第26話 「飽きと刺激」
「画像が一緒、とか?」
「そう思って聞いたんだけど、撮ってきてもらったモノだって。ほら。ここ。薄くIDが入ってるでしょ?」
と、蓮花さんが指した方の画像にはたしかにうっすらとIDが見えた。そのほかにも細工が施されていて、編集するのはちょっと難しそう。
ちなみにこのIDはパスワードで解除することができるため、蓮花さんが照合したのはそのパスワードを解除した画像ということになる。
「ってことはホンモノってことか」
「こっちも、ね」
蓮花さんは僕が可視化してる方の画像を指した。
「ん~調べてみてるけど、やっぱり今のところゲームのタイトルは公表されてないみたい。ヘンなの。タイトルがわかんなきゃ困るんじゃないの?」
紗耶香さんが首を傾げた。
僕もリリースされたゲームのタイトルが公表されてないなんて初めて聞いた。
けど、そもそも本来プレイすれば残るはずの履歴にプレイした痕跡が残ってないんだからそこからしておかしい。
「ん~……もう調べるのも限界かな。どれもウワサの域を出ないし」
僕はメガネを外して伸びをした。
「けど、この画像は?」
蓮花さんは優佳さんが送ってきた画像を指した。
「ホンモノだけど、今のところそれ以上の情報はないでしょ。仮想空間と現実世界が同期してるとして、何ができる?せいぜい一致しました、で終わりだよ。僕らには打てる手立てはない」
蓮花さんが唸った。けど、何もできない事実は目の前に横たわっているのは変わらない。
「仮想空間で握れる銃はここにはないし、対抗できる装備もない。現実世界のコレが僕らのところにまで飛んでこないことを祈るしかないんじゃない?」
「祈るって……そんな神頼みするしかないワケ?」
紗耶香さんがイヤそうな顔をした。
「対抗手段があるなら別だけど、何かある?」
そういうと、紗耶香さんも唸った。
とはいえ、戦火が広がってるのも事実。今のところはヒューマノイドたちだけが誰もいない廃墟で撃ちあいをしてるだけだけど、それが人が住むエリアに到達するのは時間の問題な気もする。
そうなったとき、人類はそこに加わるんだろうか?
僕には一抹の不安がよぎる。
けど、僕にはどうすることもできない。見てるだけ。先生みたいに余計なことを考えずに、ゴロゴロしながら怠惰に時が過ぎるのを享受する方がまだマシな気がしてきた。
「どっちにしろ、これ以上調べたところで憶測の域は出ないんだ。優佳さんならもうちょっと踏み込んだ情報が得られるかもしれないけど、それでも限界がある」
「じゃあ、何もしないでこのまま放置?」
紗耶香さんが「それでいいの?」みたいな目を向けてくる。
「様子見。優佳さん風に言うなら」
どっちにしろ僕らがいる場所では武器を握ることはできない。握れたとしてもナイフか包丁くらいなもので、遠距離攻撃への対抗手段がない。
「結局そうなるのね」
紗耶香さんは寝っ転がったままぐいーっと身体を伸ばす。
「はあ。よいしょ。まあ、これだけに執着してもしょうがないか。ナオの言う通り、これ以上何かしたところで何もできないのは事実だし」
身体を起こすと、机に突っ伏した。
「優佳のお手伝いだけ?」
「くらいじゃない?まあ、それもどこまで効果があるのかわかんないけど」
「どういうこと?」
首を傾げる蓮花さんに僕は何も言わなかった。
それから4日間、僕らは学校に普通に行き、とりあえず席に座ってるだけという謎の時間を過ごした。
さらに1週間が経っても状況は変わらず、学校に来るのは数人程度。何となく居合わせる人減ってる気がしなくもないけど、どこの誰かもわからない人をいちいち覚えてるほど余裕はなかった。
「あ~……今日何する?ハルちゃん、なんかない?」
「え~?」
学校に来て早々、紗耶香さんが椅子の上でゴロゴロしていた。
ヒマを持て余した蓮花さんと紗耶香さんの手によって描かれた絵の下で風見先生は今日もぐ~たらな1日をはじめている。
