第18話 「三者面談」
「2年生になると今以上に仮想空間の滞在時間が増えます。向こうでできることはかなり多いけど、何もなくなったときどうするかは考えておくように。もし仮想空間で何かあったら現実世界に帰ってこれないこともあるってことも忘れずに。まあ、みんな仮想空間に行ってるからあえて言うことでもないけど。一応、ね」
「はい!」と先生は手を叩くと、終わりの挨拶をして今日のノルマが終わった。
「あ、狩村くんと花村さんはあとで私のところに来て。あとのみんなはさっさと帰るように!」
ドアの向こうから顔だけ出した先生がそう言うと、クラスメイトのテキトーな返事が聞こえた。
先生はそんなテキトーな返事でも満足したようで、そのまま姿を消した。
「れんか~!今日は~?来れそ~?」
先生がいなくなってすぐ女子の一人が蓮花さんに後ろから抱き着いた。
「ゴメン~むり~」
「ええ~夏休みも来なかったじゃん。そんなに大変?」
「そんなことないよ?」
「じゃあ、来れない?」
後ろからのぞき込まれるように目を向けられると、蓮花さんは困ったような顔をした。
「蓮花、アンタ先生に呼ばれてんでしょ?行ったら?」
優佳さんが僕に向かって「早く行け」と目で言ってきた。
僕は頷いて席を立って教室を出た。
教室を出て中央廊下の曲がり角で待ってると、蓮花さんが走ってきた。
「ごめんね」
「いや、こっちこそ。大丈夫?」
手を合わせる蓮花さんに聞くと、「大丈夫」と頷いた。
「優佳にお礼言っとかないと」
「さっき僕が言っといたけど」
「こーゆーのは自分で言うの。あ~!いちいちめんどい!」
蓮花さんが声を上げた。
「もうメガネかけようかな」
カバンからメガネを取り出してかける。
メガネが似合う人とそうでない人がいるけど、蓮花さんは似合う方。かわいい雰囲気からデキる女子みたいに見えるから不思議だ。
「よし!じゃ、行こ」
「はいはい」
と、僕にメッセージの通知が入った。
視線を入ってきたメッセージに向けて僕はつぶやいた。
「類友」
職員室に入って風見先生のところに行くと、なんだか難しい顔をしていた。
「ハルちゃん、眉間がすごいことになってるよ?」
「ん、ああ。そうね。あ~……」
なんだか騒がしい職員室に目を向けると、風見先生は席を立った。
「ここじゃうるさいから場所変えよっか」
職員室を出ると、掃除用具を持ったヒューマノイドがいた。
「いつもご苦労様」
と先生が言うと、ヒューマノイドはペコリと頭を下げた。
都会じゃ見なかった光景に僕は目を見張った。
都会の学校にいる掃除担当のヒューマノイドは人の気配に敏感で、少しでも近くにいるとわかるとあっという間にどこかに行ってしまう。
ヒト側の接し方も違う。
掃除担当のヒューマノイドが視界に入っても気にしない。そこにいるのが当たり前であって空気と一緒。声をかけるなんて誰もしない。
先生のように労いの言葉をかけるなんてむしろヘンな人を見るような目で見られる。
そんなヒューマノイドが先生の声に応えた。僕にとってはとてつもない衝撃だった。
ヒューマノイドの視線が先生から僕に移る。
「ああ、2学期から来た転校生。狩村くんって言うの。よろしくね」
ヒューマノイドは僕の紹介をした先生から視線を僕に戻すと、ペコリと頭を下げた。まるで、「よろしく」と言ってるかのように。
なんとなくヒューマノイドに倣った方がいいような気がして僕も頭を下げる。
「この子はお掃除担当の中でも割と話しやすい方だから、見かけたら声かけてあげて。会話機能は……あったっけ?」
先生がヒューマノイドに聞くと、わずかに頷いた。
「声あまり出さないから……」
蚊の羽音のような小さな声でそう言った……ような気がした。
ヒューマノイドは手に持ってる掃除用具を強く握りしめてる。ものすごい緊張してるようだ。
ふと、そんな手を見て思い出した。
「ノルマは大丈夫?」
僕がそう尋ねると、ヒューマノイドはこくんと頷いた。
「夏休み中にみんなでやったから。今日は見回りだけ」
見回りなのに掃除用具を持ってるのか、なんて思うかもしれないけど、掃除担当のヒューマノイドは持ってないと落ち着かないらしい。僕らがIDを持つのと同じで掃除担当のヒューマノイドは掃除用具が生きる上で欠かせないツールなんだとか。
「ウチの学校はノルマがないの。よく使うところと週1くらいでフロア全体を掃除すれば回せるくらいにいるから、いつどこをやるかはこの子たちが決めてやってるんだよ」
「へえ」
時間単位で決まっていた前の都会とはずいぶん違う。ヒトが決めていた都会の学校は徹底的にキレイにしていたから校舎はチリ1つ見なかった。
一方で、ヒューマノイドに丸投げしたこっちもこっちでかなりキレイに見える。都会とこっちで比べてみても正直わからないくらいにはキレイだ。
と、ヒューマノイドが蓮花さんを指して首を傾げた。
「どうしたの?」
「メガネ、してた?」
「これ?」
蓮花さんがメガネを指すとこくんと頷いた。
「夏休みに買ったの。ナオくんがすっごい便利だからって」
「便利?」
「そうそう。いちいちこーやってポチポチして一つひとつ立ち上げなくていいの」
ヒューマノイドは首を傾げた。
「一つひとつ立ち上げる?アプリ?」
「うん」
「あれってそういうことだったんだ。何やってるのかとずっと疑問だった」
ヒューマノイドは長年のナゾが解けたと手を叩いた。
「あれ。やらないの?」
「やる?」
「こーやってメニュー画面から出すの」
蓮花さんは手を縦に振ってメニュー画面を表示させる仕草をした。
「やらない。そんなのやってたら手がいくつあっても足りない」
「え!じゃあ、メッセージのやり取りどうやってんの?」
「別にフツーに。あ。そろそろ戻らないと」
「あ、そう?引き留めてごめんね」
先生がそう言って手を振ると、ヒューマノイドは「大丈夫」と頷くと僕たちとは逆方向に歩いていった。
「ハルちゃんは知ってる?」
「知らな~い」
先生は階段を上がり、右に曲がったところで足を止めた。
「よっこいしょ」
ドアの前に立った先生はおもむろにドアを持つと、そのままドアを持ち上げた。
ガチャン!と音を立てて鍵が開く。
「ふう。ヨシ!」
「ええ……」
そんなアナクロな鍵の開け方ある?
あんまりなパワープレイにドン引きな僕を無視して先生と蓮花さんは中に入っていった。
「テキトーに座って」
先生はそう言うと、奥にある冷蔵庫からジュースを取り出した。
「先週ってか、一昨日も聞いたけど一応学校がはじまるからどうかな、って聞きたいんだけど」
初日の宣言通り、風見先生は週末になると僕らの家に来て状況確認を取っていた。どうやら今日の話もその延長らしい。
「僕は特に」
「至れり尽くせりだもんね。うん。私も狩村くんは気にしてない」
先生はそう言って蓮花さんに目を向けた。
「どう?覗きとか脱いだ下着嗅いだりされてない?」
「ええ?」
「するわけないでしょ」
蓮花さんになに聞いてんの、この人は。
「ナオくん、そういう趣味――」
「ないから。先生の願望だから」
「だって、高校1年の同じクラスの男女が1つ屋根の下だよ?そういうことの1つや2つあるでしょ?」
なんでこの人はあって当然みたいな顔で言ってるんだろう。
「あるの?」
「アニメとかマンガにはあるね。僕らにはないけど」
「え~」
先生はつまらなそうに声を上げた。
「ないの?狩村くんのTシャツを部屋着にしてるんだから、そういう話の1つや2つあると思ったんだけど」
「なんで蓮花さんが僕のTシャツを部屋着にしてるって知ってるんですか?」
「そりゃ本人から聞いたからに決まってるでしょ。ね?」
先生はそう言って蓮花さんを見た。
「あれ。話しちゃダメだった?優佳にも話しちゃったんだけど」
「いつ?」
「さっき。ここに来る途中で」
僕は遠い目をするしかなかった。
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