第30話 「よく噛んで食べましょう」

蓮花さんに連れてこられたのは、図書室だった。


「よいしょっと」


「ん」と、蓮花さんが隣にあるイスを動かして叩いた。「ここに座れ」ということだろう。


「出てくれてちょっと助かっちゃった」


僕が座ると同時に蓮花さんが言った。


「まあ、あのままいても昼ごはん取られるかもしれなかったからね」

「そっち?」


蓮花さんがクスっと笑った。


「てっきり私に矛先が向かないようにしてくれたんだと思ったんだけど」

「そんなに器用に見える?」


と、僕が聞くと、蓮花さんは一瞬止まった。


「ごめん。ぜんっぜん見えない」


蓮花さんがクスっと笑った。


なんか「全然」のところ、必要以上に力が入ってた気がするけど、気のせいだよね?


「でも、たしかにあのままだったらお昼取られたかも。目がマジだったし」


蓮花さんはそう言って背もたれに寄り掛かった。


「ナオくんもこっちに来たときあんな感じだった?」

「人のご飯を狙うほど腹減ってなかったと思う。それより飲むものの方が欲しかった」

「暑かったもんね~」


まだ2カ月そこそこの話なのに、結構な時間が経ったように感じる。


今でもあのときのバカみたいに重かった荷物と麦茶のうまさは記憶にしっかり残ってる。重かった荷物で思い出した。クソ親父め。次に会ったら絶対鉄アレイ付きで殴ってやる。


「その後出てきたご飯もうまかったし」

「そう?あ、でもすごい食べてたっけ」


仮想空間でも同じようなのはいくらでも食べてたけど、仮想空間で出るものは所詮仮想空間。再現したといっても現実世界での味に慣れてしまったら仮想空間での食はちょっと考えるレベルになってしまった。


「食に関してはもう向こうでってのはないなあ」

「そこまで?仮想空間にもおいしいのあると思うけど」

「いやあ、どうだろ?」

「あるよ~。え~っとたしか撮ったはず」


と、蓮花さんが画像ファイル漁りはじめた。


そもそも僕は仮想空間に行ってもサバイバルかFPSくらいしかしてない。どこかに買い物に行くこともなければ、食べ歩きをすることもない。


みんなが集まってどこかで遊んでる間、僕はサバイバルで生き抜く術を、FPSで戦いの術をひたすら磨いていた。


ふと、ちょうど逆になっていることに気付いた。


みんなは仮想空間に行って生き抜く術を身に着けてる間、僕は買い物に行き、食べ歩きもしてる。ただ、そのときとは違って今は隣に蓮花さんがいる。


生きるだけにすべてを費やし、相手の死をもって生を感じていたあのときとはずいぶん違う。


クラスの連中は共闘なんて言ってるけど、僕から見ればあの闘い方はどこかで危ういようにも見える。


クラフターは限られたスペースの中で自分たち以上の人数を収容できる施設を作らないといけないし、FPSプレイヤーは攻勢に出たいのに、クラフターを守らないといけないから進めない。なんてバカみたいな状況に陥るだろう。