「家ならいくらでもヒマつぶしできるけど、なんもないじゃん。もうヒマつぶしも限界なんだけど」
「そんなこと言われても授業できないんだからしょうがないでしょ。っていうか、ちゃんと本持ってきてあげたんだから読めば?少しはアタマよくなるよ?」
「それムズいから眠くなるんだよね……」
「あ~……」とゾンビみたいな声を出した。
「ハルちゃん。こっちの先生の数って変わってない?」
「ん~?たぶん変わってないんじゃない?あ、向こうは2人いなくなったって」
ここ1週間でいなくなった先生は4人。いずれも若い男の先生らしい。
「正義のヒーローになりたいのかな。救いに行くってさ」
と、風見先生がつまんなそうに言った。
「行っても地獄しかないのに?」
「それでも行きたいんじゃない?わかんないけど」
最近増えたのは、いなくなってしまった人たちを救おう、という呼びかけ。それに呼応するかのように、仮想空間の人たちが姿を消してるらしい。
「2週間でプレイ人口が億を超えたって」
「どこまでホントなのかね?」
僕は蓮花さんの太ももを膝枕に横になった。
蓮花さんが僕の上に座ってくるからその仕返しみたいな感じでやるんだけど、蓮花さんは自然に受け入れてる。
仰向けになると、服を持ち上げてる山が2つ目に入る。
優佳さんが絶景と言って僕にも教えてくれたんだけど、僕にはちょっと刺激が強い気がする。
「そうなんだけど。その代わりほかのゲームは一気に過疎ってるみたい」
「そんなの小学生でもわかる。引き算でしょ」
「む」
僕の雑な返しに不満なようで、蓮花さんは頬を膨らませた。
「ん~……今日はこのくらいかな。もう飽きてきちゃった」
蓮花さんはそう言ってスクロールする手を止めた。
「毎日やってればさすがに飽きるでしょ」
「ん。でもやってないと落ち着かなくって」
交戦エリアの拡大はまだ続いていて、そろそろ中東の砂漠全体が先頭エリアになりそうなところまで来ている。
「何かあれば薫から連絡が来るんだからそれまで放置でよくない?」
「そうしよっかなあ」
前の席で僕の足の上に足を乗っけてる優佳さんが言うと、蓮花さんはテレコメガネを外した。
「でもほかにやることないんだよね」
「読書も飽きたしね」
と、2人の席を見ると、先生が持ってきた1冊と図書室から借りてきた1冊が机の上に置かれていた。
「そろそろ身体動かさないと鈍るね」
優佳さんが席を立った。
「かな?そんな気はしないんだけど」
「や。走るとわかる。結構ヤバイ。このままあのゲームに行ったらハチの巣にされるくらいにはヤバイ」
グッグッと優佳さんはストレッチをしはじめた。
「ナオ。アンタずっとそんなだけど、大丈夫?いざってとき動けない男子ほどダサいのないよ?」
「失礼な。ちゃんとやってるよ。ほら」
僕はわずかに浮かせてる足を指した。
「腹筋だけでしょ?もっとこう、全体的なのは?」
だんだん優佳さんの言わんとすることが見えてきた。
「わかった。紗耶香さんだけじゃしょぼいから僕を入れようって魂胆でしょ?」
「は?違うし」
目がマジだった。全然違うらしい。
「ナオくん。どうせこのままでも飽きるから体動かさない?ハルちゃんみたいになるよ?」
と、蓮花さんはぐ~たらな風見先生に目を向けた。
「ちょっと、私みたいってどういうこと?そんなに太ってないでしょ?」
先生は立ち上がって腰に手を当てた。たしかにあれだけぐーたらしてるのに太ってるようには見えない。
「でも夏行けなかったじゃん」
「ぐっ!」
痛いところ突かれた、と先生が胸を押さえた。
「仕事!そう!仕事が忙しかったの!」
「はいはい。言い訳言い訳」
蓮花さんがヤレヤレと肩をすくめる。
「くっそ!ならいいよ!勝負しようじゃない!身体動かしたいんでしょ!?」
先生が蓮花さんに向かって指をさした。
そんな絶妙なタイミングでぽーんと、通知が鳴った。
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