第44話 「バレなきゃいいじゃないの」
「ん……」
白い光に誘われるように目を開けた。
全身が痛い。筋肉痛とは違う、何かにぶつかったときのような痛みが全身を駆け巡ってる。けど、起き上がれないほどじゃない。
「いたた……」
痛みを声に出しながら起き上がった。辺りは暗く、見渡してもここがどこかはわからなかった。
「おう。目が覚めたか。寝坊助」
声がする方に向くと、オレンジ色の薄明かり下にミナさんがいた。
「みんなは……?」
「そこ」
アゴでクイッと私のがいる場所の奥を指した。
「寝てるだけだ。心配すんな」
ズズン……――
「まだ射てんのかよ。クソが」
パラパラと何かが落ちて来る音の中でミナさんが舌打ちをした。
「ここは?」
「あ?わかんねえのか?モールだよ。モール。モールの地下。食品売り場って言ったほうがわかりやすいか?」
「ちょっと待ってろ」と言い残してミナさんは暗闇の中に消えた。
しばらくすると、飲み物のビンが入ったケースを手に戻ってきた。
「よっこいしょ。ふう……」
一息つくと、そこから1本を取り出して栓を開けた。
「どこまで記憶にある?」
「えっと……ナオくんが押し倒してきた?」
「押し倒した……?へえ。やるじゃん」
私の奥に目を向けたミナさんに身体が浮いたような感覚もあったことを伝えると、ここまでの状況を話してくれた。
造船所の方から船が出てきて私たちの方へ砲撃をしてきたこと。私が気を失ったのはこれが原因らしい。さらに夜間巡回のヒューマノイドが持ってないはずの銃を出して撃ってきたことも教えてくれた。ホントはミナさんたちが住んでる場所に行く予定だったみたいだけど、巡回のヒューマノイドから逃げてるうちにここに戻ってきたらしい。
「今ハルが上の状況を見に行ってる。安全が確認できたらここから移動だ」
「ハルちゃんが?」
「ああ」
ミナさんは頷くと、ビンを傾けた。
「ほかの場所にいるヤツの話だと、夜間巡回が明るくなってもうろついてるらしい。明るくなって外に出てきたガキが蜂の巣になった」
「え……?」
ミナさんが言ったことが理解できなかった。ううん。違う。理解はできた。けど頭が、心が受け付けなかった。
「言っとくが」
ミナさんはそう言って私の目を射抜くような視線を向けてくる。
「もうお前の知ってる街の姿はねえ。どこもかしこも崩れてるし、穴だらけだ。場所によっちゃ火も出ててボロボロなんてもんじゃねえ」
吐き捨てるように、手にしてるビンにヒビが入るほど強く握るくらい怒りを含ませて言った。
「いいか。ここから先でお前が見るのは現実だ。受け入れられなくても、目を逸らしてもな」
「こら。そんなに脅さないの」
「いてっ!」
バシン!といい音を立ててミナさんの頭を叩いたのはハルちゃんだった。
「おはよ。痛いところはない?」
聞いてくるハルちゃんの声はいつも以上に優しい。
「大丈夫」
「ならよかった」
そう言ってハルちゃんは服の中からブロック状のクッキーを取り出した。
「それ……」
「ああ、これ?そこからいただいてきた。ミナと違ってちゃんとお金も置いてきたから大丈夫大丈夫」
全然大丈夫じゃないと思うんだけど、そこは突っ込んでいいのか迷う。
「ふん。どうせあのままほったらかしてたら食えなくなるんだ。ウチらがいただいたってケチなんかつかねえよ。むしろ食ってゴミが減るんだから誉めてほしいくらいだわ」
ミナさんはそう言って2本目の栓を開けた。
「で?どうよ?外は?」
ミナさんは一息で半分ほど開けたビンから口を離すと、ハルちゃんに聞いた。
「夜間巡回型が10、武器持ちが周りをうろついてる。船の方も弾切れの様子はないってとこかな」
「武器持ちが10ねえ。結構なことじゃないの。アイツの主戦場って感じがするわ」
「それと線路の向こう側にも夜間巡回型がいる」
「まあ、いるだろうな。ってことは100以上はいるってことか」
「数えてないけど、そのくらいは」とハルちゃんが頷いた。
「は〜……な〜んでこういうときに限って持ってないかね。コイツは」
ミナさんはペシと横になってる女の人のお尻を叩いた。
「ん……なに?移動する?」
目を擦って女の人は身体を起こした。
「ああ。ガラクタが中に入ってくる前に動く」
「あ、もう行ってきたの?仕事が早いじゃん」
「でっしょ!久々に血湧き肉躍る感じがしててもうね!やる気満々!」
「むん!」とハルちゃんは両手を挙げた。
こうしてる間に女の人がナオくん以外を起こしてる。
「なんか身体拭くのない?」
「スースーすんのでいいならコレ。それ以外は1階」
ミナさんは声が聞こえた方へ何かを投げた。
「……マジでスースーするやつじゃん。しかも男物。そんなんだからモテ――」
「カオリ。それ以上先言ったら的役にするぞ」
ミナさんが唸るような声でそういうと、「1階に行ってくる」とだけ聞こえた。足音が複数聞こえたからほかの人も行ったんだろう。
