第43話 「出ていくし。出てけ」

ガション……ガション……


建物に入ったところで夜間巡回のヒューマノイドの足音が聞こえた。


僕らは静かに足を止めて姿勢を低くする。


ガション……ガション……


僕らが通ってきた足跡を追うように音が近づいてくる。


ーーと、足音が止まった。


「ひっ!?な、なんだ!?」

「ーー認証不可。排除」

「は?なにいってーー」


聞こえた声はドンッ!と胸に響く重たい音ともにかき消された。


カランと金属が床に落ちる音とほぼ同時にドサッと何かが落ちる音が響く。


キュッ……キュッ……


何かがこすれる音が響き、静かになるとヒューマノイドの足音は遠くへ消えた。


「ふう……大丈夫じゃねえけど、ひとまずは逃げ切ったか」

「みたいね。全員いる?」

「いる。全員無事」


優佳さんの声に列の最後尾についた女の人が答えた。


「何が起きてんの?わかる?」


紗耶香さんが僕の袖を引いた。


「夜間巡回のヒューマノイドが撃った……んだと思う。巡回のヒューマノイドは武器の携行を許されてるし」

「ヒューマノイドってそんなことするの!?」

「大声を出すな。ここにいるのがバレる」


暗闇にもかかわらずミナさんが紗耶香さんを睨んだ。


肉眼では見えないはずなのに、ミナさんの視線は的確に紗耶香さんの位置を捉えたようで、紗耶香さんは手で口を塞いだ。


「認証って言ってた気がするけど」


と話を変えるように言ったのは優佳さん。


「僕も聞こえた。認証ってことはIDじゃないな。別の何かだと思う」

「え?ああ、そっか。IDなら認証する必要ないか」


ドンッ!と音が聞こえた。少し遅れて地面が揺れてパラパラと天井から何かが落ちてきた。


「仮想空間のゲームってここまで再現されてるのか」


錯覚しそうになるが、僕がいるこっちが現実で、今までやってきたゲームはすべて仮想空間。にもかかわらず、何度も見た光景のように思える。


「言っとくけど、こっちは向こうと違って死んだら終わり。コンティニューはないぞ。死ぬ気で何かやろうとするな。無様でも醜態を晒してもいい。とにかく生き残れ」


ミナさんは歴戦の兵士のような台詞で僕らの方に目を向けた。


「まずはウチらの寝床に行く。いいな?」

「いいの?人間を招待しないように言われてなかったっけ?」

「んなこと言ってる場合じゃねえだろ。ああ、紗耶香つったっけ?お前はIDをここに捨ててけ」

「え!?なんで!?」

「居場所がわかるからに決まってるだろ。地図アプリが使えてべんり〜なんて言ってた時代はもう終わった。さっき打ち込んできた砲弾でな。それを持ってるだけ、アタシらが的になる可能性が高くなる。捨てられねえってんなら、お前とはここでお別れだ。死にたいヤツと一緒にいたくねえ」

「ハルちゃんと蓮花は?」

「ハルはそもそもIDを持ってねえ。仮想空間で散々ヤンチャしたあと『満足した』ってへし折って海に捨てたよ。今持ってるのは仮のIDだ。偽装に偽装をかけまくったな。蓮花も。まあ、そいつはちと事情が違うけどな」

「アタシもハサミでやっちゃったし」


優佳さんが肩を竦めた。って先生もID持ってないんだ。知らなかったんだけど。


「ナオは?」

「僕?」

「狩村?コイツが一番やべえぞ。死にたくなかったらアタシらよりコイツについてけ。絶対に死なねえ。狩村の狩は文字通りだぞ」

「え……?」


ズズン……!


