第28話 「帰還と代償」

「あ~!楽しい!やっぱ誰かと一緒にできるっていいね!」


優佳さんに負けた先生が僕の横に来て横になった。


「あ~冷たくて気持ちいい~」


うつ伏せになると、火照った熱を逃がすように顔を床に当てた。


「やっぱギルマスやってるだけあるね。あんなに動けるとは思えなかった」

「でっしょ」


紗耶香さんが自分のことのようにドヤ顔で言った。


「優佳はやる気になればすごいんだから」

「そのやる気が少しでも勉強に向いてくれるといいんだけどねえ」


先生はその願望が望み薄なのがわかってるかのように、溜息を吐いた。


「よっし!へっへ~!勝ち~!」

「んあ~~!!!くっそ~!!」


声がした方に目を向けると、蓮花さんが手を挙げていた。


「なんであんなに動いてるのに平気な顔してんの?おかしくない?」

「ふ。まだムダが多いってことだよ」

「まだか~……」


優佳さんは僕にも聞こえる大きさでつぶやくと、こっちに歩いてきた。


「ってことで、ラスト。ドンケツのナオくん」


蓮花さんはそう言って僕を指すと、「かかってこい」と手をくいっくいっと動かした。


「ドンケツ……」


なぜか紗耶香さんが「ドンケツ」に反応した。


「近江さんが何を考えてるのか手に取るようにわかるわ……」

「へ?なに言ってんの?やだな~ハルちゃん」

「その反応がすべてを語ってるってわかんない?」


そんなしょーもない話をしてる2人を置いて蓮花さんが待つコートに向かう。


「動ける?」


蓮花さんはボールを数回弾ませると、ゴールに向かってシュートを放つ。


放物線の頂点を越え、わずかに落下をはじめたところでスパッ!とボールがネットに当たる音だけが響いた。


「お!幸先いい!」


コレも「デキる」のか。なかなか大変だなあ。


「蓮花が思ってるよりマシ……だといいなあ、くらいかな」

「ぷ。なにそれ。もうちょっと自信持ってよ」


クスクス笑うと、蓮花さんは僕にボールを渡した。


「ハンデってことで」

「ん」


蓮花さんはゴールを背にして僕と向き合う。


「いつでもいいよ」

「はいはい」


と、ちょうどチャイムが鳴った。


「ありゃ。時間切れ?」


蓮花さんが先生の方を向いた。


「そのまま続けてもいいよ~」


先生は寝っ転がったまま手をひらひら振ってる。


「だって。どーする?」

「バトミントンは?」

「そういえば遅いね。どうしたんだろ?」


蓮花さんが用具入れのドアを開けると、首を傾げてるヒューマノイドがいた。


「どうしたの?」


蓮花さんが聞くと、ヒューマノイドは蓮花さんにラケットを渡した。


「ん。このくらいで大丈夫だよ?」


どうやら張りの強さがわからなかったらしい。


ナゾが解けた、と目を輝かせると、残っていた4本のラケットの調整をあっという間に済ませてしまった。


僕にも渡してくる。どうやらこれでいいのか聞いてるようだ。


「僕もこのくらいでいいかな」


ヒューマノイドが頷いた。


それから体育館の床に寝っ転がってる3人にも渡して、ネットを張ると端に行って動かなくなった。


「あれ。バスケは?」

「ん。大丈夫。こっちで勝負するから」


僕はヒューマノイドから受け取ったシャトルをネットの向こうにいる蓮花さんに向かって打った。


軽く打ったシャトルは天井に向かって打ちあがると、放物線を描いて落ちていく。


「ふっ!」


蓮花さんが打ち返す。


僕の横を真っ直ぐシャトルが通り抜けた。


「ちょっと~!ナオ!真面目にやって!」

「ムチャ言うなよ」


顔の横なんてどうやって打ち返せって言うんだ。


「あっは!ごめんごめん。今のはムリだったね」


「久しぶりだったから思いっきりやっちゃった」と蓮花さんは手を合わせて謝ってきた。


「あ、何点にする?」

「点?」

「うん。バスケと一緒で交代でしょ?」


「そうなの?」と僕は優佳さんたちがいる方を見た。


「ん~……どーせ明日もできるだろうから~5点でどう?」


優佳さんが手をパーに広げた。



