第16話 「友達の恩恵」

チョコモナカのアイスでごまかされた優佳さんが「ついでだからご飯も食べく」と言ったのは、日が傾きはじめたころのことだった。


「ずっとお腹鳴ってるもんね。ちゃんと食べてきた?」

「食べてるって。向こうじゃアタシは億万長者だからね」


そう言ってポテトチップスをつまんだ。


「億万長者?」

「こー見えてギルドオーナー。不沈艦って聞いたことある?」

「ああ。西の?」


不沈艦といえば、西で一番大きなギルドだ。最前線の一歩前、前線で活躍しているメンバーが多く、西日本にあるエリアで出される依頼のほとんどが不沈艦から出てると言われている。


「そうそう。よかった。そっちにも届いてるんだ」


見るからにホッとした顔で優佳さんが言った。


「なんかあるの?」

「アタシの親がそっちにいるんだって。まあ、聞いた話だし、会ったこともないんだけど」


仮想空間ができてから親の顔を知らないという子どもは多い。優佳さんもそのうちの一人のようだ。


「ま、そんな話はいいとして。億万長者のギルドオーナーなワケ。だからこっちよりずっといいもの食べてるの」


いいものを食べてるという割に、肉付きは全体的に薄い。蓮花さんと比べたら陰と陽、月とスッポンくらい違いがある。


特に――。


「おい」

「いてっ!」


視線を下に落としたところで優佳さんに蹴られた。


「どこ見てるのかわかるんだからな」


目を優佳さんの顔に向けると、ムスッとしていた。


「どうしたの?」

「気にしなくていい。こんなヤツ」


プスプスしてる優佳さんが僕を指した。


「うん。大丈夫だからそろそろご飯……」

「そう?なら作るけど……なにがいい?」


蓮花さんが最初に聞いたのは僕。蓮花さんの隣からすごい視線が来てるのを感じる。


「ん~……なんでもいい。作るの上手いからなんでも食べられるし」

「え~……」


「なんでもいいって、それが一番困るんだけど……」と言いつつどこか嬉しそうな蓮花さん。それを真横で見る優佳さんが衝撃を受けてる。


「どうかした?」

「どうかした?ってアンタ……え?」


蓮花さんは優佳さんの希望を聞かずにキッチンに向かってしまった。


「ちょっと!?アタシには!?」

「え?なんでもいいでしょ?」


蓮花さんはそう言ってエプロンを付けた。これが世間一般のフツーのはずなんだけど、何だろう。この新鮮さは。


「そうだけど!一応聞くとかあるじゃん!」

「ええ?いつもだからなあ」


楽しそうだけど、その声は僕と一緒にいるときとは違う。友達といるときはこんな感じなのかと、別の一面が見れてなかなかおもしろい。


鼻歌混じりで準備をはじめた蓮花さんを見てると、横から優佳さんの顔が飛び出てきた。


「なに見てんの。ヘンタイ」

「ヘンタイじゃないって。楽しそうだから」

「ああ……」


僕が蓮花さんを指すと、納得した声を出した。


「急にはじめるって言いだしたから何かあったのかと思ったんだけど」

「急に?」

「そう。急に。去年くらいだったかな。部活もやめちゃって」

「部活やってたの?」

「やってたよ。県大会には余裕で出られるくらい強かった」


当時のことを思い出してるのか、優佳さんが遠い目になった。


「あ。やめたからダメとかそういうんじゃないからね?ウチらも恩恵あったし」

「恩恵?」

「そう。恩恵」


優佳さんはクスっと笑った。


「完璧に見えるかもしんないけど、最初なんか黒いなにかが出てきたからね」

「なにか……?」

「そう。なにか。なんだったっけなあ?カレーだったっけ?そのあともひどすぎてケンカになったからね。食べれるのが出てきたのがお正月くらいだったかなあ」


あのとき食べたカレーはかなりの努力を積み重ねてできたモノだったとは、意外過ぎる。


「洗濯機のホースを抜いて脱衣所水浸しにして半泣きになったり、掃除も逆に散らかして半泣きになったりね。マジで武勇伝だらけだよ」


そう話す優佳さんは楽しそうに笑う。


「だから、ね?それだけアンタのために頑張ったんだから、一緒にいてあげて。泣かせてもいいから」

「え?」


一瞬聞き間違えたかと思って僕は聞き返してしまう。


「泣かせていい?」

「あ、暴力とか悪口はダメだよ?当たり前だけど」

「そりゃあね」


空になったグラスに麦茶を注ぐと、「アタシのも」とグラスが滑ってきた。


「泣かせるな、とかいうけど、ずっと仲がいいなんてことはないし、ケンカだってしていいよ。その方がもっと仲良くなれるし。でも、一緒にいれないなんてことにはならないで。ムダになる、なんて言わないけど、限りなくそれに近くなることは間違いないんだから」


そう言ってグイッと麦茶を煽った。


「はあ~……ん。もう一杯!」


飲み干したグラスを僕に差し出した。


注いであげようと僕もボトルを傾けた。が、出てきたのはボトルの底に残っていた1滴だけ。


「もうないんだけど」

「あれえ!?」


優佳さんを加えた晩御飯はいつもより賑やかだった。


「あ~……満足。これが毎日とか卑怯」


僕と同じように畳に大の字に横になった優佳さんがつぶやいた。


「そんなことないと思うけどなあ」


と、麦茶のパックと水を入れたボトルを冷蔵庫に入れた蓮花さんが戻ってきた。


「あの黒いダークマターがアレだよ?びっくりだわ」


蓮花さんが座ると、優佳さんはその太ももに頭を乗せた。


「もう。それずっとネタにしてるよね」


蓮花さんは苦笑いしながら優佳さんの頭を撫でた。


「だってしょうがないでしょ。そのくらいインパクトあったんだから」

「そうだけどさあ」


目の前の2人の間にゆっくりとした時間が流れる。


もうずっと何度もやってるんだろう。恋人というより、熟年主婦のようだ。


「んあ〜……ダメ。眠い。今日泊まってっていい?」

「ええ?」


蓮花さんが困ったように僕を見る。


「いいんじゃない?ってか、もうほとんど寝てるでしょ」


優佳さんはうにゃうにゃ言いながら蓮花さんの太ももに頬を擦り付けてる。


僕はテレコメガネの撮影アプリを起動して動画モードでその姿を記録に残した。

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