第25話 「冷たくなる手」
「ん~……!はあ~……」
いつもより長く感じた午前中を終えると、蓮花さんが立ち上がって伸びをした。
「なんもしてないからお腹空かないや」
「たしかに」
僕は調べものをしていたけど、蓮花さんは紗耶香さんとずっと話していた。
「こんなんならお菓子持ってくるべきかもね」
「近江さん。仮にも授業中なんだからお菓子はダメ」
蓮花さんと一緒に伸びをしていた紗耶香さんに先生がジト目を向けてる。
「そういいながらハルちゃんは食べるんでしょ?」
「食べないよ!ちゃんと間食しないようにしてるの!なのに、そんなの見せられたらテロだよ。テロ。戦争がはじまっちゃうよ?」
「大丈夫。ちゃんとみんなで食べられるようにするから。それでいいでしょ?」
「どう?」と紗耶香さんが言うと、先生は「ぐむっ」と声を漏らした。
「ってダメダメ!授業中!飲むのはいいけど、食べるのはダメ!」
「チッ!」
一瞬流されかけた先生が手でバツを作ると紗耶香さんは舌打ちをした。
「あ、そうそう。購買は一応やってるからご飯持ってきてないなら買いに行っていいよ」
「まじ?じゃあ買ってこようかな。2人は持ってきてるんだっけ?」
「ん。あるよ」
蓮花さんが弁当箱を2つカバンから出した。
「はい」
「あんがと」
二回りほど大きい弁当箱を僕に渡すと、蓮花さんは机の上に広げた。
「あれ。今日はここ?」
いつもは人が少ない場所に移動して食べてるからつい聞いてしまった。
「?うん。人少ないし、いいかなって思ったんだけどダメ?」
「いや」
首を傾げる蓮花さんに「ここでいい」と伝えると、紗耶香さんが立ち上がった。
「待って。ってことは蓮花と一緒に食べれる?」
「ん?そうなる、かな」
「ダッシュで買ってくる!」
紗耶香さんは大慌てで教室から出ていった。
「そんなに急ぐほどのこと?」
蓮花さんは首を傾げた。
「仮想空間にいる教師の一人が昼休みから帰ってこない」と報せが入ったのは、昼休みが終わって5時間目の途中だった。
「大人でもサボるんだ?」
「いや、大人もサボるときはサボるよ。というか、真面目に働いてる方がレア。ほら、風見先生だってぐ~たらじゃん」
「たしかに」
「ちょっと!?」
報せが入ってきたというのに、先生は横になったまま画面をポチポチしてるだけ。そこから動くという気配は1ミリもないようだ。
「あ~……だっる。なんで行かなきゃいけないの?通話でいいじゃん。クソ面倒な」
呼び出されたらしい先生はようやく起き上がり、一息つく。
「はあ。とりあえず話聞いてくるからここにいて。できるだけすぐ戻ってくるから」
先生はそう言って教室から出た。
「昼休みにゲーム、か。いい身分ですこと」
「紗耶香さんだってやってたじゃん」
「まあね」
ゲームは仮想空間に行く以外にも現実世界でデバイスを使ってできるモノがある。
手軽にできるヒマつぶしとあって、現実世界を生きる子ども、特に女子に人気がある。紗耶香さんがやってたのは、そんなゲームの中にあるアイドル育成ゲームらしい。
「や~今日1日でめっちゃ進んだ。毎日これならいいのに」
「飽きない?ゲームあんまりって言ってたじゃん」
「これはなんかできるんだよね~」
蓮花さんの太ももを膝枕にポチポチやってる紗耶香さんが言った。
「誰か調べに行くって話のヤツかな」
「たぶん。そうだと思う」
学校から先生の誰かが調査に出るって話が昼休み前にあったのを思い出す。
「ミイラ取りがミイラになっちゃった、なんて話にならないといいけど」
先生が戻ってくるまで時間がかかると思ってたけど、意外にも20分ほどで戻ってきた。
「はあ……」
教室に入ってくるなり、風見先生は溜息を吐いた。
「現状を伝えるね。とりあえず仮想空間はいけるっぽいけど、安全圏は学校の敷地内までみたい。そこから先はよくわからない、ってことがわかったってとこ」
教卓の前まで来ると、先生が言った。
「で、ゲームをしに行ったバカは名目上は調査。試しにってことで出したみたい。こんなとこかな」
疲れた風な先生はそのままフラフラとイスに向かうとそのまま横になった。
