第45話 「ランチは爆撃」

ゴン!ゴン!


分厚い防火扉を叩く音が響く。


ゴン!ゴン!ガン!ガン!


叩く音が変わった。防火扉が歪んで根元のヒンジがきしむ音が混じる。


ガン!バン!


さらに音が変わる。歪んだ防火扉は機能を失くし、ただの障害物と化していた。


バン!ゴン!ドォォォン!


そして轟音と共に防火扉は扉としての機能を喪失した。


倒れていく防火扉の奥からは銃火器を持った巡回型のヒューマノイドが入り込んでくる。人間のようなハンドサインやその類はない。仮想空間に繋げられたシステムが連中の動きを管理し、火のように建物の内部を覆っていく。


スプリンクラーが作動して一帯に消火剤が撒かれるが、ヒューマノイドはひたすらに進む。かつては敵だった水は技術の進歩で完全に対応し、エネルギーの墓場とも言われた熱は皮膚代わりのスーツから放出されるようになった。


すべてを知る人から見ればまさに「人類を越えた」存在と言えるだろう。


そんな光景を僕らは外から見ていた。


「おーおーやってんな!」


ミナさんとその仲間がビルの屋上の縁に座って楽しそうにビンを傾けてる。


「落ちますよ。そんなとこに座ってたら」

「ヘーキヘーキ。このくらいじゃ落ちてもどーにかなるよ」

「そーそー!ナオは心配しすぎ!人間じゃないんだから!このくらい落ちてもぶちまけないって!」


ケタケタ笑う女性に僕はため息を吐いた。


そう。屋台ラーメンを開いていたみんなは一人の漏れもなく、全員ヒューマノイド。体の一部が機械になってるとかじゃなく、完全に自立したヒューマノイドだった。


「いや~にしても蓮花にはなんかご褒美上げねえとな。まさかあんな通路があるなんて思わなかったわ」

「偶然だって」

「でもおかげでここで鍋だよ?屋上で鍋!やって見たかったんだよね~」


謙遜する蓮花さんに紗耶香さんが鍋の中から白菜を引っ張り出して直接口に入れた。


「あっふ!」


海からの砲撃はすっかり静かになり、代わりに銃弾の乾いた音が響いてる。


「うま~!」


とのんきな声を上げたのは先生。手にはビンが握られてる。


「何本持ち込んだんですか……」

「ん?持ってこれる分。40本くらい?」

「よく持ってこれましたね……」


僕がそう言うと、先生は「ふ……」と笑った。


「アイツらの方がぶっ壊れてるでしょ。なに?空き瓶作ったそばから投げて火を起こすとか」


先生が縁に座ってるミナさんたちに目を向けるとちょうど空き瓶を下に投げたところだった。


「お!ヒーット!!20!!」

「ああ!?嘘言え!10だろ!サバ読むな!盛るのは胸だけにしとけ!」

「はあ!?盛ってないし!!」


そう言いながらどんどん投げ込んでる。


「へっ!さすがお手製の油だわ!奴らがよく燃える!」


ミナさんは道中で拾ったライフルを構えた。引き金を引いてもうんともすんとも言わなかった銃だが、ミナさんは視線の先にいるヒューマノイドを食いつこうとするかのように嗤ってる。


「あっれ~?もうはじまっちゃうの?もうちょっと食べたいんだけど」

「ハルは食ってろよ。その代わり夜のステーキはアタシんのだ」


ドンッ!と音が響いた。


「ず~る~い~!私が近接専門だからってここを選んだな!」

「アイツらも持ってんだからしょうがねえだろ。ハルは死んだら終わりだろうが」

「くっそ~!元気なお荷物とか屈辱すぎる!」


先生は悔しそうにビンをテーブルに叩きつけた。


「ガキどものお守りがあるだろうが」

「あ、それは狩村くんに丸投げするから大丈夫」

「え?」


急に振られて僕の箸が止まった。


「なんとかなるって。優佳さんもいるし。ね?ギルマスさん?」

「それは前のゲームまで。今はだたの腰抜け。なんもないただの人よ。死んだら終わりのね。今も前線にいるアイツらとは違う」


優佳さんはそう言って下を向いた。


「向こうが前線?バカか。目の前を見ろ。用意されたフィールドが前線なんて言ってんのは仮想空間のクズどもとそれに便乗して笑ってるヤツらだけだ。あんなのが最前線?んなわけねえだろ。ちげえよ。最前線はそこじゃねえ。ここだ。先住民を駆逐して自分たちのフィールドにする。どっかで聞いたことねえか?新大陸ってよ」