ゲームのアップデートの通知が来た日からさらに月日が流れた。


10月になり、少しずつ暑さが寒さに変わりつつある日の朝のことだった。


「え~……本来ならテスト期間なんだけど、この状態なのでテストは中止。課題を出すからそれを提出すること、だって」


朝礼で風見先生が教卓の前で言った。


「課題?」

「そんなの聞いてないんだけど」


首を傾げた僕に優佳さんが便乗した。


「私もさっき聞いたの。ちゃんと課題も送られてきてるはずだから確認してみて。あ、授業時間でやってもオッケーだからね」

「これ?」


と蓮花さんが課題が添付されてるメッセージを可視化してくれた。


「そっそ。突貫だから大した量じゃないって。終わったらまた自習」

「ならさっさと終わらせよっか」


と、蓮花さんが言ったところで廊下の方から話し声が聞こえてきた。


「ん?」


横になっていた先生が起き上がってドアから廊下の方をのぞき込む。


「あれ?ん?ちょっちょ!?え!?ん!??」


先生はヘンな声を上げて教室の中に顔を戻す。


「え?ちょっ、ちょっと!誰か一緒に見て!!」


先生がそう言うと、紗耶香さんが立った。


「どったの?ハルちゃん」

「来た!来たの!!」

「はあ?」


紗耶香さんが怪訝な顔をしてるうちに話し声はどんどん大きくなっていく。


「クッソ!なんだあれ?あとちょっとで落とせそうだったのによ!」

「ホントそれ!なにあれ!ふざけてるでしょ!」


漏れ聞こえてくる声は罵声の嵐。


蓮花さんが困ったように僕を見てきた。


「チッ!こりゃ運営にクレームだろ。なんだアレって」


教室に入ってきた男子は手近なところにあったイスを引いてどっかり音を立てて座った。


「いい感じのとこまで行ったのになあ。全部吹き飛んじゃったかなあ」

「かわいかったのにね」


文句を言ってるヤツもいれば、茫然としてるヤツ、それを慰めるヤツもいて急に騒がしくなった。


「ちょ、ちょちょちょ!え!どうしたの!?ってか大丈夫!?」

「あ?」

「大丈夫じゃないって!急にピカ!って光ったと思ったら全員死亡でコンティニューできなくなってさ!仮想空間にも行けなくなったんだけど!」

「え?仮想空間に行けなくなった?」

「そうそう!なんかヘンなカウントダウンが表示されるだけで行けないの!意味わかんない!コレも壊れたみたいで反応しないしさ~」


と、女子が腕にしていたブレスレットを指した。


「え、反応しない?」


と先生が声を出すとみんなが頷いた。


「待って待って。デバイスが反応しない人は?手を挙げて」


と言われるとゲームに行かなかった僕ら以外の全員が手を挙げた。


「ええ?全員?」

「だからそう言ってるじゃん。たぶんあのゲームやってた人全員が使えなくなってんじゃない?」

「え?ちょ、ちょっと待って。確認してくるから」


先生はそう言って教室から出ていった。


「まったく反応しないの?」

「うん。ぜーんぜん。こーやってもなーんも出てこない」


優佳さんが前の席にいる女子に聞くと、そう返ってきた。


「メッセージも?」

「ムリムリ。できたら来ないって」


女子はそう言って手を振った。


「優佳は結局行かなかったの?」

「え?ああ、うん。ちょっと気になることがあって調べてたから」

「あ、そういえば彩が何か聞かれたって言ってたっけ?なに聞いたの?」


と2人の話を聞いてると、右腕を突っついてくる感触があった。


その方に目を向けると、テレコメガネをかけた蓮花さんが僕に顔を向けていた。


メッセージが入る。


送ってきたのは目の前にいる蓮花さん。


「目の前にいるのに」


と僕が言うと人差し指を立てて口に当てた。


僕は仕方なくメッセージを開く。


そこにはこう書いてあった。


――行った人全員のIDが消えてる。名簿にみんなの名前がない。


蓮花さんの手が僕に触れる。


ようやく最近冷たさがなくなってきたと思ったのに、その手はまた一段と冷たくなっていた。

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