第22話 「事態は緩やかに」
時すでに遅し、覆水盆に返らず。
昔の人はよく言ったもので、優佳さんのIDは真っ二つにされてうんともすんとも言わなくなった。
「どうしよ?薫」
「どうもこうもないでしょ。再発行するしか……って言いたいところだけど」
薫さんはそう言って僕の方に目を向けた。
「まずはあの場で言えなかった話を聞きましょうか」
僕は都会にいたときにいた先生の話を一通りしてみた。
「……たかがゲーム。されどゲーム、ってことか」
僕の話を聞いた薫さんは髪をかき上げた。
「ゲームそのものを仮想空間が作った、か。まあ、あり得ない話じゃないよね」
「かなり自動化が進んだ、とは聞いてるから、そこをベースにすればおそらく」
――仮想空間にいる誰でもない「誰か」が生み出すことは可能。
薫さんは言葉にはしなかったけど、そう認識したようだ。
「急に言われた話だからアレだけど、聞いた限りアタシはその『先生』の話に矛盾はないと思う。むしろホントだと思う方が自然なくらい。気持ち悪いくらいに」
優佳さんはそう言って蓮花さんと薫さんに目を向けた。
「私はゴメン。どうなのかわかんない。ゲームはあんまりやってなかったし、最近はずっとこっちだったから」
「まあ、蓮花はしょうがない。というか、聞いといて。少なくとも何も知らないよりはマシだと思うから」
「うん」
蓮花さんは不安そうにしながらも頷いた。
「ゲームの話についてはホントだったとして、じゃあいつ『その日』が来るかって話になると思うんですが……さすがにそこまではわからないですよね?」
「遅かれ早かれ、とだけ」
「明日……とかじゃなきゃいいけど」
優佳さんは造船所がある方に目を向けた。
「ねえ。あの中ってホントに船作ってんの?」
「わたしに聞く?優佳の方が住んでる時間長いでしょ。なんも知らないの?」
「アタシは知らない。気になって近くに行ったことはあるけど、人の気配がないのに音だけ響いてるのが怖くて帰ってきちゃった」
「蓮花は?」
「私も……」
そう言って蓮花さんも首を振った。
「ナオくんが来る前にいろんなとこ歩いたけど、あそこだけはなんか雰囲気が違ってなんか怖くて行くの止めちゃった」
蓮花さんがそう言うと、沈黙が落ちた。
「みんな明日来るかな……」
優佳さんのつぶやきが空しく響いた。
「そういえばID壊れたのに、これは使えるんだね」
と、優佳さんがメガネのフチを叩いた。
「機能そのものはそっちにもコピーされてるから。ペンダントと一緒」
「聞いた。けど、IDを切ったのは初めてだったから」
と、優佳さんは真っ二つになったIDに目を落とす。
「でも、そうなると仮想空間から全部を切り離すってほぼ不可能に近いんじゃない?それこそこっちに来たときのアンタみたいになるってことでしょ?」
「僕みたいっていうか、アレよりももっと下になると思うよ?家にいるのだってそうじゃん」
「ええ……このクソ暑いのに外に出されるのは死ぬって」
「IDから切り離されたらどこに……ってここしかないのか。ウチは仮想空間前提だからすっからかんだし、学校に行ったとこでIDがなきゃなんもできないしなあ」
優佳さんはそう言ってテーブルに突っ伏した。
「じゃあ、再発行してもらう?」
「今の話聞いてそれ聞く?いいよ。いつその日が来るかわかんないのに、持ってて位置がバレてやられましたなんて笑えないわ。立場的にも真っ先に狙われたっておかしくないし」
氷を口に入れてボリボリかみ砕いた。
「え、じゃあ、優佳は学校行かないの?」
「行っても仮想空間には行けないんでしょ?まあ、行けるとしてもちょっと怖くてムリだわ。ナオの話には信憑性があり過ぎる」
そう言って蓮花さんが持ってきた麦茶をグラスに注いだ。
「とりあえず明日は薫とここで情報収集ってことで。明後日以降のことは明日考える。蓮花たちは学校に行ってきて。誰もいなかったら仮想空間はクロだわ」
