第14話 「友達とTシャツ」
引っ越しから1週間が経った。
午前中はメガネが使えるようになった蓮花さんと一緒に外を散策し、暑くなってくる昼ごろには家に戻って前日に発注した荷物を受け取る生活をしていた。
おかげで僕の部屋はかなり充実した空間になった。
「よいしょ。ふう」
「どう?わ、なにこれ!」
蓮花さんは僕の部屋に入ってくるなり、声を上げた。
「なにこれ、って毎日見てるじゃん」
なにを今さらとため息を吐く僕に蓮花さんもため息をついた。
「そうだけど、ここまで機械だらけになるなんて思わないでしょ。わ、なにこれ?」
そう言って僕の机の上にあるデバイスに手を伸ばした。
「こんなのなにに使うの?」
グローブのようなデバイスを手にはめてカチャカチャ握ったり開いたりして遊んでる。
「仮想空間でのラグの調整。アップデート直後のFPSとかだとラグが起きててズレるから」
「あ〜聞いたことあるかも。一瞬のズレが致命傷になるんでしょ」
「そっそ。これはそれがどのくらいかを調べるために使うんだよ」
「仮想空間じゃダメなの?」
「ダメじゃないけど、現実世界じゃないとうまく合わないんだよね。僕は」
「ふ〜ん。FPS以外にも使えないの?手の動きだけだったらほかでも使えそうだけど」
蓮花さんはフローリングカーペットの上にあるデスクチェアに座った。
「なんでも使えるよ?音楽やってる人とかも使ってるって聞いたことある」
「ほかは?」
「ほか?う〜ん……」
このデバイス自体指先の感覚調整でしかないから、さっき言った以外の使い道を僕は知らない。
「あれ、なんか出てきた」
カチャカチャ遊んでいた蓮花さんが声を出した。
そうそう。蓮花さんは今もテレコメガネを着けてる。
1週間ずっと使ってだいぶ慣れたらしく、手であれこれやっていた動作もすっかりなくなり、目の動きだけで操作できてるようだ。
「ああ、それは誰でも使えるヤツ。仮想空間につなぐものじゃないからIDがないとダメってヤツじゃないんだよ」
「へえ〜。どうやるの?」
蓮花さんは僕が使う道具1つ1つ手にとっては、「実際に使ってみたい」と言ってくる。
ここにあるのは基本的に誰でも使えるものだけしかないから、聞いてくるたびに使い方を教えるんだけど、ちょっと教えるだけですぐ使いこなせるようになる。
「僕より蓮花が使った方がいいんじゃない?」
「そんなことないって。こんなの全然でしょ。あ、こーすると、現実と向こうがつながった感じになるんだ。へえ〜!あ、確かに、ちょっと違うかも!」
蓮花さんはそう言って楽しそうに手で何かをやってる。
「あ、通話だ。出ていい?」
「どーぞー」
僕の部屋から出ていくのかと思ったら、そのまま出た。
「やっほやっほ!」
『やっほ~!あ、そこが新しい家?』
「そー!いいでしょ?」
蓮花さんは手を動かして僕にも画面を見せてきた。
黒髪ショートの女子は八重歯がチラ見えしてどこか猫っぽい雰囲気がある。
『どう?新しい家は?』
「めっちゃ広い!しかも2人しかいないから2階の部屋全部私が使えるの!」
『へ?全部?』
「そう!全部!ヤバくない!?」
『ヤバ……そこも?なんか機械だらけだけど……アンタ、そんな趣味あったっけ?』
「ううん。ここはナオくんの」
『ナオくん……?って、え?アンタ、男と住んでるの!?』
ガタン!と立ち上がった音がした。電話の向こうにいる女子の顔が画面の外に消えてる。
「そうだよ?言ってなかった?」
『聞いてない!!あ!もしかしてこの前の!?家まで案内してって!』
「そうそう!よく覚えてるね!」
『バカにしてんな!?』
「バカじゃん!赤点3つ!」
『1つだし!あ〜くそ。余計なこと思い出しちゃったじゃん』
頭をガシガシしながら画面に戻ってきた。
『ってアタシのことはどーでもいいの!大丈夫なの!?男子なんてケモノだよ!ケモノ!!』
「そうかなあ?」
蓮花さんは気の抜けた声で僕の方に目を向けてきた。
「ケモノには見えないけど」
『そんなスキだらけだとあっという間に食べられちゃうからね!』
「そうなの?」
なんで蓮花さんは僕を見てくるんだろう。って言うか、僕に聞いてる?