「お前も行ってこい。準備が終わったらアイツを叩き起こして移動だ」
4つの足音に遅れて1つ足音が奥へ消えた。
「ってことだ。聞いてただろ?」
僕はその問いに答えない。
舌打ちが響く。
「10ってのは見えた範囲か?」
「当たり前でしょ。見えない範囲まで見えるわけないじゃん」
風見先生の言うとおり、屋上から見える範囲なら夜間巡回型は10体。けど、実際は違う。
ロックされて入れないけど、搬入口に20。それとここに来るまでに閉じてきた防火扉の前に20の巡回型がいる。
僕らがいる間は使うだろうと思ったところは通れるようになってるけど、それ以外の場所は出入りができない。単純な話、僕らは袋小路に押し込められたのだ。
こっちから封鎖した出入り口の前には20体単位の武器持ちが僕らを待ってる。
先生が見えなかった範囲を見えるようにしてるのは、なんのことはない。監視カメラを乗っ取ったから。こんな使い方をされるとは思ってなかったんだろう。紙のようにペラペラのセキュリティーを突破して見える範囲を広げてる。
――さて、どうしたものか。
この手の戦い方はいくつもある。対人戦だと使えない方法も対ヒューマノイドであればいくらでも使える。
例えば見えてるものを置き換える偽装。例えば武器をロックしてしまうシステムの乗っ取り。あるいは――。
と、1階に行った女性陣の声が聞こえてきた。
「戻ってきたか。おい、ハル。アイツを起こせ。考える時間は終わりだ」
「はいはい。もー早く起きて」
めんどくささを最大限に出した棒読みと触るだけの揺りで僕は身体を起こした。
「起こすならもうちょっとマシな起こし方ないんですか?」
「マシな起こし方して欲しいならちゃんと寝てなよ」
「まったく……」と腰に手を当てた。
「どうだ?このゴミ箱ん中から抜ける方法は見つかったか?」
「抜けられるかはわかりませんけど、一応は」
「そうか」
にいっとミナさんが嗤った。肉食獣が持つような鋭い犬歯が覗く。
「どのくらい動けます?」
「ああ?向こうと同じレベルで動けるに決まってんだろ。アイツらもな」
ミナさんアゴで声がする方を指した。
「なら、戦闘は任せていいですか」
「あ?」
拍子抜けしたかのような声が漏れた。
「まだ痺れててまともに動けないんですよ」
僕は右手を振った。痺れてるのは事実だけど、この人は僕が仮想空間と同じ動きができると本気で思ってる。過大評価も甚だしいくらいに。
「はあ?なに言ってんだ。お前が動けなきゃ抜けられねえだろ」
「いや、抜けます。ミナさんたち4人いれば」
僕は「あんたたちならそのくらいできて当たり前」くらいの気持ちでそう言った。そして、それは深く考えないミナさんには正しく伝わる。
「この程度お前が出る幕じゃねえってか?」
「出る必要があるって言うなら考えますけど……」
「言うねえ。言うねえ」
ミナさんは楽しそうに嗤う。燻っていた火に風が吹き込まれてくように。僕は大人のみなさんの中に小さく立ち上る火に薪を風を突っ込んでいく。
「先生。ヤケ酒もそろそろ飽きたでしょ?どうせ学校もぶっ壊されてるんだ。しばらく行けない。どうですか?ここらでハメを外しては?」
「ありゃ?わかっちゃう?わかっちゃう?」
楽しそうにぴょんぴょん跳ねる先生に蓮花さんと紗耶香さんが目を点にしてる。
「ちょっとアンタ――!」
この中で唯一のストッパーな優佳さんが声を上げる。
「大丈夫。誰も見てない。映像も残らない。証明ができなきゃやってないのと同じ。でしょ」
「映像も残らない……?アンタ、なにしたの……?」
「まあまあ。いいじゃん。そんな細かいことは」
先生が優佳さんの背中を叩いた。
「細かい……?え、細かいの?」
「範囲はこの建物から道の向こうまで。そこから先は残るからやりすぎに注意すること」
「ハッ!もうどこもぶっ壊されてんだ!全部アイツらのせいにしてやんよ!」
僕の注意はミナさんの声で一瞬で消された。バシン!と手を叩くと、ほかの4人にも火が付いたようだ。
「ね、ね!武器って奪ったら使えるかな!?かな!?」
「奪えたら考えます。ないのにできるとは言えないでしょう?」
「おっけー!じゃあぶんどってくるからよろしくね!」
そう言って僕の肩を叩いて先生とミナさんを筆頭にした大人気ない大人が歩き出した。
「……アンタ、後でどうなっても知らないよ?」
「大丈夫大丈夫。蓮花さんが食べさせて処理は優佳さんに任せるから」
「はあ!?」
「あ、じゃあ奥にあるの持ってっていい?冷蔵庫も動いてないよね!」
「いいんじゃない?」
「よっし!ハルちゃん!先に奥!今日からしばらくは豪勢だよ!」
蓮花さんは先生を引っ張って奥へと向かった。
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