第17話 「ウワサの転校生」

優佳さんがウチに来てからさらに1週間が経った。


昨日届いたばかりの制服に袖を通す。サイズは寸分の狂いもなくピッタリで思ってたより動きやすい。


ピッタリだからだろうけど、キツくなってきたら新しいものにタダで変えてくれるんだとか。


「はあ……」


新しい制服に身を包んで新鮮な気持ちになれるかと言えばそうではない。むしろ、ため息が出るくらい憂鬱だ。


「どうしたの?ため息なんて吐いて」


声が聞こえた方に目を向けると、制服姿の蓮花さんがドアの端から顔を出していた。


「質問攻めは勘弁して欲しいなって」

「あ~……」


蓮花さんは僕が来たその日からずっと現実世界(こっち)で僕と一緒に過ごしていた。


1日くらい仮想空間に来るかと思った人もそれなりにいたらしいけど、見事に空振りした連中は矛先を僕に向けようとしてるんだとか。


この前優佳さんが帰るときにポロっと教えてくれた。


「僕なんかを見に来てもなんも面白くないと思うけどなあ」

「イケメンでもなんでもないしね」

「ね」


わかってることだから別にキズなんてつかない。むしろイケメンは寄ってくる人に引っ張られてやりたいこともできなそうで可哀そうになる。


特に仮想空間の最前線エリアはギルドに所属していたとしても、活動はソロという人しかいない。お互い情報共有で一緒になることはあっても、寝食を共にすることはない。


こっちも変わらない生活ができるかと思ってたけど、どうやらしばらくはムリそうだ。


「ん~……制服着たら変わると思ったんだけど、変わんないね」


蓮花さんは僕の近くに来て、制服を着た僕を見てそう言った。


「蓮花さんが変わり過ぎなんだよ」

「そう?いいよね。これ」


水色のタータンチェックのスカートをつまんだ。たったそれだけなのに、絵になるくらいかわいい。


「僕のTシャツを部屋着にしてる人とは思えない」

「しょうがないって。あれの方が涼しいんだから」


「ほら、早くしないと遅れる」と、蓮花さんはリビングまで僕の手を引っ張った。


焼き魚とご飯、味噌汁と純和食な朝食を済ませ、外に出る。


「今日は始業式だけだから手ぶらでもいいんだけど」


と、蓮花さんは何も入ってないぺったんこなカバンを玄関先の床に置いて、靴を履く。


「よし!行こっか」


現実世界であろうと、仮想空間であろうと、大勢の人が1つの場所に集まるなんてそうそうない。


強いてあげるなら音楽ライブくらいだけど、それさえも「雰囲気を味わう」だけに限定してしまえば、身体は行かず感覚だけ移動させるライブビューイング参加にすることで、わざわざ会場に行かなくてもよくなった。


そんな音楽ライブすらなくなった現実世界では、1か所に集まる場所はもはや学校だけになってしまった。


学校に近づいていくほど、人が増えていく。


「おはよー」


と、手を振る女子たちを横目に見ながら蓮花さんに引っ張られるようにして歩く。


「メガネ着けてるだけなのに随分違うなあ」

「そう?」

「うん」


見覚えがある道に出たところで蓮花さんの隣に並んだ。


朝から暑いせいで、すでにじっとりとした汗が出て気持ち悪い。


「おーはーよっ!」


バシン!