首を振ると蓮花さんはクスッと笑って「違うって」と画面の向こうにいる女子に言った。
「え?ちょっと待って?近くにいるの?」
「そりゃいるよ?ナオくんの部屋だもん」
『はあ!?』
ガタガタドスン!!と大きな音がした。
「何の音?」
「たぶんベッドから落ちた音だと思う。優佳っていうんだけど、いつもベッドに寝っ転がって通話するんだよ。で、しょっちゅう落ちるの」
「ふうん」
ベッドで寝るの向いてないんじゃないの?と思ったけど、あえて言わなかった。
「箱、向こうに置いてくる」
「あ。私も行く。テキトーに置かれたらまたやらないといけないし」
と蓮花さんが席を立とうとしたところで僕は蓮花さんのおでこを指で抑えた。
「来てもいいけど、先にそれ外してから」
僕は蓮花さんの手を指した。
「あ、そっか。ごめんごめん。って、これどうやって外すの?」
「ここにロックがあるから――」
なんて話してると、ふと視線を感じる気がした。
『蓮花さ~。1週間だっけ?』
「なにが?」
『決まってるじゃん。一緒に住んでるの』
「そうだよ?」
『ふうん?それにしては随分親密じゃない?よいしょっと。いたたた……』
通話の画面の向こうに女子、もとい優佳さんの顔が映った。けど、さっきの世間話風な顔つきから、お気に入りのオモチャを見つけたような目に変わってる。
「そう?」
蓮花さんがまた僕に聞いてきた。
「僕が知るわけないだろ。っていうか、トイレと風呂と寝る時間以外はずっと一緒なんだよ」
『え。なにそれ。そんなにずっと?』
「だってご飯も掃除もできないんだよ?IDなしで。死んじゃうでしょ」
『は?IDないって、そんなことある?』
優佳さんはベッドでうつ伏せになった。
「あったんだよ。言っとくけど、なくしたわけじゃないから」
『ええ?じゃあどうしたの?なきゃ死ぬって言われてるでしょ?』
「だから一緒にいるんだって」
『ふうん』
優佳さんは納得してない声を出した。
『狩村、だっけ?』
「そうだけど?」
『アンタ、学校はじまったら気を付けた方がいいよ。マジで』
優佳さんはそう言うと、一方的に「明日遊びに行くから」と言って通話を切った。
「あれ。切れちゃった。おかしいな。いつもならもっと話すのに」
蓮花さんはそう言って手でカチャカチャやってる。
「そうなの?」
「うん。9時すぎくらいから寝るまでとか」
「ええ?3時間とか?」
「かなあ。あんまり時間見てないからわかんないけど」
「ふうん」
機材が入っていた箱を持ち上げると、蓮花さんがドアを開けてくれた。
「ありがと」
「ん。そろそろご飯作ろっかな」
「ん~!」と伸びをする蓮花さん。僕が持ってきたTシャツを部屋着にしてくれてるおかげで、伸びをすると下から薄ピンクが覗く。
「なんで僕のTシャツを部屋着にするかな……」
「え~?だってワンピースでも中蒸れるんだもん。ばっさばっさやるより良くない?ちゃんと隠れてるし」
「ほら」と蓮花さんは言うけど、階段を上るときとか、座ってるときにも見えるんだよなあ。
「持ってるTシャツは短いし、かといって部屋着で新しくTシャツ買うのもヘンじゃん?」
「それはまあ、わからないじゃないけど」
動きやすい服は基本的に仮想空間にしかない。そもそも身体を動かすことは仮想空間でやるのが当たり前。
だから部屋着と銘打っているものでも、現実世界で買うとだいたい生地が固くて寝るには適さない。だから必然的にクタクタになるまで着倒した服が部屋着になる。
「もしかして僕が着てるコレもそのうち蓮花の部屋着になるってこと?」
「そうだよ?大丈夫。誰か来るときはちゃんと着替えるから」
自信満々で言った蓮花さんだけど、すでに致命的なミスを犯してることに気付いてない。だから僕はちゃんと聞かないといけない。
「ホントに大丈夫?それで通話に出たよね?」
「……あれ?」
大丈夫かなあ?すごく不安でしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます