第19話 「アップデートと同時にはじまったモノ」

始業式当日にいなかった人たちは次の日も、その次の日も来なかった。


無断欠席するような連中ではないようで、周りが心配しはじめた1週間後にようやく出てきた。それも病気やケガをしたという様子はなく、ケロッとした顔で。


「や~。ミスったわ。皆勤だったのにまさかゲームやってて学校忘れてたなんてな!」

「バカじゃねえの?アレか?ベータに当たったって言ってた」

「そうそう!ヤベーよアレ!」


女子の壁の向こうでようやく登校してきた男子がアップデートと同時に開始されたゲームの話をしているのが聞こえた。


「たぶん中東だと思うけどよ。砂漠エリアで市街戦だ」

「へえ!」


抽選でプレイできるベータ版に当たった男子が自慢げにハマっていたゲームの話をする。


「んで銃はガチのヤツだ。弾もな。マジで重いから男子はイヤでも筋トレできるし、女子はダイエットにピッタリだろうな」


と、男子の声が響くと、女子がざわついた。


「それホント?」

「ん?ああ。でもやり過ぎるとダイエットじゃなくてガチの筋トレになるからほどほどがいいと思うけど」


男子の近くで聞いていた女子が尋ねると、男子はそう応えた。


「いつから!?」

「もう本番が動いてると思うぞ?俺はベータだからわかんねえけど」


先行プレイヤーがどこまで行ったのかはわからないけど、聞いた範囲では限られたフィールドでドンパチやるだけのようだ。


「ってことは前線側か。俺は合わねえかもなあ」


と、話を聞いていた男子が声を上げた。


「って思うだろ?違うんだよそれが」


話していた男子が「待ってました!」とばかりにニッと笑った。


「銃のアップデートもあって、必要な素材は自力で集めないとダメなんだと。それと、建物を建てるのもできる。だから前線で戦うのと後方支援、どっちもできる」

「マジか!じゃあ、俺もやるかなあ」


こうして聞いてる範囲では、やりこみ要素はかなり多いように聞こえる。


「ふうん。まあ、わからないじゃない、かな」


昼休みになり、昼飯を現実世界で食べるために戻ってきた僕と蓮花さんと一緒に付いてきた優佳さんがつぶやくように言った。


「ナオくんも向こうでやってたんだよね?どう思う?」


弁当を僕に渡しながら蓮花さんが聞いてきた。


「聞いてる範囲だと最前線でもあり、前線でもある。ともすれば後方もできる……か。今までになかったよね」

「アタシが知ってる範囲では、ね」


今までのゲームにもそういう要素がなかったわけじゃないけど、今回のゲームはかなりできることが多いようだ。


「できることが多いから時間を忘れたってのは間違いないんじゃない?」

「かな。あ。これウマ」


一口サイズの西京焼きだったけど、それだけでご飯が半分ほどなくなってしまった。


「そう?気に入ったならまた作るね」

「ん。よろしく」


相変わらず蓮花さんの作るご飯はウマい。ヘタすると仮想空間で食べるメシを上回るレベル。


最近じゃ優佳さんもたまにウチに来て蓮花さんの作るご飯を食べてる。昼ごはんに至っては蓮花さんが作った弁当を3人で食べてるんだからよくわからない。


「はあ……マジでウマ。また腕上げたんじゃない?」

「そんなことないって。レシピ通りに作っただけだもん。優佳だってやればできるよ」

「やろうと思わないし、これだけウマいの作ってもらえるなら、アタシはこっちがいい」

「そうかなあ?結構楽しいよ?」


優佳さんは「ごちそうさまでした」とパンッ!と手を合わせた。


空になった弁当箱を蓮花さんの近くに置いた優佳さんは、そのまま蓮花さんの太ももを膝枕に横になる。


「はあ……ウマいご飯にあったかいお風呂、フカフカの布団、んでこの膝枕。最高過ぎて仮想空間なんか行きたくなくなるわ」


まったくもってその通りなので、僕も頷く。


学校がはじまってからというもの優佳さんはコバンザメのように蓮花さんにベッタリ引っ付いて離れることがない。一部の界隈じゃ僕をダシに2人は付き合ってるんじゃないか、なんて話もあるくらい。