「いたっ!」


背中に強い衝撃を受けた僕は驚いて振り返った。


「およ?メガネしてたっけ?」


振りぬいたカバンを手にした優佳さんが首を傾げた。


「蓮花が着けてけってうるさいから」

「ふうん?」


優佳さんは蓮花さんに視線を向けた。


「そんなに言ってない!つけてった方がジロジロ見られないからいいかなって思っただけ!」


頭をブンブン振って否定する蓮花さん。


「わざわざお揃いで、ねえ?」


ニヤニヤしながら蓮花さんの顔をのぞき込むように見た。


「コレしかないんだからしょうがないでしょ!?」

「あーはいはい。わかったわかった」


出欠確認は教室で取るため、僕らは教室に向かう。


「職員室に行かなくていいの?」


優佳さんが僕に聞いてきた。


「この前行ったのでやることは終わってるからいいって」


僕らの教室があるのは3階。下駄箱で靴を履き替えてすぐ横の階段を上がる。


その途中で蓮花さんはメガネを外してケースにしまった。


「あれ。外しちゃうの?」

「うん。ここまで来ればいいかなって」


僕も一緒に外してしまう。学年全体が僕の存在を知ってる以上、ヘタなことをやってバレても面倒なだけ、という判断だ。


「なんかずっとしてたからスッキリしすぎて落ち着かない」

「だろうね」


蓮花さんも僕と一緒でいろんなものを表示しっぱなしだったんだろう。透過されて見えていたものが急にハッキリ見えるようになるのは、メガネに慣れてる僕でも落ち着かない。


「ちゃんと起動させるの忘れないように」

「あ~……そっか。めんどいね」


手を縦にスライドさせてメニュー画面を出す。


「ナオくんが面倒って言ってたのがわかる。こんなことやってたんだ……うっわ」

「なんの話?」


空中でメニュー画面を操作してる蓮花さんを見て優佳さんが僕に聞いてきた。


「メガネの話」

「メガネ?ってさっきの?」

「そう。向こうじゃ当たり前だったんだけど、こっちじゃ誰も使ってないでしょ」

「あんなの使う意味ある?あ、もしかしてメガネっ娘好き?」

「違うから」


メニュー画面を開いてうにゃうにゃやってる蓮花さんの手を引いて教室に入った。


僕の席は窓際の一番奥。


「蓮花さんを隣にした」と、昨日風見先生から連絡が来た。


ぱっと見いい席のような気もするけど、僕から見れば八方塞がりな位置に見える。


「逃げ場は?」

「ま、そこは諦めて。あ。アタシここだから」


と、優佳さんが指したのは僕の前の席。ってことは前にも横にも女子がいるのか。


「ちなみにここも女子。よかったね。囲まれて」


そう言って優佳さんは右隣を指した。ニヤニヤ楽しそうな顔がムカつく。


「おはよー」

「おはよー」


と女子が2人近寄ってきた。


「あ、ウワサの転校生?」

「ウワサ?」

「ハルちゃんが蓮花を使ってどっかに連れ込んだって」


風見先生の「案内して」をどう解釈したのかわからないけど、とんでもない話になっていた。


「どうしたらそんな話になるんだ……?」

「わかんない。わたしも聞いた話だし。ね?」

「うん。あ、蓮花が全然来ないから好き放題されてんじゃない?って話もあるよ」


僕の口からため息が出た。


「好き放題できるほど生活に余裕ないから」

「ね。むしろ私がやってあげないとなんにもできないもんね」

「仮想空間に行けば違うんだけどなあ」


楽しそうに笑う蓮花さんに反論したいが、食べるのも、掃除も蓮花さんに任せてるだけに何も言えない。


と、ポコン!と一斉に通知音が鳴った。


一斉になるこの音はアップデートの通知か。


みんな一斉に各々のデバイスからメニュー画面を開く。


「新エリア開放。リゾートか。時期にしては遅くない?」

「逆に今なんじゃない?ほら、ハルちゃんみたいに行けなかった組」

「場所は……そんなに遠くないね」


一通り僕も目を通したけど、書いてある内容はすでに流れていた通り。


チャイムが鳴って、僕の周りにいた女子もみんな席に戻っていく。ところどころ空席なのが気になる。


「はーい。じゃあ、出欠を取るね!いない子だけチェックするから教えて」


風見先生がそう言うと、空席の周りの人が手を上げて教えてくれる。30人のクラスで空席だったのは5。名前が出てたのも5人。


とりあえずは問題なさそう。


けど、僕はずっと気になっていた。


メガネショップの店員さんのあの言葉。


――最前線エリアの人たちから連絡が途絶えてる。前線の人たちも数人音沙汰がない。


あれから数回メガネ屋さんの近くに寄ったけど、僕らのメガネを調整してくれたあの店員さんの姿はなかった。


つまり、あれからその後どうなったのかの確認は取れていない。


そして、点々とできてる空席。優佳さんにメッセージで聞くと最前線のメンバーだとか。


定期的な連絡を取ることはしてないからいつからいないのかわからないらしい。


不穏な気配を感じつつ僕は蓮花さんに連れられて体育館に向かった。

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