みんなのグラスが空になったところでリビングから僕の部屋に場所を移す。
「調べるなら必要だと思うから使っていいよ」
「これ全部?」
僕の部屋にある機材一式を見渡した優佳さんが目を輝かせてる。
「共用は半分くらいかな。あとは認証が必要だから使えないはず」
「使えるのはどれ?印付けといてくれる?」
「蓮花」
「テキトーでいい?」
「わかればなんでも」
「おっけー」
わかりやすい目印を付けるのは蓮花さんに任せて、僕はそれぞれの機材を説明していく。
「ふうん。なるほどね」
優佳さんはケーブルが伸びてるグローブを手に嵌めてグーパーしてる。
「こういうのあるってなんで教えてくんないかな。ね?」
「あれば便利なんてレベルじゃないわ。これとか作業に革命をもたらすんじゃないの?」
と、薫さんはゴーグルをしたまま僕の方を見た。
ゴーグルは僕と蓮花さんがしてるテレコメガネの下位互換。サングラスみたいに真っ黒なレンズに耳にかけるパーツの後ろからケーブルが伸びてる。
「ケーブルに繋がってるからケーブルの長さ分しか移動できないけど」
「十分だと思うけど」
一通り説明すると、2人ともそれぞれに気になったものを試して使いはじめた。
使いはじめて5分も経ってないけど、手の動きを見る限り、それなりに使いこなせそうな感がありそうだ。
「やっぱり来てないみたい。うん。やっぱ蓮花とナオは明日学校行って状況を確かめてきて。誰も来ない、なんてことないと思いたいけど」
翌朝。
「一応体調不良ってことにしておいて」
「ん。わかった」
「ナオ。できればでいいからほかのクラスも同じ現象が起きてるか、ハルちゃんに聞いておいて」
「はいはい」
薫さんと一緒に玄関先まで出てきた優佳さんが僕たちにやることを伝える。
「ご飯は冷蔵庫の中にあるから。お昼はそれ食べて」
「ん」
「じゃ、また放課後に」
僕らは優佳さんたちを家に残して学校に向かった。
「みんな来るかな」
「正直、望み薄な感はある」
こうして歩いてる間も人通りの少なさを肌で感じる。
僕たちが歩く道から見える人影はいつもの半分以下。明らかになにかおかしい。
「あ!蓮花!よかった。蓮花は来れたんだね」
と、学校が見えてきたあたりで女子が寄ってきた。
「紗耶香。おはよ。来れたって?」
「あ、おはよ。うん、みんな連絡取れなくてさ。ハルちゃんにもさっき聞いたんだけど、誰からも返事がないって」
僕はその話をすぐに優佳さんに送る。
「誰からもって行かなかった人もいるんじゃ?」
「行った人だけに送ったんだって」
「ふうん」
紗耶香さんは窓際の一番後ろにある僕の席から見て右斜め前に座ってる女子。黒髪のボブで少し小柄だ。
「優佳は?そっちに泊るって聞いたけど」
「あ~うん。なんか調子悪いって」
「え、大丈夫なの?空っぽでしょ?あのウチ」
「うん。だからウチで休むって。薫さんも来てるから任せてきちゃった」
「そっか。薫さんがいるなら大丈夫かな」
それから学校に着くまで話しながら歩いていくが、やっぱりいつも以上に人通りが少ない。ここに来て1か月そこそこの僕でもわかるくらいだ。
校舎の中には行ってみるけど、やっぱり静か。朝のこの時間なら話し声が聞こえてもおかしくないのに、数人の姿が見えるだけ。
「思ったより深刻、だな」
「ん」
蓮花さんが身体を寄せてきた。
「大丈夫、なんて言えなくなったね」
「ああ」
視界の端でニュースサイトを表示する。と、ある文字が目に入った。
「現実世界に異常?」
記事の詳細を見ると、どうやら中東でヒューマノイドが撃ちあいをする異常行動が見られるらしい。
「中東って、ゲームのフィールドも中東じゃなかったっけ?」
「それよりヒューマノイド同士が撃ちあい?そんなことある?」
僕らは顔を見合わせた。
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