第24話 「密着して照合」

「ふう……」


終了の文字が表示された通話画面を閉じると、息が抜けた。


「学校のことなんてどっか行っちゃったみたいだった……」

「ね」


転校してきて1か月程度の僕でもわかるくらい明らかに顔つきが違っていた。男子は獲物を狙うハンターのようだったし、女子は歴戦の職人かのような顔だった。


たった1日、24時間も経ってないのに、そんな顔になるなんて、どんなゲームなんだ?


「ナオ。気になるかもしんないけど、たぶん行ったら最後、帰ってこれないよ?」

「わかってる」


優佳さんはため息を吐いて、天井を見上げた。


「とりあえずアタシはもう少しゲームと仮想空間について調べてみる。それまではいつも通り過ごして。って言ってもいつも通りなんてムリだろうけど」

「仮想空間は行って大丈夫だと思う?」


紗耶香さんがそう聞くと、優佳さんは「う~ん」と渋い顔をした。


「薫の話を聞く限りは大丈夫だと思うけど。確証は持てない、かな。行くな、とは言えないけど、じゃあ今までみたいに行き来しても平気かって言われればわかんない」

「そっか……どうしよっかな」


紗耶香さんはそう言って背もたれに寄り掛かった。4人しかいない教室にぎい……とイスのきしむ音が空しく響く。


「優佳はどうする?」

「アタシ?」

「優佳は行かないとマズいんじゃないの?ギルマスだし」

「あ~……まあ、そうなんだけどね」


優佳さんは目をそらした。


「あ、そろそろハルちゃんが戻ってきそうだから切るわ。とりあえずアタシの方で調べてみる。なにかわかったらまた連絡する」


優佳さんとの通話はそれで切れてしまった。


「お待たせ~。とりあえず勉強用の資料持ってきたから、これ使って」


風見先生はそう言って教卓の上に本を数冊乗せた。


「あ、そうそう。一応今向こうの先生たちと一緒に仮想空間で何が起きてるか調べてるから大丈夫って連絡が来るまで行くのはナシでお願い」

「授業は?」

「このままじゃできないから自習かな。今のところ」


風見先生はそう言って教卓横にあるイスに座った。


「よいしょ。まあ、決まったら教えるよ。私もなんも知らないから気になることがあったら聞いてね」

「勉強しなくていい?」


紗耶香さんが手を上げた。


「どっちでもいいよ~。あ、でも一応学校の中にはいて。何かあったときにすぐに対応しないといけないから」

「はーい」


紗耶香さんの返事と同時に机に突っ伏していた男子が教室から出ていった。


「ナオくん。どうする?」


再び4人になった教室で蓮花さんが僕の袖を引いた。


「どうするって、どうしようね?」

「ここにいてもヒマなだけじゃない?ハルちゃんはずっとここ?」

「って言われたよ。って言ってもすることないからいつも通りだけど」


と、メニュー画面を開いて何かをはじめた。


「調べろって言われてんじゃなくて?」

「言われてるけど、そういうのは得意な人に任せてあるから。私は待つだけ。上から何か言われたら下に流せば終わり」


先生はイスのリクライニングを倒して横になった。


「ん~……やっぱ足置くとこが欲しいかな」


と、最前列のイスを持ってくると、そこに足を乗せて完全に寝る体勢ができた。


「はあ~……なにこれ。布団の次に完璧じゃん。今度からこれにしよ」


ぐ~たらが極まったみたいな先生に、紗耶香さんが溜息を吐いた。


「ハルちゃん。男子もいるんだけど」

「え~?いいよ別に。この時間は何もしないでぐ~たらするのがいつもなの。みんなもいつも通りにしていいんだよ?」


いつも通りって言われても、授業開始のチャイムが鳴って結構経つ。それに4人しかいない教室で勉強するってのも何となく気が引ける気がした。


僕はヒマつぶしついでにテレコメガネをかけてニュースサイトを開く。


ぱっと見だけどページトップにはゲームに関する情報は出てないようだ。


「ナオくん。学校にアレってあると思う?」


と、蓮花さんが話しかけてきた。


「アレ?」

「ウチにあるアレ」


と蓮花さんは手をぐっぱぐっぱ開いたり閉じたりしてる。


「ああ、どうだろ?ある……んじゃないかなあ?そんなに高いものでもないし」

「ちょっと聞いてくる」


蓮花さんはそう言って先生のところに向かった。


「なにがあるかって?」

「ん?これの補助部品?みたいなの」


と僕は腕に嵌めてるブレスレットを指した。


「それってIDでしょ?補助パーツなんてあるの?」

「あるんだよ。って言ってもオマケのオマケレベルだけど」


と、蓮花さんが戻ってきた。


「わかんないから聞いてみるって」


蓮花さんはそう言うと、僕の隣にイスをくっつけて、さらに奥から2つイスを引っ張ってきた。


「よいしょ。は~……ラク~」


