第23話 「やめられた者、やめられない者」

「そう。来たのは2人だけね」

「うん。ほかのクラスも数人しか来てないって」


先生がいなくなったところで優佳さんに連絡を取ると、蓮花さんが僕の隣でそう言った。


「それもゲーム?」

「みたい。先生が今連絡しに行った」


いつも通り出欠確認をしに来た風見先生がドアを開けてクラスの看板を見直すくらいに教室の中はがらんとしてる。


「紗耶香は行ったの?」

「うん。けど、チュートリアルのとこで時間が来てやめちゃった。ほかの人はまだやってたみたいだけど」

「チュートリアル?」

「そう。試し打ち?男子が言ってたじゃん」

「ああ。実物と変わらないって言ってたヤツか」


「そうそう」と紗耶香さんが頷いた。


「よくやめられたじゃん」

「ん~……あたしはあんまりどっぷり浸るほどゲームやんないんだよね。嫌いじゃないんだけど、なんか違うっていうか」


僕らがいるクラスの中で来れた最後の1人は今机に突っ伏していびきをかいてる。


「違う?」

「違う。言葉にはできないんだけど、あるじゃん?そういうの」


僕は首を傾げた。


「ま、それはいいじゃん。あ、そうそう。そんなことより思い出したことがあるの」

「お待たせ~」


と、紗耶香さんが話を変えようとしたところで、先生が教室に入ってきた。


僕は慌てて通話画面を握りつぶす。


「え~っと、今んとこ誰からも返信が来ないんだけど、何か知ってる?」


先生の目が僕らの方に向いてきたので、僕と蓮花さんは顔を見合わせた。


「んあ?なんか向こうでゲームしに行くって言ってたぞ。なんのゲームかは知らん」


僕と蓮花さんが見合わせてる間に起こされた男子がそう言った。


「ゲーム?」

「ああ。なんのゲームかは知らん。アプデがなんとかって言ってたからそれ関連じゃね?知らんけど」


そう言うと、男子はまた机に突っ伏した。


「近江さんはなにか知ってる?」

「知ってるけど、ゲームの名前は知らないんだよね。直近のアプデと同時にはじまったゲーム、くらい。あと、休み明けに上地とかが来なかったのがそのゲームが原因だったってくらい?」


紗耶香さんはそういって首を傾げた。


「そう。とりあえずこのままじゃ授業できないから今日はこっちで自習ってことにしとくね。って言ってもこっちには何もないんだけど」


先生は「向こうに伝えてくる」と教室を出ていった。


「思ったんだけどさ」


と、紗耶香さんが僕らの方に振り向いた。


「昨日の今日だからアレかもしんないけどさ」


紗耶香さんは軽く上げた手を降ろしてメニュー画面を表示する仕草をした。


「なんのゲームやってたかわかんないんだよね」

「え?プレイ履歴に出るでしょ?」

「って思って起きてすぐ見てみたの。けど、履歴の中にないの。ほら」


と、可視化できるようにてくれた画面の中を見てみる。スクロールしてもらうが、どこにもゲームのタイトルがない。というかプレイした記録そのものがないように見える。


「日付が一昨日?」

「あ、今日の分やるの忘れてた。やば。ちょっと待って」


紗耶香さんはそう言って画面を引っ込めると、数回画面を叩いてまた見せてくれた。


「あ、ほら。ね?今日のは出るのに、昨日の夜やったのが出てこないの」


たしかに一昨日の日付の下には今日の日付が表示されてる。表示ミスか?


