第51話 「連携」

ズズン……


地面の揺れのようなものを感じた気がしたと思ったら、上からパラパラ何かが落ちてきた。


目を開けて周りを見渡すと、ミオさんが持ってきた装備が散乱していた。


どうやら寝てしまったらしい。


ズズン……


二度目の揺れに僕は窓際に向かう。


「あ、起きた?」

「はい」


ガチガチの装備をしてる僕に対して、窓際にいたミオさんは下着姿。蓮花さんといい、ミオさんといい、なんで僕の周りには下着が見えても気にしない人がいるんだろう。


と、思ったところで蓮花さんがいないことに気付く。


「いないよ。どこにも」


そんな僕にミオさんが携帯食料を取り出して言った。その声はひどく冷たい。


それでまたさらに気付く。ここにいるのは僕らだけであることを。


そして、これが現実であることを。


「あれを壊すんでしたっけ」

「壊さなくていいと思う。ヒューマノイドを生産できないようにするだけならね。ミナも言ってたでしょ?」


朝なのに夕焼けに染められたように赤い工場に目を向けた。


「システムを落とせ、か」


そう言われてみればたしかに壊す必要はないように思う。壊せばいいのはたしかにそうだけど、単にアレを壊せばそれで終わりなわけがない。ヒューマノイドは仮想空間というシステムのごく一部にすぎない。


ガシャン!と、音が響いた。


「思ったより早かったね」


ミオさんは近くにあった服を着ると慣れた手つきで装備を付けていく。


音が近づいてくる。


僕は銃を手に取った。仮想空間でプレイしたゲームにあった銃そのままが僕の手にある。


「準備はいい?」

「……はい」


仮想空間でも久しぶりのパーティーでの戦闘。意識を落としていく。感情を無に。


「援護を」

「もち!」


グッ!とサムズアップしたミオさんにふっと頬が緩む。


「じゃ、行きます」


単に銃撃戦といってもドンパチやるわけじゃない。国によって、民族によってその方法はさまざまだ。プレイヤーの多くは銃撃戦となった場合、声を出して威嚇しながらフィールドを進んで行く。ミナさんたちがいい例だろう。実に配信映えして見てる側もやる側も楽しい。


昔からそういうやり方が一般的だったらしい。理由はプレイしてるゲームを配信するから。それ以外にも軍がそうしていた、なんて話もあって、今ではどれが先なのかわからない。


ただ、そういった中で僕は違うやり方を取っていた。


「そこの戸を閉めてください」

「ここ?」

「はい」


ぎい……と音を立てて防火戸が閉まった。ガチャンと音を立てると、足音は一気に遠くなった。


「ここまで接敵なしってヘンなの。ミナならもう1つ撃ち尽くしてるところだよ?」

「迎撃するからでしょう?前線でも潤沢に装備が確保できるならいいですけどね」


僕は落ちていたマガジンを拾う。


無尽蔵の体力を持つヒューマノイドに対し、ある程度走れば息切れをしてしまう人類は圧倒的に不利。戦い方も戦時中のデータはもちろん、今この瞬間にも取り込んでるゲームからも情報を得て蓄積しているため、純粋な経験値というものでも人類を越えている。