連結するようにイスを並べた蓮花さんはそのままイスに座って僕の太ももを枕に横になった。


「机でもやってみたいけど、固いよね」

「木だからそりゃあ……」


突っ伏して寝るだけでもバキバキになるのに、机を敷布団代わりにしたら痛くて起き上がれなくなるかもしれない。


蓮花さんは寝っ転がったままメニュー画面を開き、何かをポチポチ触ってる。


「ん~……急になにもなくなると困るな」

「勉強でもすれば?」


僕がそう言うと、蓮花さんの頬がフグのように膨らんだ。


「気分じゃないし。ナオくんだって勉強してないでしょ」

「してるよ?」

「え?」


蓮花さんの表情が固まった。


「世界情勢の勉強。ほら」


と、僕は開いていたニュースサイトを見せると、蓮花さんはグーで僕を叩いてきた。


「いたっ!」

「ただのネットサーフィンじゃん!」

「お!すごい。よくわかったね」

「バカにしてるでしょ!」


バシバシ叩いてくる蓮花さんをなだめてると、通知が入ってきた。


「ん?」

「どうしたの?」

「優佳さんからだ」


通知を開くと画像ファイルが添付されていた。


「あ、私の方にもなんか来てる」


蓮花さんにも画像付きのメッセージが届いたっぽい。


「開けばいいのか」


僕は画像データを開いてみる。見下ろすと、蓮花さんも僕と同じように添付ファイルを開いていた。


「え~っと?一致するか照合してみて欲しい?なんだこれ?」

「あ。照合か!それなら私に任せて!」


蓮花さんはそう言って起き上がると、今度は僕の膝の上に乗っかってきた。


「ちょっ!」

「ナオくん。見えないんだけど」

「僕だって見えないよ!」


ライトブルーのシャツとボタンが上から2つほど開けられたところから見える黄色がイヤでも目に入ってくる。


「こうじゃないと照合できないんだから早くこっちに出して」

「ええ……」


膝の上に乗っかってる蓮花さんが表示している画像の近くに僕の画像データを持っていく。


「ん。あともう少し右……かな。もうちょっと。そうそこ!あ!行き過ぎ!」


蓮花さんのお尻の感触が伝わってきてまったく集中できない。


「もう。真面目にやって!」

「ムチャ言うなって……」

「ああ!また行き過ぎ!もう!!」


あれこれ試行錯誤すること5分。ようやく蓮花さんが満足する位置になった。


「なんで僕が……」

「しょうがないじゃん。私しかできないし、この方法しかやり方知らないし」


と蓮花さんは口を尖らせた。


「ん。ちょっと右に回して。はいそこ。ん、完璧。そこから動かないでね」

「ええ……」


腹筋がつりそうな状態で言われた僕は、息を止める。


「あれ、これって同じデータ?」

「違うと思うけど」

「んん?」


蓮花さんが首を傾げてるので、僕が代わりに聞いてみる。返事は直ぐに来た。


「違うって」

「ええ?おかしいな。仮想空間と現実世界なら少しずれると思うんだけど」

「そうなの?」


初めて聞く話に僕はつい聞き返してしまった。


「うん。風とか水の流れは制御できるようになったけど、侵食までは制御できないから完全一致ってできないんだって」

「そういえばそんな話あったな」


いくら仮想空間といえど、現実世界の方を基点にしている仮想空間はどうしても地形に差が出るらしい。大きな建物なら計画図があるからほとんど差は出ないけど、自然が絡むものに関しては、現実世界の方が先に進んでしまう。だからホントの意味での完全一致ってのは不可能と言われている。


風向きも水の流れも膨大な観測データをもとに制御できるようになったのはここ最近。確認が取れたのはもっと最近の話だ。


そんな風向きと水の流れが制御できるようになったからといって何でもできるようになったわけではない。


何年も、何十年も積み重ねて生まれる地形の変化はその程度でどうにかなるほど甘くなかった。気づいたときには大きなひずみとなって目に現れる形で姿を現すため、仮想空間はアップデートの際にある程度調整する。


が、それでも見込みに誤差が生じるため、仮想空間と現実世界では多少の誤差が出る。


僕は蓮花さんの後ろから手元をのぞき込んでみる。


赤と青のラインがピッタリ重なって紫を表示していた。


「こんなにキレイに重なる?」


蓮花さんは首を振った。


「こんなの初めて。ね。これって仮想空間のどこから持ってきたデータ?」


蓮花さんが音声入力で優佳さんに聞いた。


しばらく何かを打っては止まりを繰り返して優佳さんは返事を送ってきた。


そこにはこう書いてあった。


「未確認だけど、ゲームのスクショ。位置的には今ホットなゲームの」

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