「向こうに行ってやったんだよね?」

「だからゲームの話できたんじゃん」

「なのにゲームの履歴には表示されない……?ええ?そんなことある?」


優佳さんにメッセージだけ送ってみるが、返事は「そんな話見たことも聞いたこともない」だった。


仮にこの現象が1人、2人、多くても4人くらいだったら「ヘンなの」くらいで済む。けど、これが1クラスどころか学校全体となると話が変わる。とはいえ、クラスでその確認を取れるほど人がいない。明らかにおかしい。おかしいけどそれをおかしいといって誰に言えばいいのか、誰もわからない。


と、テレコメガネのレンズの右下にメッセージの通知が来た。


「ギルドに誰か来た。薫に確認してもらいに行く。また連絡する」


と、いかにも急いで送ったみたいな文章が目に入る。と、さらに通知が表示される。


「このまま音声ナシでつなぐように」とのメッセージに従って僕はビデオ通話のボタンを押す。


「聞こえてますよね?仮想空間に来ました。先ほど少し街中を歩いてみましたが、今のところ大きな変化はこちらでは見られません。あくまで今のところは、ですが」


聞こえてきたのは、薫さんの声だ。顔は見えないけど、視点が歩いてるときの揺れっぽいから1人称視点にしてるんだろう。


赤いじゅうたんの上を薫さんが歩く。


歩くときの音は絨毯が吸収してしまうのか、ほとんど音もなく進んでいく。


ガチャ


突き当りにあったドアを開けると、そこには男子と女子の2人が立っていた。


「ごめん。ちょっと外に出てた」

「ううん。大丈夫。こっちこそ気付かなくてゴメン」


薫さんが謝ると、女子も手を合わせた。


「テキトーに座って。ゲームの話が聞きたくて」


薫さんは近くにあったソファーに座った。


「だよね。さっきこの男子と話したんだけど、どうもあたしは男子が言ってたのとは違うゲームだったっぽいんだよね」

「違うゲーム?」

「そう。よっと」


女子はスタンディングチェアに座ると、ギルド常駐のヒューマノイドに飲み物を頼んだ。


「俺は上地が話してたFPSだったんだけど、どうもアイツはクラフト系だったらしい」


と、男子が女子を指した。


「え?同じゲームだよね?」

「ああ。入ったときの地点は一緒。俺は真っ白な空間に突っ込まれて的に100発撃ち込んだら本番のはじまりだった」

「あたしは全然違って、割とすぐ本番だった。たしか一通りツールをそろえたところくらいかな」


的に100発。ツールをそろえたあたり。どれもチュートリアルの終わりのポイントとして設定されてるなら別にフツーだ。


FPSはどう打つかさえわかれば移動だったり、隠れたりはどうとにでもなる。


クラフトもツールの作り方さえわかれば後は建物を建てたり、装置を作ったりはセンスの世界だ。


だから撃ち方と作り方がチュートリアルであとは本番の世界に放り出されるのは、別に大したことじゃない。


それがそれぞれが別の世界(ゲーム)であれば。


「一応最初は建物の中でスポーンするらしい。まあ、激戦区のど真ん中に放り出されても何もできないで死ぬから当たり前っちゃ当たり前なんだけど」


男子がチュートリアル後の話を続ける。


「それはクラフターが作った建物?」

「もあるし、自然生成の場合もある。俺はどっちもやったけど、クラフターの方でスポーンすると武器と装備が手に入りやすいかな」

「自然生成はもうゴミだよ。今はクラフターのとこで装備一式作ってもらわないと、とてもじゃないけど参加なんてできない」

「ああ。まあ、ゲーム上はって話だ」


ってことは少なくとも銃撃戦をするならそれなりにクラフターを抱えてる必要があるのか。


ゲームそのものはクラフターもFPSプレイヤーもなかなかハードだな。それゆえに止めどきはたしかに見つからなそうだ。


「ま、ゲームはそんな感じだ。もういいか?すぐに戻ってこいって言われてるんだ」


男子は席を立った。


「大丈夫。わざわざありがとう」

「やるなら言って。さすがの優佳でもソロじゃムリだと思うから」

「伝えとく」


薫さんがそう言うと、2人は部屋から出ていった。学校に行くのではなく、またゲームの世界に行くんだろう。


「ということで、戻ります。2人はまた放課後に」


薫さんからの通話が切れた。

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