わせていなかった。


反対に世界観もクラフターが持つ道具がどんなものか、FPSプレイヤーがどんな存在なのかも優佳さんからは聞かない。


「砂漠なのはわかった。銃撃戦とクラフトが混じり合ってるのもわかった。けど、それだけで大変っていうのはちょっとわかんない。だってそんなの今までと変わんないじゃん。なにが違うの?」

「もういい!」


女子は叫ぶと、来た道を戻っていった。


「はあ……」

「私が聞こっか?」


ため息を吐いた優佳さんに蓮花さんが聞いた。


「ううん。大丈夫」

「でも――」

「今まで人任せにし過ぎてたからね。アタシがやらないと」


優佳さんはそう言って鼻を鳴らした。


蓮花さんが不安そうな目で僕を見てくる。けど、この件に関しては僕は完全に部外者。


できることは何もないと首を振った。



「ここに室内競技なら一通りあるって」

「へえ。使っていいのか」


優佳さんが体育館の用具入れのドアを開けて中に入ると、男子たちも続いて用具入れの中に入っていく。


「一応使えるはずって言ってたけど、ホントかどうかは不安だからなんかあったらアタシに言って」

「あ?自分でやっちゃダメなのか?」


バスケットボールを手に取った男子が聞いた。


「いいけど、ほら。ボールの空気入れだって限界まで入れればいいってもんじゃないでしょ?その辺の加減を教えてってこと。あとで伝えとくから」

「ふうん?まあ、いいか」


男子は感触を確かめるように数回弾ませた。


「このくらいならいいか。あっち半分使うわ」

「おっけー」


男子は取り巻きを連れて体育館の奥に向かった。


「ナオくんは行かなくていいの?」

「え?」


隣にいた蓮花さんが僕に聞いてきた。


「あっち。もうはじまっちゃってるけど」


と、蓮花さんが男子たちの方を指した。


3on3の勝ち抜き戦をやってるらしい。


「アンタも行ってきなよ。ついでだからゲームの話も聞いてきて」

「自分でどうにかするんじゃなかったっけ?」

「うっさいな。女子には話せないってのだってあるでしょ。いいから聞いてきて」


優佳さんがシッシッと手を払った。


優佳さんに追い出された僕は男子がやってるバスケの方にやってきた。


「お!来たな。転校生!次、混ざれよ」


そう声をかけてきたのは、さっき優佳さんと話していた男子。


「あ、うん」


僕はテキトーに返事をしながら今やってる連中の動きを見てみる。


仮想空間でかなりのアシストを受けていたのがわかるくらい息が上がってるヤツもいれば、全然平気な顔をしているヤツもいる。


「みんな経験者?」

「一応な。これでもそこそこ勝つんだけど……アイツ、いつもより動きが悪いな」


仮想空間でのスポーツの立ち位置は、ゲームとそれほど変わらない。


違うのは観戦するのにチケットが必要だったり、プレイヤーもスポンサーがついて資金提供を受けたりできる点。


フツーのゲームならゲームがある場所に行ってタダ同然のカネを払ってゲーム空間に入ってプレイする。そこでミッションやクエストをこなすことで金を得るんだけど、スポーツプレイヤーはそう言ったことをしなくても金が入る仕組みがある。


もちろんスポーツプレイヤーだから受けられるんであって、引退したりクビになったりすれば僕らと同じように自分で稼がないと生きていけなくなる。


仮想空間での動きを見たことはないけど、動きそのものは都会でやってる連中よりいい気がする。


「アシスト使ってる?」

「普段か?いや、先生があんま使っても使いこなせなきゃ意味がねえって言ってそんなに使わせないんだよ。まあ、それでも勝てちまうから別にいいんだけど」

「へえ」

「野球部もアシストなしつってたな。結局振ったときに当たらなきゃ意味がねえし、投げるのもうまく調整しないとぶっ壊れるつって」


そう言われてほかの男子を見ると、筋肉質の人は少ない気がする。


「おかげであのゲームがはじまってからくっそ大変でよ。ホンモノと同じ重さだってゆーだろ?このくらいのハンドガンですら2キロだぜ?バカじゃねえのって思わねえ?」


と人差し指と親指で銃の形を作った。


「それに弾やらライフルなんか持ったらあっという間に10キロ超えるんだ。だからもう最初はヘロヘロ。次の日動けないなんてこともあったな」

「弾は有限だったってこと?」

「ああ。クラフターが作るって話は聞いたか?」


僕は頷いた。


「俺は運よく弾切れになるちょっと前に……アイツいるだろ?」


と、男子は女子の方を指した。


「肩ちょい上くらいの長さの」

「ああ、うん」


同じくらいの長さの女子が数人いたけど、男子の視線に気づいたらしく手を振ってるのがいた。


「アイツに会ってよ。ギリギリ死なずにここまで来たわ」

「ってことは1回も死んでない……?」

「ああ。アイツも俺も、な」


弾薬が有限のゲームで最後まで生き残れるなんてなかなかない。


「その代わり山ほど倒したけどな。たしかここらじゃキル数はトップだったんじゃねえの?」

「ええ……」


「わからんけどな」と男子は笑った。


「何回も死んだって聞いたけど」

「アイツだろ?」


とアゴで男子を指した。叫んだり怒ったりしていちいち声が大きい。しかもよく通る声質だ。


「俺と美香。ああ、さっきの女子な。の制止も無視して突っ込んだんだ。スポーン地点は死んだ場所から1キロ後方になるんだけど、たまたまそっちも真っ最中でよ。ちょうど真ん中にスポーンしたんだと。自業自得だろ」


どこか怒ってるようにも聞こえたが、「ふう」と息を吐くと、その気配が消えた。


「まあ、おかげでアイツと一緒にいたクラフターが一緒にやるって仲間になってくれたから助かったといえば助かったのかもしんないけどな」


聞いてる範囲では今までと変わらないごくフツーのゲームのように聞こえる。


「ほかのゲームとなんか違う?」

「ああ。まず重さがある。これはさっきも言ったな。付け加えるなら仮想空間にあるものよりもっと現実っぽい」


男子はふと何かに気付いたように顔を上げた。


「そうだ。あれは現実だった。質感も温度も全部現実世界と同じだった」


そう言うと、男子は立ち上がって「ちょっと待ってろ。順番が来たらすぐに行け」と言い残すと、さっきの女子がいる方に向かっていった。

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