第12話 「至れり尽くせり」

「日焼け止め塗らなかったの?真っ赤だよ?」

「日焼け止め?」


花村さんは風呂から出てきた僕の腕を指した。


「え。知らない?太陽の紫外線で焼けるんだよ。ひどいとやけどしたみたいに水ぶくれもできるよ」

「そうなの?」


ヒリヒリする腕に服が触ると、鈍い痛みが走る。


「狩村くんは赤くなるんだね」

「花村さんは違うの?」

「私も赤くなるけど、あとで黒くなるんだよね」


そう言ってる花村さんの肌は雪のようにとは言わないけど白い。黒くなるというなら焼けないように気を遣ってるのか。


「あっちじゃなかった?」


花村さん白い脚に目を向けてるとそう聞かれた。


「ん~……あったのかもしれないけど、僕には関係なかった。基本仮想空間にいたし」

「あ、そっか。仮想空間にも日焼けってないもんね」


花村さんはそう言ってテーブルにお皿を置いた。今日はカレーらしい。


「よいしょ。食べよっか」

「はいはい」


手を合わせてから花村さんが作ったカレーを一口。


「うま……」


市販のルーだけど、カレー自体こっちで食べるのが久しぶりだった。仮想空間にもカレーはあるけど、こんな味じゃなかった。


ピリッと辛いけど、その辛さがスプーンを進める原動力になる。


「よかった」


フワッと笑う花村さん。これがまた絵になるくらいかわいい。


「鍋いっぱいに作ったからおかわりもあるよ」

「ん。なら、遠慮なく」


僕は満足するまで花村さんのカレーを堪能した。


初めて感じる満腹感で動けなくなった僕は、畳の上に横になる。


「あ~……食べ過ぎた……」


花村さんは横になった僕を見て笑いながら食器をキッチンに持っていく。


「そんなにおいしかった?」

「うん。しばらくカレーでもいいくらい」


汚れた食器を食器洗浄機に入れると、昼間買ったメガネを手に戻ってきた。


「そんなにずっとは飽きるって」

「そうだけど」


「よいしょ」と花村さんは僕の隣に座った。


「これ、使えるようにできる?」


とケースからメガネを取り出した。


「え?ああ、うん。待って。僕も設定したいけど、満腹すぎて動けない」

「そんなに?でも結構ご飯なくなってたもんね」


花村さんはそう言って立つと、僕の部屋の方に歩いていった。


「んっと、あ。これかな」


そんな声が聞こえたと思ったら、花村さんが戻ってきた。


「はい。あ、使ってるのもあった方がいい?」

「ああ。うん」


寝っ転がってる僕にそう言って渡してくる。スカートの中の水色が丸見えなんだけど、気付いてるのかな。


「どこにある?取ってくるよ」

「あ~……風呂?部屋じゃないと思うけど」

「ん。見てくるね」


花村さんはキッチンの方から風呂場に向かった。


何もしなくてもやってくれるってこんなにもラクなのか。


都会にいたときは現実世界でも仮想空間でも、全部自分でやっていた。


親父も母さんも仮想空間にいて自由を謳歌している。連絡は取ってるから生きてはいるらしいけど、母さんは物心がついたころから姿を見た覚えがない。


仮想空間ができたばかりの時代はそんなこと考えられなかったらしいけど、今の時代はこれが普通。というか、親父とやり取りできてる僕の方が恵まれているまである。


子供のときにこうして現実世界にいるのは、仮想空間に何かあった場合、こっちで生きていく術を身に着けるため。それ以上もそれ以下もない。


なんて益体もないことを考えてると、風呂場の方から足音が近づいてくるのが聞こえた。


「あったあった。はい」


花村さんは僕にメガネを渡すと、また隣に座った。隣と言っても人一人分くらい空いてるけど、まあこのくらい近づけたと考えるのがいいんだろうな。

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