西日本で一番デカい組織のトップだからそれなりの苦労はあるんだろう、と思って僕はあえて突っ込まないで放置してる。


「ふう。ごちそうさまでした。うまかった」

「ん。よかった。量は大丈夫だった?」

「うん。このくらいでちょうどいい」

「ん。じゃあ、明日からこのくらいにするね」


僕の弁当箱を横に置くと、蓮花さんは最後の一口を口に入れた。


放課後も仮想空間のアップデートと同時にはじまったゲームの話で持ち切りだった。


「どうする?行ってみっか?」


男子の1人が声を上げると、みんな一斉にお互いの顔を見合わせた。


「気にはなるけど、部活があるんだよね。終わってからでもいいなら行くけど」


廊下側の方から女子の声が聞こえた。


その方向に目をやると、女子が数人固まってるのが見えた。女子の集団の中で前にいるのを見る限り、クラスの女子の中でも中心人物のようだ。


「優佳はどうする?」


と、その女子が優佳さんに聞いた。


「アタシ?今んとこはパス。何かあったら困るからみんなの報告を聞いてからにする。気になる人は行っていいよ。むしろアップデート直後だからトップを走りたいなら今行かないとどんどん後ろになるよ」

「そう。まあ、たしかに優佳になんかあったらウチらも困るもんね」


女子はそう言うと、「どうしよっかなあ」と腕を組んだ。


「じゃあ、すぐ行きたいヤツらは俺が案内する。部活に行くヤツは……葵!お前がやってくんない!?」

「あ~やっぱそうなる?はいはい。わかった。じゃあ、終わったら校門のとこね。6時15分になったら案内するからそれまでに来ること。間に合わなかったら諦めて」


男子に葵と呼ばれた女子は、そう言って教室から出ていった。


決まったらあとは早かった。


部活に行く連中とゲームをやりに行く連中はすぐに教室から出ていく。


「蓮花たちは行かなくていいの?」

「僕はいい。まだコレが実践で使えるレベルじゃないし」


と、テレコメガネを叩いた。


「1か月もあれば調整なんて終わるでしょ?なにをそんなにやんの?」

「大まかには終わってるんだけどね。こまごましたのがまだ残ってるんだよ。ステータス調整とか調べたモノのリストとか」

「はあ?そんなのゲームによって変わるでしょ。なんでそんなのわざわざ……」


面倒なことやってるなって声が優佳さんから出てくる。


「そう思うんだけど、意外と集合知ってバカになんないんだよ。ただの薬草だってバカにしてた草が実は全回復コンティニューの材料だった、とかね」

「あ~……そんなのあったね。誰かが発見して雑草が片っ端から爆上げして大騒ぎになったヤツでしょ?」

「そうそう」


仮想空間のゲームには、コンティニューが標準でつけられているが、たいていは装備や武器の一式をなくした状態になる。


けど、あるゲームの裏技、というか、小ネタに装備からなにから全部装備、かつ全回復した状態でコンティニューができる技がある。それを一般的に全回復コンティニューと呼んでいる。


「あれ、マジで迷惑だったわ。ちょうどギルドを立ち上げたばっかでさ。草むしりしかやることないって言われたばっかだったんだよね。それがみんなして血眼で泥まみれになって草むしりしてさ。バカじゃないの?ってマジで思ったわ」


優佳さんは「やれやれ」と肩をすくめた。


「なんて言ってるけど、優佳も途中で大金に化けるって聞いてバカみたいに草むしりしてたんだよね。目がお金になっててちょっと笑っちゃった」


当時のことを思い出したのか、蓮花さんがクスっと笑った。


「ちょっと!?それ言っちゃダメなヤツ!」

「思いっきり出遅れたのにぶっちぎりでトップになっちゃってね」

「それでマスター?」

「そそ。横取りされたら困るって」

「しないっての。あれで死ぬほど稼いだのに、装備一式そろえたら一瞬で溶けたんだよ?徒労もイイトコでしょ」

「わかる。こっちで使うと一瞬で消えるよね」


ウハウハであれもこれもと買い込んで財布の中に何もなくなったときの絶望感はなんとも言えない。


二度とやりたくないと思いつつ、あれば使ってしまうので、際限がない。


「そうそう。おかげでアタシのサイフはみんなに取られ、会計係に管理されたまま金庫の中に放り込まれてんの。エレファントタートルが乗っかっても壊れないくらい頑丈な金庫にね」

「ええ……」


エレファントタートルって象並みにバカデカい亀だろ?甲羅が重すぎて倒すと震度6クラスの地震が起こるってウワサの。


まあ、仮想空間だからどんなことがあっても不思議じゃない。今ある学校だってどんな材質でできてるか、なんて誰も知らないのだ。


「さって。行かないんでしょ?今日も寄っていい?」

「ダメって言ったって来るクセに」

「することないんだからいいでしょ。別に」


優佳さんは「よいしょ」と声を出して、腰掛けていた机から降りた。

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