第15話 「友達、襲来」
1週間で変わったことと言えば、呼び方が随分変わった。
初日と2日目こそ「狩村くん」だったけど、今はすっかり「ナオくん」呼びが定着してる。
僕の方も「蓮花」と呼ぶようになった。といっても、僕が意識的にそうしたわけじゃなくて、そう呼ばないと蓮花さんが反応してくれないのだ。
現に、
「蓮花さん。醤油取って」
「……」
反応なし。
「蓮花」
「ん」
醤油が手元に来た。蓮花さんの顔を見ると、「正解」とでも言いたそうなくらいいい笑顔。
文句の1つも言ってやりたいけど、名前を呼ぶだけでニコニコになるのがかわいくて言おうとしていた文句が消し飛んでしまう。顔がいいってそれだけでズルい。
「優佳さん、明日来るって言ってたけど、ホントに来るの?」
「うん。さっき聞いたら午後来るって」
蓮花さんはそう言ってそうめんをすすった。
「ふうん」
最後の一口をすすると、今日の晩御飯は終わり。
「ふう。ごちそうさまでした」
都会で仮想空間の生活に慣れた僕の身体はそうめんと冷奴だけなんてシンプルな晩御飯でも満足するらしい。品数そのものは2個と少ないように思うかもしれないけど、薬味と天ぷらもあって、食べる楽しみを感じるには十分だった。
「あっという間になくなっちゃったね。もうちょっと食べる?」
「あ~……そうだなあ」
揚げたての天ぷらがウマくてあっという間に食べてしまったせいか、満たされた感覚はまだしない。僕は頷いて食べる意思を示す。
「ん。じゃあ、ちょっと待ってて」
蓮花さんはそうめんが入ってた皿だけを持ってキッチンに向かった。
「たしかうどんがあったはず……あ、あったあった」
冷蔵庫を開けて中を探してるだけなんだけど、僕からは薄ピンクのパンツと形のいいお尻が見えてる。
パタンと冷蔵庫のドアが閉まる音がすると、ぷるぷるのお尻がシンクの方に移動する。
「すぐできるよ。あ、麺つゆ足りる?」
と、腰が回る気配。
FPSで鍛えられた僕は視線を自分と蓮花さんのお椀の方に移す。
「あ~……ちょっと足りないかも」
「そう?」
と、水が入った鍋に火をかけて蓮花さんが戻ってきた。
「ホントだ。ん~……少し足そっか」
冷蔵庫から麺つゆを取り出して鍋の中にチョロチョロ注いだ。
「で、ちょっと水と氷を入れとけばいい感じになるかな〜」
たかがこの程度のことなのに、蓮花さんは楽しそう。
「よし!じゃ、うどん茹でてくる」
「はいはい」
実に平和でぐーたらな生活。都会にいたときはあんなに入り浸ってた仮想空間だけど、案外行かなくてもなんとかなるんだなと思ってしまう。
「できたよ~」
いや、この楽しそうな顔を見れるだけでいいんじゃないかな。
僕はそう思った。
優佳さんがウチに来たのは、1日の中で一番暑い午後2時。部屋で調べものをしてるときだった。
「あっつ~!蓮花、なんか飲み物!」
「はいはい~」
玄関先から聞こえた声に蓮花さんが応えた。服は午前中散歩に出かけたときのまま。残念ながらスカートに隠されていて白のパンツは見えない。
そういえば、都会じゃ考えられないんだけど、この辺の人たちは家のカギをかけないらしい。
「だって盗られて困るものなんてないし。っていうか、むしろピンポン押す方が怖い」
と、蓮花さんの言葉。
来たらインターホンを鳴らすんじゃなくて、中に入って叫ぶ。実に原始的。
蓮花さんが麦茶を持って玄関の方に向かう。
「あ~……涼しい。やっぱ向こうの方がいいわ。蓮花も来ればいいのに」
「そうなんだけどね~。こっちに慣れとかないといけないでしょ?」
「慣れるってったって、そんな変わんないでしょ」
そんな話し声が玄関の方から聞こえてくる。
「ぷは~!あ~うま!よいしょ。おじゃましま~す!」
2人分の足音が部屋の前を通り過ぎてリビングの方に向かう。
「あれ。同居人は?」
「いるよ?呼ぶ?」
「ん~……まだいいや。隠したいものがあったら可哀そうだし」
「え?隠したいもの?」
「そっそ」
本気でわかってなさそうな蓮花さんの顔が浮かぶ。
「まだ蓮花には早いかなあ」
「ええ?なにそれ?」
優佳さんは蓮花さんの頭を撫でた。
僕は2人の声をBGMに調べものへと意識を向けた。
調べものが終わり、僕は付けていた機材一式を外す。
「ふう……やっぱ仮想空間につなぐのは棺桶じゃないとダメ、か」
調べていたのは、棺桶以外に仮想空間に行く方法があるか。水道や電気と同じように、一般的な家ならどこにでもある設備なのに、なぜかこの家にはどこにもないのだ。
仮想空間に行けないと何かと不便では?と思った僕は調べていたんだけど、やっぱり棺桶以外になかった。
わかってはいたけど、そうなるとこの家に棺桶がないのはちょっと気になるな。
僕は部屋を出た。
「――って言ってさあ。ん?」
昨日画面で見た女子の顔が僕の方に向いた。
「あ、調べもの終わった?」
女子につられて蓮花さんの顔がこっちに向けられた。
「ああ。うん。やっぱないって」
「そっか。まあ、別に私は困らないからいいよ」
蓮花さんはそう言って麦茶を取りに行った。
「ないって?」
「棺桶」
「よいしょ」と座って足をローテーブルの中へ足を伸ばしたら、何かに当たった。
「ひあ!?」
聞いたことない声にビックリした僕は発生源に目を向けた。
「あ、優佳足弱いから触らないように気を付けて」
「そういうのはもうちょっと早く言って」
顔を真っ赤にして優佳さんが僕を睨んでる。
「そんなにダメ?」
「ダメ。ムリ。次やったら消す」
目がマジだった。怖い。
「蓮花、大丈夫?何かあったらアタシに言って。ぶっ飛ばすから」
「ぶっ飛ばさなくてもいいって。はい。これでも食べて落ち着いて」
と、優佳さんの前に置かれたのは、チョコモナカのアイス。
「こんなのでごまかされないから」
「じゃあ食べない?」
「食べるに決まってるでしょ」
優佳さんは封切ってぱりぱり音を立てながら食べはじめた。
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