第31話 「日常に入る亀裂」
名簿に名前がない?
聞き間違いかと思ってもう一度聞いたら、やっぱり蓮花は同じセリフ、同じ声色で言った。
「いやいや。ウソでしょ。クラスにいるアイツらの名前がない?」
と、冗談めかして言ってみたけど、蓮花は何も言わない。
ただじっとアタシの方を見てる。
「……マジで?」
「冗談だと思ったら名簿見て」
ナオの方に目を向ける。蓮花と同じように何も言わない。
テレコメガネの向こう側にある目が何かを求めるかのように、あっちこっちに動いてるだけ。
そんなバカな話ある?と思いつつ、手が勝手に動いてしまう。
テレコメガネを外していたアタシはメニュー画面からクラス名簿を開く。
――ザザザッ!ブツン!
「え?」
一瞬ノイズが走ったと思ったら真っ黒になった。
――現実世界から一斉に人がいなくなってまた戻ってくるなんて異常現象が起きて、今度はIDそのものが消えた。
情報乞食なニュースサイトならすぐに騒ぎそうなことが起きてるのに、ネットの海は静寂そのもの。風も起きてなければ波も立ってない。
あまりに静かで、何もない。
ごろつきがいる掲示板を見ても同じ。ゲームの話はあるけど、最新のゲームの話は1つも出ていない。
どれだけの人間がゲームに参加したのかわからないけど、クラフトとFPSだけで情報乞食たちの動きを止めるほどの影響が出るとは思えない。
なにかあると、僕は1つ、2つと、さらにめぐっていく。
優佳さんが「え?」と声を上げたのは、ちょうどそんな情報の海を一通り回り切ったときだった。
「どうかした?」
「え?」
優佳さんの目が僕に向いた。
「え?って言ったから」
「ああ、うん」
優佳さんは「おかしいな」とまた手を動かした。が、その手は直ぐに止まる。
「ねえ。名簿見れる?」
「なんで?」
「見れないの?」
僕と蓮花さんが聞くと、優佳さんが画面を可視化してくれた。
「真っ黒なんだけど」
「あれ。ナオくんと見たときはこんなじゃなかったよね?」
見せてくれた画面はたしかに真っ黒。照明を落とした映画館のように真っ黒だった。
僕らが見たときは名簿としての体裁はあった。おかしいのはゲームに行って今日まで学校に来なかった人たちの名前がなかったことだけ。
たった3時間ちょっとでここまで変わるのか?
「ホントだ。真っ黒。ほら」
蓮花さんも名簿を開いてみせてくれた。優佳さんと同じように真っ黒な画面が表示されている。
1人なら偶然と言えるかもしれないけど、このタイミングで2人に同じ現象が起こってるのはやっぱりおかしい。
僕は風見先生にメッセージを送ってみる。と、すぐに返信が来た。
「先生たちもちょうど今それにぶち当たった、か」
鶏肉の西京漬けを口に入れた。ウマい。これだけでご飯が半分なくなる。
「聞いたの?」
「気になったことは教えてって言ってたし。一応ね。職員室は大騒ぎだって。IDのロストだけでも大ごとなのに、名簿のデータまで消えちゃったからもう誰が誰か担任以外わからないってさ」
「まあ、これじゃあどうしようもないよね」
優佳さんが真っ黒になった名簿を叩いた。
昼休み終了のチャイムが鳴る。
「はあ~……」
優佳さんはため息を吐きながら立ち上がると、「ん~!」と伸びをした。
「午後は?教室に行く?」
「うん。現状報告するから教室に来るようにだって」
蓮花さんがそう言うと、優佳さんは頷いて空き教室から出た。
「再発行できない?なんで?」
先生が現状報告として言った第一声に女子が声を上げた。
「今まで出来てたのに?」
と男子が声を出すと、そこから伝播していく。
「はい。説明するちゃんと聞いて。って言っても今わかってることしか言えないけど」
と、先生は手を叩いて鎮めた。
先生の説明は僕らが把握していた内容と変わらず。あえて付け加えるなら仮想空間にいる先生たちも状況確認に奔走してるくらい。
「それと、たぶん今のままだと家に行っても中に入れないだろうから、IDが使えるようになるまで学校に泊まる許可が出ました。どこで寝るとかは後でになるけど、とりあえず今のところはこのくらい。なにか質問は?」
先生が聞くと、みんな「大丈夫」と頷いた。
「ま、気になることがあったら聞いて。私の方も全部を把握できてるわけじゃないからすぐに返せないかもしれないけど」
状況確認の続きがはじまると、教室の中は騒がしくなった。
「蓮花はID使える?」
「うん。ゲームやってなかったから」
ネットサーフィンをしていると、蓮花さんの方から聞こえてきた。
「ってことは蓮花は学校に泊まらない?」
「たぶん。帰れるし」
IDが使えなくなったことで、ネットサーフィンすることも、ちょっとしたゲームをすることもできなくなったクラスメイトは、話すことで時間を潰すしかないようだ。
本があれば読書することもできただろうけど、生憎本は廃れて今やその存在を確認できる場所はほぼない。そもそも紙もインクもペンも高級品になっていて何かを書くことすらできない。
そんなクラスメイトの横でネットサーフィンをしていると、なんだか古代時代にタイムスリップしたような気分になる。
「狩村くんも?」
「え?」
蓮花さん以外の女子に名前を呼ばれた僕は驚いて声が出てしまった。
「狩村くんもID使えるの?」
「あ、ああ。うん。使えるけど?」
「いいなあ」
そんな物欲しそうな目で見られても困るんだけど。
「こんなになるなら行かなきゃよかったよね」
「それ。なんも買えないし、どこにも行けないし、ってか、何も食べれないのがキツくない?」
「食べるのもいちいちIDがいるもんね。はあ……」
ここでお菓子の1つでもあげられればいいんだろうけど、手元にお菓子はない。
まあ、仮にあったとしてもここで出すとみんな寄ってたかって取りに来るだろうからどっちにしろここで出す選択肢はないんだけど。
「ゲームもできないし、マンガも読めない。マジでヒマ。明日もコレだったら死ぬんだけど」
「体育館で遊ぶ?」
ほかの人の席に行っていた優佳さんが戻ってきた。
「体育館?あ~……何かあったっけ?こっちの体育館って」
「ナオ。使っていいか聞いてよ」
「僕?自分で聞けば――」
「いいから早く。5、4」
「あ~はいはい。わかった。聞けばいいんでしょ?聞けば」
ナゾのカウントダウンをはじめやがったので、仕方なく聞いてみる。意外にも返事は直ぐ来て、OKが出た。
「OKだって。ケガしないようにだけ気を付けてって」
「よっし!みんなー!行くよー!」
優佳さんが声を出すと、一斉に視線がこっちに向けられた。
「どこに?」
「体育館!使っていいって!」
そう言って教室を出ていった。
「ナオくんも行く?」
「行く。昨日フルボッコにされたリベンジしないと」
席を立った蓮花さんに僕も付いていく。
「あ!あたしも!狩村くんにフルボッコされたリベンジしないと!」
「え、フルボッコにはしてない……」
「したよ!スパーン!って何回もやったじゃん!」
と紗耶香さんも教室を出ると、数人が付いてくる。
「なに?スパーンって」
「バトミントン。ヒマだからやっていいってなってね!ハルちゃんがクッソ強いの!」
「は?なにそれ?ずっる!なんでバトミントンなんかやってんの!」
「だって4人しかいなかったし、仮想空間にも行けないんだもん。授業なんかできないって話になって、ね?」
「課題らしい課題もなかったからなあ」
「え……マジでズルくない?遊んでたってこと?」
「そうだよ?今日は勝つぞー!」
紗耶香さんがそう言うと、付いてきた女子の一人が足を止めた。
「なんで?ウチらが大変だってときにそんなことしてるの?」
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