第13話 「呼び方」

「――で、表示ってのがあるからそれを押すでしょ」

「表示?どこ?」

「右下の方。えーっと、この辺?」

「あ、これ?わ!なんかいっぱい出てきた!」


メガネの初期設定を花村さんと一緒にしてるんだけど、座ったときにあった一人分の隙間はすっかりなくなって今はなぜか僕の膝の上に座っていた。


まあ、表示してる画面は自分にしか見えないから仕方ないと言えば仕方ないんだけど、さっきからふにふに柔らかい感触が太ももに伝わってきてて、なかなかに心臓に悪い。


「狩村くん?それで?ここからどーすればいいの?」

「え?ああ、うん。えっと……」


花村さんがのぞき込むように僕に聞いてきた。


「いっぱい表示してる中からペアリングを選ぶんだって」

「ペアリング?ぺでしょ?ぺー。ぺー……」


慣れてる僕はすぐに見つけられたけど、花村さんはまだ探してるっぽい。


「ないよ?どこ?」

「う~ん。こればっかりは人によるんだよなあ」

「え~!せっかく同じの選んだのに!?」


ほっぺたを不満そうに膨らませてるけど、全然怖くない。


「検索から探した方が早いんじゃない?」

「かなあ。あんま使わないからちゃんとできるかわかんないんだよね」


花村さんは咳ばらいをすると、桜のような薄いピンクの唇を「ペアリング」と動かした。


「や、そっちのペアリングじゃないんだけど。もー!だから音声入力って嫌い!!」

「そっちの?」


急に声を上げた花村さんに首を傾げると、なぜか叩かれた。


「んん!ペアリング!つなげる方の!」


耳を赤くした花村さんはもう一度声を出した。


「出た」

「出た?そしたらテレコメガネがあるからそれを選んで」

「テレコメガネ?あ、これかな」


どういう原理を使ってるのかわからないけど、基本的に新品のデバイスは身に着けてるモノ以外反応しない。昔は混線とかあったらしいけど、今は他人が着けてるモノを借りても使えないので、貸し借りの文化はほとんどない。


ちなみに食器とか家とかはデバイスにはならない。いや、出来なくもないけど、それだと子どもができたときにいちいち登録しないといけないから、ほとんどの人がやらない。


「どう?」

「できた……のかな?」

「なにかメッセージ送ってみようか」

「ん」


僕はフレンドリストを開く。置いてきたIDじゃないからまっさらで誰もいない。真っ先に登録するであろう親の名前すらない。


追加のボタンを押し、近くにいる人順に並び変える。すると、一番上に花村さんの名前があった。


「花村……なんて読むの?」

「あれ?言わなかったっけ?」


透過されてる画面の向こう側から花村さんが僕の方を見た。


「聞いてない、と思う」


記憶を掘り返してみるけど、自己紹介してもらった記憶はなかった。


「あれ~?じゃあ、なんで私を呼べるの?」

「先生が言ってた。花村さんって」

「ああ、そっか。ハルちゃんか」


花村さんはそう言うと、イス代わりにしていた僕から離れて向かい合うように座った。


「れんか。蓮(はす)の花って書いて、れんかって読むの」

「れんか?」

「そ。花村ってウチのクラスに2人いるからみんな名前の方で呼ぶんだよ」

「へえ」


名前の方ねえ。


抵抗がないワケじゃないけど、そうしないと区別ができないんだったらしょうがないのか。


「はすってこう書くんだ」

「ね。思ってるより簡単だよね。あ、レンコンも蓮の根っこって書くんだよ。コレ豆ね」

「え?そうなの?」


調べてみたらホントに蓮の根っこだった。寝たら大半のことを忘れてる僕の貧弱な頭でも書けそうだ。


このIDで最初の人に送るメッセージが決まった。


「ん。メッセージ送った」

「ん。えっと……?」


花村さん、もとい蓮花さんは目を動かして何かを探してる。


「最初は普段使うように使ってみるといいよ。そのうち手を動かさなくてもできるようになる」

「ホント?」


疑いの目を向けてくる蓮花さんに僕は頷いた。


「ふーん。よっと」


膝立ちになった蓮花さんは僕の方に来ると、また膝の上に座った。座る位置の調整で動いてるんだろうけど、僕の太ももの上でふにふにされるとヘンな気分になる。


「で、どう使ってるの?」

「へ?」

「狩村くん……あ、ナオって呼んでいい?」

「いいけど」

「あ、そういえばナオって子がいるんだった。ややこし」


なんだそれ。


「ん~……ナオミって子もいるしなあ。ナオくん?」


蓮花さんはうんうん唸って真剣に悩んでる。


「苗字でいいんじゃないの?」

「だめ。なんか不公平」


そっちなら被らないからいいと思ったんだけど、即効で拒否された。


「だいたい一緒に住むのに苗字呼びってヘンじゃない?」

「そうかなあ?」

「そうだよ。ん、決めた。ナオくんにしよ。いいでしょ?」


蓮花さんはどうしてこんなに楽しそうなんだろうか。たかが呼び方だけなのに。


「好きにして」

「ん。好きにする。だから呼ばれたら応えてね?ナオくん?」


僕の許可を得た蓮花さんはホントに楽しそうに笑った。

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