「あ~……ってことだけど、まあ、何があるかわかんないから仮想空間に行くのはナシで。いままでやってたゲームはたぶん大丈夫だと思うから継続してOK。まあ、仮想空間に行けないからこっちでできるゲームだけになるけど」
先生の言葉に紗耶香さんがグッと手を上げた。
「仮想空間にアクセスするのもダメ?」
「学校ならいい、くらい。けど、なんで学校はよくてほかはダメなのかわかんないみたい。というか、学校って言ってもこの校舎のある敷地だけで、ほかの学校は安全圏外らしいの」
なんだそれ。と思ったのは僕だけじゃなかったらしい。蓮花さんも不思議そうに首を傾げてる。
「ほかの学校も?」
「ほかの学校も。よくわかんないよね」
さっき薫さんから聞いた話だと、平穏そのものだったはずなのに、たった数時間でそんなに状況が変わるものなんだろうか。
と、優佳さんからメッセージが来た。
「スクショの追加。プレイヤー視点と交戦エリアの更新」
とだけ書かれてる。
僕は迷わず開いてみる。
「なにか来た?」
「ああ。うん。蓮花には来てない?」
「うん。ナオくんだけみたい。あ、照合お願いって」
蓮花さんは膝枕していた紗耶香さんをどかすと、僕の膝の上に乗っかってきた。
「はあ~いい感じ」
「わ。髪が」
寄り掛かってきた蓮花さんの髪の毛が僕の口に入ってきそうになる。
「あ、ごめんごめん。ん。できそう?」
「うん」
さっきと同じ要領で僕と蓮花さんのマップを重ね合わせる。
重ね合わせるのはいいんだけど、位置調整で蓮花さんが動くせいで柔らかいお尻の感触といい匂いが僕を刺激してくるのが困る。
この体勢の今なら手を伸ばすどころか、近づけるだけであちこちに触れられる。
僕はそんな誘惑に引きずられないように必死で押しとどめる。
「よし。おっけ。そのまま動かないでね」
「はいはい」
蓮花さんが照合してる間、僕は別のファイルを開く。
プレイヤー視点のスクショは5枚。プレビューでも少し見えるけど、すでにヤバイ気がしてならない。
1枚目はフィールドの風景。ひたすら広がる黄色の奥に人影が1つだけ。それだけでかなりフィールドが広いことがわかる。
2枚目はプレイヤーが鏡に映ったもの。特殊部隊もビックリするくらいガチガチの装備が目に入ってきた。
特に目を引くのは、装備、ではなく撮った人の顔。
「死線を潜り抜けた、なんて顔じゃないな……何回も死を経験してる……?」
「え?」
照合中の蓮花さんが反応したので、僕は「なんでもない」と背中を叩いた。そんな背中も柔らかくて心地いい。
抱き合ってるシーンとかドラマにあるけど、そうしたくなる気持ちがわかるような気がしてきた。
僕は視線を画像に戻す。
3枚目は学校にいたときの顔写真。あまりに別人すぎる。
4枚目は別の人が撮ったんだろう。交戦中の連写画像だった。
銃弾が飛び交い、砲弾を撃ち込む姿が映ってる。FPSならよく見る光景。別に特筆することもない。
ただ、気になるのは、血の流れ方があまりにリアルすぎる。倒れてく様も明らかにおかしい。
撃たれればその衝撃で体が吹っ飛んだり、回転したりするのに、このゲームではそれが見られない。
脱力感。
意思を持っていた身体の動きが糸が切れたかのように倒れるのだ。
「ホントにゲームなのか?」と不安になってしまう程にリアルすぎる。
これまでそう言った演出はあったけど、ほとんどが動物で、人間にはなかった。
ヒトにも適用しました、ならそれはそれでいいんだけど、そんな話は聞いたことも見たこともない。
と、蓮花さんが僕の手を握ってきた。
「ねえ。優佳はこれゲームのスクショって言った?」
「え?うん」
「おかしい。なんで?」
僕は蓮花さんのテレコメガネをのぞき込む。
可視化してくれた画面にはニュースサイトの記事があった。
「これとさっき送ってきたデータが一致するの。おかしくない?これ現実世界だよ?」
蓮花さんはもう一度と、僕にやってみせる。
砲弾で穴だらけになった建物、ちらばった瓦礫。すべてが一致していた。
「広がってるの。エリアが。全く同じように」
握っている蓮花さんの手が冷えていくのを僕は感じた。
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