第42話 「侵食する黒」

「ふ~……あ~!!大満足!!」


先生はポンポンとラーメンで膨らんだ腹を叩いた。


「あれだけ食べればそりゃそうでしょう……よっ!」


バン!とキッチンカーのドアを閉めた音が聞こえた。


「や~だって久しぶりだったからさ~。ここは徹底的に味わないと。次いつ来れるかわかんないし」

「なになに?なんかあったの?」


先生の声のトーンが落ちると、それぞれのキッチンカーにいた人たちがイスだけ持って集まってきた。


「それってここ最近人の気配が少ないのと関係あったりすんじゃねえの?」


今は数少ないパイプ椅子を逆向きにしてまたがるようにして座った女の人が聞いた。


「……鋭いじゃん。いつになく」

「常連中の常連だろうが。時間になると来るはずのヤツがいねえんだから何かあったんじゃねえの?くらい考えるだろ。なあ?」


「そうだそうだ」と僕らを囲んでる店の人たちが言った。


「ミナなんてずっとソワソワしててさ。声が聞こえたときの顔見せてあげたかったわ〜」

「は?ソワソワなんかしてねえだろ。いい加減なこと言うんじゃねえ。それを言うならお前だってずっと学校の方見てたじゃんか」

「はあ!?見てないし!」

「あ〜はいはい。そこまで。話が進まないでしょ」


女が3人集まると姦しいとは言うけど、この人たちはいいバランスのようだ。


「――それにあんま騒ぐとアレが来るよ?」


と視線を向けると、ガションガションと夜間巡回のヒューマノイドの足音が聞こえた。


「ぐ……はあ……」


ミナと呼ばれた女の人は不貞腐れたようにどっかりと音を立てて座った。


「で?なにがあったんだ?ヒューマノイド絡みか?」


先生は僕に目を向けた。その目は「君が話して」と言ってる。


「僕が話していいんですか?」


念のため聞いた僕に先生は頷いた。


「嫌な予感がビリビリする」


と、先生が呟く。


「おいおい。お前が言うヤツはシャレになんねえから冗談でやるのはやめろって言っただろ」


ミナさんが茶化すように大きな声を出した。


「冗談……だったらいいんだけどね。っと、やば。あんまり言うとヤバいかも」


パッと手で口を塞いだ仕草にみんなの目つきが変わった。


ただのラーメン屋のお姉さんだった雰囲気も変わる。FPSプレイヤーよりもさらに壮絶な空間を生き延びるゲームプレイヤー、『サバイバー』の雰囲気に。


「おい。」


向けられたのは声だけ。たったそれだけなのに、蓮花さんはビクッ!と身体を震わせた。


紗耶香さんも声が出ないくらい竦み上がってる。優佳さんはこの雰囲気に慣れてるのか、じっと僕の方を見ていた。


「ひとまず事実だけ」

「ああ」


学校じゃこの時点でメモを出すように言われるが、彼女たちはそんな気配は微塵もない。


当たり前だ。メモを書き留める行為をする時点で書くか聞くのどちらかしかできない。しかもメモは紛失の恐れもある。


買い物メモのような単なるメモだったらなくしても問題ないかもしれないけど、今置かれてる状況のような事柄を誰にでもわかる状態で残すのは一言で言ってリスクでしかない。


――じゃあ、どうするか。


簡単な話である。


頭に叩き込む。一言一句、逃さずに。


僕は事実だけを話、彼女たちはその身に刻み込むように僕の話を聞く。


これまでのことを一通り話すと、ミナさんは水が入ったピッチャーと空のグラスを人数分持ってきた。


1人づつグラスを渡すと、ピッチャーに入った水を注いでいく。


「一息つけ」


と言うなり、グラスになみなみ注いだの水をグイーっと飲み干した。


「っあ〜!ほれ」


空のグラスを振って早く飲めと促してくる。


「どうする?」とでも言いたそうな蓮花さんを安心させるように僕も飲み干す。


みんながグラスを空にしたところで本当の意味で一息付けた。


「ふう」

「ふう……じゃねえよ。ここからが本題だろうが」


座り直したイスがギイ……と鈍い音を立てた。


「なんかヘンだとは思ってたけど、やっぱ間違ってなかったね」