また地面が揺れた。パラパラと天井から何か落ちてくる。


「あんまここに長居してるわけにもいかねえな。おい、さっさと決めろ」


紗耶香さんはIDを取り出した。


「ああ、言い忘れてた。それがなくたって仮想空間には行ける」

「え?」

「行ける。仮想空間が今までと同じならって条件がつくけど、裏ルートが」

「ってことで、アンタもやる?これ」


優佳さんはニッと笑ってハサミを取り出した。


「持ち物はなくすなよ?IDが紐づいてなくてもどれかで認証が通れば仮想空間には行けるから」

「最初からそういうことは言ってよ」


優佳さんからハサミを受け取ると、紗耶香さんはカードを真っ二つにした。


「あ……」

「なんか重くなった気がしない?」

「する」


紗耶香さんは手足を確かめるように触る。


「アシストは外してから慣れるまで最低3日。今まで通り動けるようになるのは鍛え方次第」

「マジ……?」

「マジ。明日は筋肉痛。覚悟して」


真っ二つにした紗耶香さんのIDを地面に叩き落とすと、僕らは外に出た。



ハッハッ……と息遣いが耳をくすぐる。


気づくと私は走っていた。


足元は白く、前も白。どのくらい走ってるのかわからない。


逃げてるのか、追ってるのか、何かを求めてるのか、なんで走ってるのかまったくわからない。


けど、この足を止めるわけにはいかなかった。理由はわからない。


――蓮花、お前は狩村直巳から離れるな。これは命令だ。アイツを生かせ。


ナオくんとよく似た、けど声が低いおじさんが私に言った言葉。


――いや、命令にするにはちと私心が入りすぎだな。あ〜……そう!そうだ!これは命令じゃねえ。単なる頼みだ。


頼み?命令とは違うの?


――全然ちげえ。命令は拘束力があるが、頼みにそんなものはない。願いとかまじないみたいなもんだ。


いかにもそれっぽいことを言ってるけど、その顔は悪戯を見つかった子供のような顔をしていた。


――な〜に、人間は胃袋を握れば楽勝だ。あのバカは仮想空間でしか能がないからな。IDなしの現実世界じゃ生きていけん。あっという間に干からびる。


そんなバカな、と思った。


ヒューマノイドを生み出した人類がそこまで貧弱なわけない。


――んなわけないって思ってるだろ?マジだぞ?お前だって心当たりあるだろ。周りの連中を思い出してみろよ。


そう言われて最近の学校生活を思い出す。


毎日誰かが来て料理を作る。言われてみれば優佳しかいなかったのに、気づけば10人単位の大所帯になっていた。


――お前だって楽しかったんじゃねえの?


楽しい……?そう言われて自分の顔が緩んでるのに気づいた。そうか。これが楽しいってことか。


――っつーことで、8月にお前んとこにアイツを引っ越させるから。そう。ぼっちで。生活諸々はお前に任せた。


8月?


私は首を傾げた。今は5月。3ヶ月ある。余裕でしょ。このときはそう思っていた。


――ザザッ!


視界をわずかに黒が塞いだ。


――いいや。それは君の記憶じゃない。


どこから聞こえたのかわからない。けど、たしかに聞こえた。私は走っていた足を止めて周囲を探る。


そうしてるうちに私の身体は黒に包まれていた。


――役割を忘れたのか。狩村は人類の敵だ。ヤツを殺せ。


お願いしてきたおじさんとは違う人が出てきた。


――お前は我々の命令を聞いてればいい。余計なことをするな。考えるな。思考を捨てろ。狩村を殺せ。


役割?知らない。私は狩村のおじさんに頼まれた。ナオくんと一緒にいるって。ほかに何もいらない。


――チッ!


ものすごい舌打ちが聞こえた。


――所長。やはりこのままでは……。


少し離れた場所にいる別の男の人の声が耳に入った。


――そうだな。まあ、ここらあたりが限界か。おい。アレを持ってこい。


慌ただしく人が動く気配を感じとる。


戻ってきた人が何かを持ってきた。目で確認はできないけど、ゾワ……っと血の気が引く感覚が通り過ぎた。


ヤンチャしてたときのハルちゃんに付き添って探検に行ったときに感じたのと同じ感覚。


すぐにこの場所から逃げないとヤバい!


と、身体が知らせてくる。


私はその感覚に従って1つ、2つとリミッターを外していく。


――所長!

――なんだ!?

――数値に異常が!!このままでは!!!


腕を動かすとバキ……メキ……と、耳元で何かが割れる音が響く。私はそのまま腕を固定していた何かを引き抜いた。


拘束されていたんだろう。ついでに足の拘束も同じ要領で引っこ抜くと、フッ……と一気に身体が軽くなった。


「ふうー……」


立ち上がった私は目を閉じてゆっくり、深く息を吐いた。


そして一気に吸い上げる。この黒をぶっ壊すために。


――カチカチカチカチ……


身体の中からダイヤルが動く音が響く。


こういうときっていろんなリミッターがおかしくなってるから、聞こえる音がなんのダイヤルかなんてわからない。


目の前の黒をぶっ壊せればそれでいい。フルスロットルで解放。あ、なんかアニメのセリフっぽい。


――ガチン!


準備完了。


私は目を開く。私の世界を壊そうとしたこの人たちに言うべき言葉はただ1つ。


驚いた顔をしてる彼らに私は口を開く。


――待っ――!


「出てけーーーーー!!!!」

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