見知らぬ誰かなら切り捨てられることもできるだろう。けど、顔見知りがいれば助けようと手を伸ばしてしまう。


そうあることは別に問題ない。けど、仮想空間の敵は情けや容赦なんてない。少しでも隙を見せればあっという間に刈り取ってくる。


そうやって刈り取られまくり、それでも生を望み、また刈り取られるを繰り返した結果が今のクラスの連中のように見えた。


「白い光、か」

「ん?」


誰かが大声で言った言葉をつぶやくと、蓮花さんがファイルを漁る手を止めた。


「全員死亡の前に見たって」

「なんか言ってたね。真っ白になったって」


ファイルを漁るのを再開しながら蓮花さんが言った。


「カウントダウンが表示されたまま入れないって言ってたっけ?どうするんだろうね?」

「さあ?そもそも喪失(ロスト)してるんだろ?再発行できないじゃん」


僕は課題を出した。中身はちょっと前にやった内容ですぐに終わりそうだ。課題の隣に教科書も表示させると、問題を態勢が整った。


「ナオくんは?」

「ん?」

「ナオくんもIDなくなったんじゃない?」

「なくなったじゃない。置いてきた」


もっと正確には、「置いてくように言われた」だけど。


ちなみにその後、僕のIDがどうなったのか、そして今までの僕の情報がなくなったIDがどうやって僕の手元に来たのか、僕は知らない。


僕がいた都会からリニアとローカル線を乗り継いでここまで5時間。5時間あれば今の時代なんでもできる。


モノの輸送だって仮想空間を経由すればあっという間だし、仮想空間を経由しなくても数時間あれば着いてしまう。


僕が家を出た後、IDを「なかったこと」にして、まったく別のモノに作り替えて送ったと言われても別に不思議なことじゃない。


けど、それを一気に学校の人数分……いや、それの数十、数百倍の人数分やるのはさすがにムリがある。


「そのためのカウントダウン……?いや、まさかな」


IDを消したところで仮想空間には何のメリットもない。今あるIDを消して新しいIDを発行するなんてムダとしか考えられない。


僕は頭を振って課題に取り掛かることにした。



「はあ~……よっこいしょ~のどっこいしょ~」


昼休みになり、僕と蓮花さんは空き教室へ。その途中で優佳さんと出くわした。


優佳さんはそのまま僕らについてくると、真っ先に近くにあったイスに座った。年寄りくさいセリフはそのときに優佳さんの口から出てきたものだ。


「ま~じクソ。クソすぎて、クソオブクソ。クソだわ~」


「あ~……」とうめき声までつけて優佳さんは天井を見上げた。


「なんかわかった?」

「ぜ~んぜん!」


優佳さんが身体を起こした。


「どいつもこいつも口を開けばアレが大変だった、コレが大変だったばっか。中身ゼロ。すっからかん」


「下を見るなって言ったのに」と優佳さんはため息を吐いて弁当箱を開いた。


蓮花さんが作ったものなので、中身は僕と蓮花さんと同じ。違うのは優佳さんの弁当だけ見た目が違う。


「盛り付けが変わるだけで違うように見えるもんだね」

「ふふん。でっしょ?」


優佳さんが嬉しそうに言った。


優佳さんだけ見た目が違うのは、優佳さんが「盛り付けだけは自分でやる」と言ったから。


「教室で食べるってなったらさすがにね。まさか4人同じ屋根の下にいるなんて言えないでしょ」

「2人も3人も変わらないと思うけどなあ」


と蓮花さんが言ったけど、優佳さんは無視。うまそうに魚の切り身を頬張った。


「そうそう。カウントダウンあったでしょ?あれ、みんなバラバラみたい」


優佳さんはリスみたいに頬を膨らませながら言った。


「バラバラ?」

「ん。どういう基準があるのかまでは聞けてないけどね。カンだけどクラフターは早そう」

「ふうん」


まあ、だからなんだ、って話なので、僕は聞き流した。


「そう言えばハルちゃんはまだ話聞いてるの?」

「みたい。アタシが出たときにやっと半分だった」


みんなに聞いたであろう優佳さんですらロクな情報を掴めなかったのに、これだけの時間がかかった。同じことを一人ひとりにやってる先生はかなり大変だろう。


「ん?そういえば、家に入るのってIDだよね?」

「そうだけど?」


蓮花さんが聞くと、優佳さんが「当たり前でしょ」と答えた。


「どうやって家の中に入るんだろ?」

「どうってそりゃデバイスで――」

「デバイスも使えなかったら?」

「使えなかったら?ん~……どうするんだろ?」


そう言えばその手の話は聞いたことがなかった。そもそもIDのカードやデバイスを紛失することはあっても、IDそのものが消えることなんてないというのが、これまでの常識だった。


僕らもそれが当たり前だったし、なくなることはないとまで言われていた。


「まあ、帰れなかったらここに泊まるしかないんじゃない?ってか、なんで急にそんな話?」


首を傾げた優佳さんに蓮花さんが言った。


「クラスの名簿に名前がないの」


もぐもぐ動かしていた優佳さんの口が止まった。

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