「ああ。いつかやるだろうとは思ってたけど、思ってたより早かったな。よかったな、ハル。モノホンの生と死の駆け引きがはじまるぜ?」


隣に座っていた女の人の言葉にミナさんは「このときを待っていた」と言いそうな雰囲気でニヤ……っとその口を歪めた。



それからしばらくあーでもない、こーでもないとそれぞれの意見をこねくり回してると、ゴゴン……と大きな音が響いた。


「なんだ?」


ミナさんと仲間が立ち上がって周囲を警戒してる。


「……何かが海に入った」

「え?」

「大きい。船だと思うけど、こんな大きさだっけ……?」


蓮花さんが海の方を見た。テレコメガネをかけたその目にはなにが見えてるんだろう。


僕も蓮花さんと同じようにテレコメガネをかけて海の向こう側を見てみた。が、見えたのは吸い込まれるような黒。なにも見えない。


「おいおいおいおい……!!マジかよ!?クソったれ!次はここか!」


声を出してるのは、ミナさん。まるでこの状況が読めたかのような切羽詰まった声で陸の方に走ってく。


チカッ!とオレンジの光が見えた、気がした。


――伏せろ!!


誰かが上げた声を聞いた僕は、蓮花さんをテーブルから突き落とすように押して固いレンガの上に倒れ込んだ。


とほぼ同時に次の強い衝撃が身体を襲う。


身体の中にある空気が全部抜かれたような衝撃の後、一瞬だけ「重さ」を感じなくなり、直後強烈な痛みが背中から突き抜けた。


「――っは!?」


危なかった……。寝っ転がったまま自分の身体に問題がないかチェックする。


持ってるものも含めて全部問題がないことを確認すると、僕は立ち上がった。


「いてて……」


打ち付けた腰を押さえつつ、今度はみんなの安否確認。


優佳さんと紗耶香さんの姿はあった。2人とも木に寄りかかってるのが目に入った。


その手前に蓮花さんが倒れていた。


僕は駆け寄って状態確認を試みる。


「よう……生きてるか?」

「息はあるみたいです」


蓮花さんの安否を確認してると、ミナさんが声をかけてきた。


「ならいい。ハルも伸びてるだけだからそのうち起きるだろ」


と、ミナさん米俵を担ぐように抱えられた先生のお尻をパン!と引っ叩いた。


「できればすぐに動きたいとこだが、これじゃどうしようもねえな」


ミナさんが目を向けていたのは、僕がここに来るときに使った鉄道の高架橋。海側と陸側をつなぐ道を跨ぐようにして作られた橋は、横倒しになってその道を大きく塞ぐ壁となっていた。


「車で突き進むなんてことはできねえから向こうに行けばまだマシ……って思いてーんだけど、そうは問屋が卸さねえだろうな」

「夜間巡回って向こう側に行ってたよね」

「ああ」

「地下通路は入ったら出れなくなりそう」

「出入り口があのザマだからな」


と、たった1発で潰された出入り口の1つを指した。


「なんにせよ、とりあえずは建物の陰に行くか。このままここにいても干からびるだけだし」


方針が決まったので、僕は優佳さんと紗耶香さんに手伝ってもらって蓮花さんを背負う。


「んじゃ、いつも通りってことで」

「オッケ。んじゃお先〜」


と1人が僕らから離れた。


「君らと荷物持ちのミナは間ね」

「はいはい。いいから早く行け」

「いたっ!もー人遣い荒いなあ〜」


先生のスカートをめくろうとして蹴られた女の人はぶーぶー文句を言いながら先頭に出た。


僕は深呼吸をして蓮花さんを背負い直す。


「ナオ。ヘンなとこ触ったら潰すから。覚悟しといて」

「このタイミングでいう?」

「このタイミングだから言うんでしょ。ってことでアンタ2番目ね。アタシと紗耶香がその後ろにつくから」


優佳さんはそう言って僕の後ろについた。


「やり方はわかるか?一応確認しておこう」


どっかの軍隊さながらの指導を受けた僕たちはお姉様方に従って海から離れた。


街頭で明るかった場所は気付くと海が侵食したみたいに黒くなって見えなくなっていた。

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