今回はそこにさらに強化装備なんてものが付いてるから余計に質が悪い。


「ま、だからこそこういうしょーもないのに引っかかるんですけどね。あ、そこの柱に爆弾を」

「そう?あ、はいはい」


ミオさんが爆弾を設置してる間、僕は周囲を警戒する。


「よっし。終わったよ」

「じゃあ、次ですね」


下に行けば行くほど接敵のリスクは高くなる。じゃあ、上に行けばいいか、と言えば逃げ道がなくなるからそういうわけにもいかない。ならどうするか。迷路を作ってけばいい。


もちろん単なる迷路ではない。僕らが作ってるのは「絶対に行き止まりになる」迷路だ。


「で、ここを閉める、って感じかな?」

「はい」


少し進んだところでミオさんが防火戸を指した。僕が頷くとミオさんは嬉しそうに防火戸を閉めた。


上に行き、下へ行きを繰り返し、僕らは最後の防火戸を閉じて地上にたどり着いた。これで僕を狙ってきたヒューマノイドたちは一網打尽にできる。


「そういえばあの爆弾、なんか細工してあった?」


ビルから10区画ほど離れた場所に着くとミオさんが聞いてきた。


「あ、わかりました?」

「なんかいつもと違う気がしたんだよね。見た目は変わってないのに」

「別に大したことじゃないですよ。ヒューマノイドが集まりやすくしただけで」

「え?そんな虫を捕まえる、みたいなことある?」


ミオさんがきょとんとしてしまった。


「困ってる人って助けたくなりますよね」

「え?どうしたの急に」

「同じことですよ。あれも。ってことで、ボタンをどうぞ」


ミナさんに連絡を取って安全を確認した僕はミオさんに起爆スイッチを渡した。


「え!?押していいの!?一番おいしいとこだよ!?」

「なに言ってんですか。まだおいしいのはたくさんあります。一発くらいどうってことないですよ」


そう言って促すと、ミオさんは深呼吸をして頭の上に持ち上げたボタンを押した。


ドンッ!


開いた松ぼっくりみたいな爆風が建物から飛び出てきた。


一斉に爆発したのは外側の爆弾。この程度でヒューマノイドが止まるわけはないので、僕は別に用意していたボタンを押す。


ドン!


まるで何かが爆発の熱で誘爆したかのような爆発。これで建物を支えてる柱を壊す。


「あ!崩れる!」


重力に従って真っ直ぐ落ちていく建物を見てミオさんが叫んだ。


「あまり前に出ないでください。まだ完全じゃないんですから」


僕はミオさんの腕を引いて止めた。


「完全じゃない?」

「あの程度でヒューマノイドが壊れるわけないじゃないですか。強化兵ですよ?」


僕らが相手をしてるのはただのヒューマノイドじゃない。殲滅に特化した強化兵だ。ちょっとやそっとで止まるような仕様になってるわけがない。僕の予想が正しければがれきの下から平気な顔をして出てくるだろう。


「え。じゃあどうするの!?もうここには何もないよ!?」

「大丈夫ですよ。ちゃんと手は打ってあります」


僕はテレコメガネを叩いた。


「使えるうちは最大限利用しないと」

「?」


ミオさんが首を傾げた。


しばらくするとエンジン音が聞こえてきた。


「さて、行きましょうか」

「あれ。今日はここじゃないの?」


完全に気が抜けてたミオさんが止まった。危ない。もうちょっと言うのが遅かったら装備を外すところだった。


「もうちょっと進みます。連中がアレに気を取られてる間に」

「え~……まあ、しょうがないか」


しぶしぶという表情を出しつつ、ミオさんは荷物を持った。


「よっし。じゃあ、行こっか」

「はい」


僕は振り返って爆心地に目を向ける。


「あとは任せた。ギルドマスター」


*


「――って言ってんだろうなあ」


アタシは蓮花のテレコメガネをかけたまま頬杖を突いた。表示された画面にはレーダーが映し出されてる。


「まったく。アタシだからできるってのに」

「だから任せた、なんじゃないの?」


薫がサイダーをストローで一気に飲んだ。まるで南国リゾートのビーチでくつろいでるかのよう。


「だからって丸投げはないでしょ。丸投げは」

「丸投げってほどでもないと思うけど。あ、来た」


薫の声にアタシはレーダーに目を落とす。あーあ。あそこに欲しいのあったのにな。なーにが爆発は芸術だ、よ。たしかにあの爆発から崩壊までの流れはキレイだったけどさ。


「……3時の方向。たぶん北陸方面のじゃない?」

『北陸ぅ?はっ!ムカつく連中どもの巣窟じゃねえか!』


ミナさんの声がスピーカーから聞こえてくる。


『……ああ。聞こえてきた。いいねえ、いいねえ。状況を開始する』


いつもより低い声が響く。


これでアタシの頼まれごとは終わり。あとは屋根にいる2人に任せた。


ナオのベッドに寝っ転がる。


「あとはみんなよろしく」


アタシは銃声を聞いて目を閉じた。

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