「え……?」


ミナさんはビルの下に目を向けたままマガジンを交換する。ここに排莢はない。ぜんぶ下に落ちてる。


「おい。んなことも知らねえのか?学校は何を教えてんだよ」

「耳障りがいい話だけに決まってんでしょ。都合が悪いことはみーんなフタ。腐り過ぎて液状化してるんだよ。まあ、デジタルって檻の中に魂を縛り付けてんだからしょうがないよね」

「チッ」


ドンッ!とさっきより重い銃声が響いた。


「やーはー!落とした!落とした!」

「やばー!できそう!ってまじでやるなし!!」


と、その声が聞こえたのはごくわずか。それも無理はない。なにも異常がないように見える飛行機がみるみる高度を下げて僕らの上を通過し、海に向かっていくのが見えたから。


飛行機はそのまま海面に落ちて黒い煙をあげた。燃料ではなく、積んでた爆弾が爆発したんだろう。


「ハッ!テメー!ひまり!やりやがったな!」

「へっへ〜!これで今日の1位は決まりだね!」


土木工事なんかで使う機械はヒューマノイドが稼働するようになってからも形は変わってない。が、その内部は自動化によってより精密になった。


元々精密機器の塊だった飛行機はさらに内部構造に精密さが加わり、もはやどうやって動いてるのかゼロから理解しているものは少ない。仮想空間によってそもそも飛行機の利用自体ないに等しい状態だからその価値はもはや過去の産物と言っても過言ではない。


そうこうしてる間にもひまりと呼ばれた女性は飛んでくる金属の塊を次々と落としていく。一度やればできるようになるのはヒューマノイドらしい。


ただ、その絵面に緊張感はない。


観測手のお姉さんに後ろから抱っこされるように抱えられ、スコープを覗いてるのだ。お姉さんとひまりさんとの間にはこたつ布団があって、それで射撃時の衝撃を緩和してるらしい。


上はひまりさんが、そして下はミナさんとその仲間たちが前に立って一つの建物を守る。


「なんかこんなゲームあったなあ」

「それってアレでしょ?時間経過でレベルが上がって装備が豪勢になるヤツ」

「そうそう。やったときは何が面白いのか全然わかんなかった」

「わかる。ヒマつぶしにしても最悪だよね」


優佳さんと笑ってると、蓮花さんがのぞき込んできた。


「そんなのあったの?」

「あったんだよ。一時期ガワだけ変えてそういうゲームが山ほど出たみたい。まあ結局どれも生き残ってないけど」

「へえ……今度やってみたい」

「蓮花は……10分で飽きるんじゃないかな」


キラキラした目が徐々にうつろになっていく様を想像しながら言うと、蓮花さんは膨れた。


「も~!そんなことないよ!」

「や、マジでアレは虚無。あとで何やってたんだろう感が半端ないって」

「わかる~!もう倍々ゲームってなんで作ったんだろ?広告見ても面白そうじゃないのに」


と、先生も入り込んでそんな話をしてると、ライフルにロックをかけたミナさんがこっちに来た。


「おい。そろそろ動くぞ。準備しろ。狩村はルートの確保もな」

「全部やったんじゃ?」

「全部ってもたぶんだ。完全じゃない。まあ、あたしはこのまま降りてもいいんだけどな」


僕らがいるこの建物は10階。ヒューマノイドな女性陣は大丈夫でも僕は大丈夫じゃない。


「はあ。まあやりますよ。食べたんだし」

「ああ。見える範囲の警戒はしておく」

「じゃあ、お昼はここまでだね」


蓮花さんはそう言って手を合わせた。

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