第11話 「波止場と夕日と」
「アップデートの情報が入ってこない……?」
店員さんの言葉に耳を疑った。
「そんなことありましたっけ?」
「ない。ううん。正確に言えば稼働当初はあったみたいだけど、親の親のさらに親世代からはないって。3世代前の都市に行って聞いてきたから間違いないと思う」
現実世界におけるヒトの寿命は80年そこそこ。仮想空間ができてからもそれは変わっていない。とはいえ、それはあくまで現実世界の話。
仮想空間に移ってしまえば、その寿命の概念がなくなる。肉体も衰えることは知らず、鍛えれば鍛えた分だけ肉体に返ってくる。
だから最前線にいるのは100年前後のキャリアを持つ歴戦の猛者と、その話を聞いて感化された若い連中が集まっている。
アップデートの情報の多くはそんな彼らからもたらされるんだけど、それがどうも連絡が取れないらしい。
「最前線に何かあった?」
「って考えるのがフツーなんだけど、前線の人もわからないんだって。一応ゲームメーカーの運営が動いてるみたい」
そりゃそうだ。ゲームメーカーはアップデートを頼りに新しいゲームの構想を考える。そのアップデート情報が入ってこないとなると、死活問題だ。
「まあ、それだけ。何となく不安だから仮想空間に行くときは気を付けて。ただ、あんまり人に言って表沙汰になると面倒なことになるから、このことは誰にも言っちゃダメだよ」
店から出て、何となく海の方に足を延ばす。
知らないうちに太陽は真ん中を過ぎて傾きつつある。
「むこうに行くときに気を付けろって言われてもなあ……」
「ね。どうしろって話だよね」
花村さんはチェーンを跨いで波止場の先端まで行くと、足を海に投げ出して座った。
「熱くない?そこ」
「熱いよ?」
花村さんは海に目を向けたままそう言った。
「でも、こうしてないとなんか流されるような気がするんだよね。たぶん、それって良くないんだと思う」
海と山、それから燃えるように赤い大きな赤い屋根の建物を背景に、そう呟いた背中はあまりに小さかった。
僕はその存在がちゃんとあることを確かめるように、隣に座った。
ふと、気になったことを聞いてみる。
「なんで僕のサポートを?」
「頼まれたの。生活能力がないからって」
「そうじゃなくて。だとしても断れたでしょ?」
僕だったらどこの誰とも知らない異性と会ったその日から一緒に住むなんて頼まれたってできない。
今、それができてるのは、ほかにいく場所がないのもあるけど、花村さんがいろいろやってくれてるからに過ぎない。僕と花村さん、どっちが負担が大きいか、なんて考えるまでもない。
「ん~……そうだよね。でもなんでだろ?断るって選択肢はなかったな」
花村さんは投げ出した足をバタバタさせた。
「あ、でも、そんなこと言ったら狩村くんだって同じじゃない?私じゃイヤだって断れたでしょ」
僕はきょとんとしてしまった。
「断る?僕が?」
「うん。だって同じクラスの女子と一緒に住むって困ることあるんじゃない?」
「困ること?ないと思うけど?」
「え?そう?」
だって家事全部やってくれるんだよ?断る理由なんてないじゃないか。
僕がそう伝えると、花村さんは首を傾げた。
「あれ?困るって聞いたんだけど」
「誰から?」
「いろんな人。狩村くんが来る前に聞いたの。ほら。必要なモノとかあるでしょ?」
「ふうん」
準備も何もない僕と違って、花村さんはしっかり準備してくれていたらしい。
「そのとき言ってたの。蓮花と一緒に住むって大変そうって」
「全然そんなことないと思うけどなあ」
というか、こんなかわいい子と一緒に住めるってむしろいいことじゃないの?
と、隣に目を向けると、花村さんと目が合った。
夕日に照らされたその顔はいつもより赤い。
「ん。ならよかった」
花村さんはそう言って立った。
「そろそろ帰ろ?暗くなると大変だから」
そうするのが当たり前かのように、僕に手を伸ばした。
僕はその冷たく柔らかい手を取って立ち上がった。
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